GOTS認証って知ってる? 日本の超分業生産を世界へつなぐ[前編]【ビギニン#49】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを“Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

三恵メリヤス

みなさんはこの標章をご存知ですか?

Global Organic Textile Standard 商標マーク

最近は小中学生の授業に出てくることもあるそうなので、ひょっとしたら子供たちのほうが認知度は高いかもしれません。初めて見たという人は、この機会に覚えておいて損はないかも。実は、これからの世界でとても重要になるマークなんです。

周囲に記された「Global Organic Textile Standard(オーガニックテキスタイル世界基準)」の頭文字を取って、GOTS(ゴッツ)、もしくはとGOTS認証と呼ばれます。

衣類や寝具、タオルといった繊維製品に付けられるラベルで、これが付属するアイテムは、原料の70%以上にオーガニック素材が使われ、製造の全工程で環境及び人権を含む社会的な基準を満たしていることが、第三者機関によって認証されています。

オーガニック素材 コットン

“オーガニック”という言葉から優しくて高クオリティな印象を受けますが、オーガニックコットンとコンベンショナルコットン(通常綿)は品質に差がなく、化学的なテストでも識別は難しいとされています。オーガニックか否かを決めるポイントは生産過程にあり、それぞれの国の有機農業基準に従って第三者認証機関が認証しています。

1990年代までは民間運動による基準策定が進み、様々な地域で認証の動きがありました。90年代末には通商レベルでの「オーガニック」のガイドラインが策定され、各国でそれに従った有機農業基準が策定されました。

2002年には、製品を作るプロセスに関してもそれまで各地で別々に存在していた認証基準に統一の動きが起こります。製品を製糸・織り・編み・染め・保管・流通…etc.といった繊維製品を作る全プロセスで「オーガニック原料から作られた繊維製品が正しくオーガニックである」ことを保証する国際基準の作成が合意され、ドイツ(IVN)・イギリス(SA)・アメリカ(OTA)・日本(JOCA)の4つの民間団体が主導してGOTSとその仕組みを整備。2006年、第三者機関によるGOTS認証がスタートしました。

三恵メリヤス

非営利組織ながら、社会問題の解決を目指す厳格な基準と国際認証機関によるチェック体制で信頼を得て、83カ国に広がったGOTS。2022年には認証施設は全世界で1万3548に達しました。しかし、日本は62件と思うように増えていません。その背景には我が国のアパレル生産環境があります。

例えば、GOTSの認証施設数が最も多いインドは、政府主導でテキスタイルパークという工業団地を作っています。紡績から縫製の製造所をワンサイトに集積することで一貫生産が可能となり、認証手続きも迅速化しました。

対して日本のアパレル産業は、工程を細かく分業した昔ながらの方法で、一つの服を作るのに10以上のサプライヤーが携わることも珍しくありません。GOTS認証を受けた製品となるためには、そこに関わるすべてのサプライヤーが認証を受けている必要があります。糸を撚る撚糸だけを手掛ける小さな町工場や仕上げ加工を担当する家族経営のアイロン屋さんにとっては、グローバル企業向けに設計されたGOTSの審査なんて縁遠い存在。費用も合いません。それが結果として認証のハードルとなっていました。

白鳩メリヤス
GOTS CSCSの認証を受けた白鳩メリヤスの白石さん。生地の裁断を担当するサプライヤーだ。体が動く限りは仕事を続けたいと話してくれた。

分業制は決して悪いものではありません。プロセス毎に工程を特化することで専門性が向上し、品質の良いアイテムが作れます。事実、日本製品はクオリティが高く世界からも注目されている、なのにオーガニック認証は進まない。そんな日本のジレンマを解消するため生まれたのが今回紹介する管理型サプライチェーンスキーム=Controlled Supply Chain Scheme、略してCSCS(シーエスシーエス)です。ちなみに、CSCSの発案はGOTSの設立メンバーであるJOCA(日本オーガニックコットン協会)だったそうです。

GOTSは服作りの全工程で第三者機関による認証を必須としますが、CSCSでは日本の製造環境に合うようレギュレーションを最適化。従業員20人以下の小規模事業所8~30社で構成されるサプライチェーンを単一のグループとみなし、監査及び運営スキームを簡略化することでGOTSの門戸を小規模事業者に広げました。

現在はパイロットプロジェクトで、この試みがうまく行けば今後、同様の環境でモノづくりをする世界各地へGOTSが広がっていくと言います。そんなCSCSの嚆矢としてGOTS認証を取得したのが、大阪の下町にある縫製工場「三恵メリヤス」です。

今回のビギニン

三恵メリヤス 三木 建さん

三恵メリヤス 三木 建さん

1981年生まれ。大阪市北区にある繊維メーカー「三恵メリヤス」の4代目。現在の役職は専務取締役。慶応大学在学中に友人と留学支援ビジネスを起業。海外に直営オフィスを設け渡航後も手厚くサポートするサービスが人気となり、独立型の留学エージェント最大手に成長。バンクーバー、ニューヨーク、オークランド、ロンドンと順調に拠点を拡大していた2014年、父・三木得生さんの体調不良がきっかけで帰国し、三恵メリヤスに入社する。家業に戻ってからは、Webを駆使し海外に販路を拡大しつつ、着心地を極限まで追求したファクトリーブランド「EIJI」を立ち上げるなど、大阪の町工場が持つ技術力を世界に伝える。お菓子好き。健康のために始めた柔術にハマり中。

Idea:
町工場が秘めた技術力に驚く

三恵メリヤス 看板

「三恵メリヤス」は大阪市の中心街・梅田から徒歩10分ほどの中崎町にあります。大阪大空襲を逃れた昭和初期の町並みが残るエリアで、入り組んだ細い路地には、オリジナリティあふれる個店が点在し、カルチャー&ファッションスポットとしても人気の場所です。そんなおしゃれな街の真ん中に縫製工場があると聞いたら驚く大阪人も多いかもしれません。

三恵メリヤスは1926年「三木商店」という名前で、大阪市福島区に誕生しました。ボタンホールなど特殊加工からスタートし業績を伸ばすと、メリヤス生地の縫製を手掛け、戦前は東南アジアに向けて肌着を作っていました。しかし戦争で輸出事業がストップ、原料不足から綿糸も配給制になり、戦時政策で他のメリヤス事業所との統合を余儀なくされます。

その後も、創業者の三木英治さんが徴用で軍事工場に動員されたり、空襲で工場を失ったりと苦難に見舞われます。終戦を迎えた1945年、メリヤス業者を集めた合同会社が中崎町に作られ三木商店もその一員となります。戦後の混乱期で参加企業が次々と抜けていく中、三木英治さんが残って事業を継続し、現在の三恵メリヤスへと繋がります。

三恵メリヤス

戦後は下着から学校用の体操服の縫製がコア業務となり、80年代はスポーツ用品メーカーのスウェットやカジュアルアウターの製作を開始。90年代は古着ブームでヴィンテージの復刻を手掛け、2005年に自社ブランド「サンテテ」、2012年に「ダブルワークス」をスタート。2014年、三木さんが入社した時、技術力の高さに目を奪われたと言います。

「ずっと海外にいて家業のことはほとんど知らなかったんです。子供の頃に工場を手伝ってお小遣いを貰った記憶で、体操服を縫っているんだろうくらいのイメージでした。それで初日に、自社で作った吊り編みスウェットの説明を聞いて感心すると同時にもったいないと思ったんです」

三恵メリヤス

裏糸に茶綿(漂白や染色を行わず綿本来の油分が残る肌触りの良いコットン)を用いたり、縫製は凹凸を抑える4本針フラットシーマだったり、自社ブランドのこだわり抜いたモノづくりに驚いた三木さん。しかし当時の三恵メリヤスは積極的なPRをしておらず、世間に知られていないことが惜しいと感じます。

「発信がきていなかったから、まず自分はそこをやろうと思いました。前職でWebを使って留学を紹介していたので、同じ要領でサイトを作り、英語もできるんで、アリババ(B2Bのオンライン・マーケットプレイス)に『体操服やスポーツウェアを作ってる日本のファクトリーです』って登録してみたり。怪しいメッセージも多かったんですが、そこで出会った方が、すごく大きくなって今も取引を継続しています」

Trigger:
大阪の町工場をアッセンブル

三恵メリヤス 染料

自社ブランドの販路拡大、海外展開を担当して1年が経過し、少しづつ繊維産業がわかってきたタイミングで、三木さんに危機感を抱かせるアクシデントが連続で起こります。

「長年取引していた染色工場が立て続けに潰れてしまったんです。一つはボイラーが壊れ、直しても費用を回収できないので廃業。もう一つは倉庫が火事で水浸しになってしまい、やり直す気持ちが起きないからマンションにするということで…。お話を訊いたら、どちらも新しい仕事が来る見込みがないと言うんです。それで工場の知名度を上げなければ生き残れないと感じました」

日本の繊維産業は分業制で成り立っています。専門分野に特化し技術力は高いのですが、いい仕事をしても工場の名前が表に出ることはほとんどありません。

「その商品がいくらよくても、販売元のメーカーはすぐわかりますが、その小さなサプライチェーンまでは第三者にはわからないので、他の会社が仕事を依頼できないんです。そんな状況を変えたくて、三恵メリヤスのプロジェクトとして、大阪の技術を結集させた究極のTシャツを作ることにしました」

EIJIを着る三木さん
EIJIを着る三木さん。

創業者・三木英治さんから「EIJI」と名付けられたこのプロダクトは、世界最高峰のオーガニックコットン「アルティメイトピマ」を100%使用し、タグには製造に関わった大阪の工場名を記載。定価1万円という価格ながら累計約9千枚以上を売り上げるヒット商品となります。

「正直、こんなに上手くいくとは思ってなくて。当初はぼくらがいなくなっても、タグを見たら作った工場がわかるので、他のメーカーさんが仕事を頼める。そんな気持ちでやってみたら意外と世の中に評価して頂いて。本格的なブランディングも『EIJI』が初めてだったんですが、ぼくたちのこだわりが響いてくれる方がいる。それがわかって自信になりました」

このEIJIで得た経験が、GOTS認証へと繋がっていきます。

後編:小さな町工場がグローバル認証を得るためにしたこと に続く

sew by EijiのクルーネックTシャツ
CSCSでGOTS認証を取得したオーガニックコットンクルーネックTシャツ。コーマ糸(毛羽を取り除いた細番手の高級綿糸)を使用した無染色生成りの丸編み生地は、油分を残っており、コットン本来の柔らかさが感じられる。捨てるところがないサスティナブルなパターンで、着ると程よくゆったりしてアメカジTっぽい雰囲気に。クルーネックTシャツ8800円。写真2枚目のヘンリーネックTシャツ(9900円)もあり。

(問)三恵メリヤス
https://www.sankei.fm

※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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