チーズを美しく美味くする? チーズ洗練士って何?[前編]【ビギニン#52】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

今回のビギニンは、日本で唯一のチーズ洗練士。初めて聞く肩書きと出会ったのは、とあるテキスタイルメーカーの展示会。そこで来場者に振る舞われていたフィンガーフードに感動を覚えました。

八重に咲く花のように飾り付けられた「コンテ花びら仕立て」。薄く削れるようにコンテチーズの水分を程よく抜く加工を行なっています。

「コンテ花びら仕立て」と名付けられたそのチーズは、フランス産のコンテチーズを専用スライサーで薄く削り、カーネーションのようにデコレート。空気を含んだ柔らかな食感で、口に入れると芳醇な旨みが舌の上でとろけました。

「コンテ花びら仕立て」は1981年に開発された「ジロール」という削り器で作られます。

これは本来「テット・ド・モワンヌ」というスイス産チーズに用いられる食べ方なのですが、テット・ド・モワンヌは慣れないと少々匂いが強いそう。そこで初心者にも美味しく食べられるものを求めてたどり着いたのが、クセがなく旨みの詰まったコンテチーズでした。手がけるのは宮本喜臣さん。日本に1人しかいないチーズ洗練士で、オーナーを務めるチーズ専門店「コパン・ドゥ・フロマージュ」では、他にも様々なオリジナルチーズを開発していると言います。チーズ洗練士という仕事に好奇心を持った我々はその場で取材を打診。後日、ビギニン取材班は宮本さんのお店がある和歌山県紀の川市へと向かいました。

今回のビギニン

コパン・ドゥ・フロマージュ 宮本喜臣さん

1973年、和歌山県紀の川市に生まれる。ナチュラルチーズに魅了され独学で勉強を始め、2008年、和歌山県で初となるチーズプロフェッショナル協会の認定資格を取得し、翌年から和歌山の特産品で風味付けしたオリジナルチーズの開発をスタート。2012年北イタリア随一のチーズ洗練士・ハンシ氏に師事。2014年に地元・和歌山県紀の川市にナチュラルチーズ専門店「コパン・ドゥ・フロマージュ」を開業する。3児の父で趣味はゴルフ。

Idea:
花びらチーズを食べる

和歌山電鐵貴志川線の終点・喜志駅。猫の顔がモチーフで、屋根は伝統工法の檜皮葺が使用されています。
三毛猫の二タマが駅長を務めます。

コパン・ドゥ・フロマージュは、和歌山電鐵貴志川線の終点、貴志駅から車で約10分の閑静な住宅街にあります。2014年11月のオープン以来、宮本さんと妻・智子さんの2人でチーズの開発・製造・販売を手がけ、県外からも多くの人が訪れます。

コパン・ドゥ・フロマージュの外観。

チーズ洗練士とは、ナチュラルチーズに風味や味わいを付加してオリジナルのチーズを生み出す職人のこと。北イタリアが発祥地で現地ではアッフィナトーレ(affinatore=洗練させる人)と呼ばれます。長い歴史を持ち、古代ローマ時代に誕生したイタリア最古のチーズ「コンチャート・ロマーノ」も山羊乳から作ったチーズにオリーブオイル、酢、唐辛子、ハーブを染み込ませて風味づけする「洗練」の手法が用いられています。

「メイクアップアーティストみたいにチーズをより美しくする仕事なんです」と洗練士を例える宮本さん。本場、北イタリアで高名なアッフィナトーレに師事し、日本でただ1人の洗練士として精力的に活動されていますが、チーズの道に足を踏み入れたのは30歳頃とスロースタートでした。

「妻がお酒好きなこともあっていろんなバーを回っていました。そんな時、何気なく入ったお店でテット・ド・モワンヌを口にしたんです。チーズはカットして食べるものだと思っていたので、薄く削って花びら状にしたら、見た目も味もここまで変わるのかと衝撃を受けました。それがターニングポイントです」

当時、宮本さんは食品会社に勤め、趣味で妻の智子さんとワイン会に参加していました。

コパン・ドゥ・フロマージュの店内。

「メンバーがそれぞれお薦めのワインを持ち寄りみんなで飲む会なんですが、私たちは最年少で、他の方々みたいに高価なものを用意できませんでした。それで3000円くらいのワインと、おつまみにチーズを持って行ったんです」

テット・ド・モワンヌを食べて以来、ナチュラルチーズにハマり大阪や神戸の専門店を回っていた宮本さん。そこで見つけたチーズをワイン会で出したところ、舌の肥えた参加者から絶賛されます。

「そんなことを続けていたら『宮本くんは、ワインはいいからチーズを持ってきて』と担当に任命されました。みなさん研究熱心だから色々質問されるんですね。いい加減な説明はできないし、興味もあったのでこの機会に学んでみようと。調べたら『チーズプロフェッショナル』という資格認定試験があったんです。チーズ版ソムリエのような感じで、まずそれを目指すことにしました」

情報収集のため資格認定試験を主催するNPO法人「チーズプロフェッショナル協会」の会員になった宮本さん、そこで和歌山のチーズ事情を知ります。

「総務省の統計で和歌山はチーズ普及率が全国ワーストだったんです。確かにナチュラルチーズが購入できるお店はないし、近くに学べる環境もありませんでした。専門的な知識が学べるチーズ教室は大阪の梅田まで行かなくてはならず、当時私はサラリーマンだったので19時の授業に間に合わなかった。それでAmazonでチーズの本を買って独学で勉強をはじめたんです」

当時、和歌山県民でチーズプロフェッショナルの資格を取った人はおらず、宮本さんは第一号を目指しますが一筋縄ではいきませんでした。

「たとえばワインの試験はマークシート形式で答えがわからなくても当たることがあります。対してチーズプロフェッショナルのテストは筆記式。しかも私が受験を始めた年から解答を現地の言語で書くようになったんです。例えば『フランスで最も生産量の多いチーズは?』という問題なら答えは『コンテ』ですが、フランス語で『Comté』と書かなくてはいけません。アクセント符号(eの上にある点)の位置や向きを間違えたら不正解になります。前年までカタカナOKだったのが事前の通達なく突然変わり、問題を見た瞬間、試験会場全体がどよめいたのを覚えています。私は1年目2年目とダメで、3度目の正直で合格しました」

狭き門を突破し、2008年に和歌山県初となるチーズプロフェッショナルの認定資格を取った宮本さん。サラリーマンを続けながら、週末は知り合いの酒屋でナチュラルチーズの会を開催するなど、チーズ普及活動をスタートします。会のたびに興味を持った参加者から決まって「チーズはどこで購入できるのか?」と質問され、宮本さんの中で第一人者としての使命感が芽生え始めます。

「和歌山でナチュラルチーズを買えるところが必要だと思ったんです。そこから自分の店をイメージするようになりました」

現在のコパン・ドゥ・フロマージュ。ショーケースいっぱいに並ぶチーズ。品揃えは和歌山一。今では大阪や兵庫、全国からも来店があるそうです。

Trigger:
チーズ洗練士を知る

和歌山初のナチュラルチーズ専門店を開くという夢を持ちながらサラリーマンを続けていた宮本さん。その肩を押したのは和歌山県海南市の酒蔵「中野BC」の代表でした。

「中野BCさんには以前からチーズを楽しむ会に協力してもらっていたんですが、あるとき、中野社長からヨーロッパで行われる販売イベントに同行し、自社の梅酒に合うチーズを紹介してくれないかとお誘いいただいたんです。でも私がサラリーマンでは動きづらい。長期間海外に行くと勤め先の会社にも迷惑がかかる。どのくらい本気なのか教えてほしいと言われて。その言葉で独立を決めました。もちろん不安はありました。和歌山のチーズ消費量は全国最下位(当時)です。普通に店をやって果たして家族を養っていけるのか。妻とも相談し、他府県から足を運んでくださるようなオリジナル商品の開発が必須だと考えました」

暖かい気候、紀の川が育む肥沃な土壌、太平洋&和歌山湾を持つ和歌山は「食の宝庫」と呼ばれ、海の幸・山の幸に恵まれます。そんな和歌山産食材を活かせないか──宮本さんはアイデアを巡らせます。

「かつてチーズ店を回っていたとき、葡萄の絞り粕で熟成させたブルーチーズを口にしたんです。『リファイニング』といって、出来上がったチーズに他の食材を加え風味付けする手法で、こんな食べ方があるんだと感心しました。それを思い出し、和歌山で同じことがやれたらオンリーワンの店としてやっていけるのではないか。それで、オープンに向けオリジナルのチーズ作りを始めました」

コパン・ドゥ・フロマージュの工房でリファイニングをする宮本さん。

宮本さんが食べた葡萄粕のブルーチーズを作ったのは、リファイニング発祥の地と言われる北イタリア・ボルツァーノに暮らすチーズ洗練士ハンシさんでした。一つ星レストランのシェフという経歴を持ち、独自の感性で作られる熟成チーズは現地でも高い評価を得ていました。宮本さんは仕入れ業者を介してアプローチします。

「洗練士の基準が日本にないので、ハンシさんにやり方を教えてもらい、それをベースにしようと思いました。ゼロからなので高いハードルですが、和歌山でやるなら、本場のプロに認められるくらいでないとやっていけない。そう考えてメールを送りました。自己紹介して、和歌山の素材でリファイニングする私の試作品を食べて欲しいとオファーしたんです。最初はスルーされている感じでしたが、何度かやり取りして「君の言う和歌山の食材で風味づけしたチーズ、私の店まで持ってきたら食べてあげるよ』と返信がありました。日本からイタリアは遠いし、言外に諦めなさいみたいなニュアンスがあったんですが『行きます!』と即答しました」

北イタリアの一流チーズ洗練士に自らが作ったチーズを食べてもらう約束を取り付けた宮本さん。オリジナルのリファイニングチーズの開発が始まります。

後編:チーズ作りは小学生のときの牛乳ブラインドテストが原点!? に続く

コパン・ドゥ・フロマージュ
日本で唯一のチーズ洗練士、宮本喜臣さんが手掛けるナチュラルチーズ専門店コパン・ドゥ・フロマージュ。ヨーロッパを中心とした輸入チーズのほか、地元・和歌山の食材を世界に発信したいという想いから、地元食材の風味を加えたオリジナルチーズも販売する。店頭では、チーズに詳しくなくても、宮本さんが好みに合わせたチーズを提案してくれる。ネットショップも人気。

(問)Copain de Fromage(コパン・ドゥ・フロマージュ)
https://www.copain-f.com

※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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