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廃棄野菜で和紙を作る! 前代未聞の取り組み「フードペーパー」って?[前編]【ビギニン#50】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

長らく取りざたされてきた“フードロス問題”。とりわけ近年は規格外野菜の大量廃棄がたびたび問題視されています。一方、足りなくて困っているのが、日本古来の製法で作られる和紙。和紙の産地では原材料不足が喫緊の課題になっているといいます。

フードロスと和紙の原料不足。このふたつのマイナスを掛け算することで、プラスに変えたのが今回のビギニン。廃棄野菜・果物を和紙の原料に転用するという意外な発想から生まれた「フードペーパー」の開発者に話を伺いました。

今回のビギニン

五十嵐製紙 伝統工芸士 五十嵐匡美さん

1919年(大正8年)創業の越前和紙の工房「五十嵐製紙」の4代目。日本に古くから伝わる和紙の製法を堅持しながら、和紙の新たな可能性を拓く取り組みにも積極的。2020年に「フードペーパー」のブランドを立ち上げた。

Idea:
原料不足で、和紙作り存続の危機

福井県のほぼ中央に位置する越前市。この地に1919年(大正8)に創業した越前和紙の工房「五十嵐製紙」の四代目にして、フードペーパーの生みの親が、五十嵐匡美さん。

越前和紙とは、越前地域で1500年の歴史を繋いで作られてきた和紙のことで、岐阜県の美濃和紙、高知県の土佐和紙と共に「日本三大和紙」のひとつとされています。

そんな越前和紙を105年に渡り作り続けてきた五十嵐製紙、匡美さん本人と家族、それに雇いの職人を合わせても総勢8名と、決して大きな工房ではありませんが、その仕事は他と一線を画しています。

創業以来、包装紙や襖紙・壁紙といった実用性の高い和紙を中心に幅広く商品展開していたそうですが、近年、五十嵐さんのもとに届く注文のなかには、アート系のものも少なくないといいます。

「発注はほぼアメリカからです。たとえば、エッチングの作家さんから版画用紙を漉いて欲しいとか、ニューヨークの著名な写真家さんからフォト用紙を漉いて欲しいとか、在米のアーティストさんからご注文をいただくケースがほとんどですね」

品質の高さはもちろんのこと、高いスキルを持つ五十嵐さんの漉く越前和紙だからこその風合いが、アーティストたちを虜にしているのでしょう。

海外の芸術家さえ虜にする五十嵐さん謹製の越前和紙ですが、一方で、将来の存続が危惧されているのも事実。理由はズバリ、原材料不足です。

和紙の原料は、楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)といった植物の皮の繊維。生産農家の高齢化などにより、国産原料はいずれも最盛期に比べ収穫量が激減しています。

「なんとかしなくてはとの想いもあって、7~8年前からうちを含め、越前和紙の各工房で自家栽培の取り組みが行われています。うちの畑でもコウゾを400株ほど育てていますが、補いきれていないのが実情です」

ガンピに関しては、職人仲間とグループを組み、4~5年前から専門家に助言を得ながら取り組んでいるものの、なかなかうまく育たないのだとか。何年もトライ&エラーが続いているといいます。

「現在、国産ガンピはまったく仕入れることができません。なので、ガンピを原料にする和紙の注文が来ても、漉けない場合があります」

自家栽培の取り組み以外にも何か事態を好転させるようなアイデアはないものか? 2019年、五十嵐さんは藁をも掴む想いで、この年に開講された福井県が主催する「経営とブランディング講座」を、知人のデザイナーと一緒に受講します。

かの「中川政七商店」から派遣された専門家が講師を務めたこの講座、県内のクリエイターなどを対象に実践的なブランディング手法を教えてくれるとあって、多くの人が受講しました。

「聴講するだけじゃなくて、毎回課題が出される厳しい講座でした。私なんて高校生の時より勉強したんじゃないかってくらい(笑)。しかも最後の最後に、最終成果発表会が12月の頭にあるから何か提出しなさいと……。それを言われたのが9月、もう2カ月あまりしかありませんでした」

発表会には知人のデザイナーと共同で臨むことにした五十嵐さん。焦る気持ちを抑え、とにかく2人でとことん話し合いました。とはいえ、良いアイデアなどそう簡単に生まれるものではありません。

「何度も何度も話し合いました。で、越前和紙の原材料不足に話題が及んだとき、だったら食べ物から和紙は作れないのかという話になって。そこでふと思い出したのが、うちの息子の自由研究だったんです」

Trigger:
次男の自由研究がそのまま役立つ

五十嵐匡美さんの次男、優翔(ゆうと)くんが、小学4年から中学2年までの5年間、自由研究として取り組んでいたのが、食べ物から紙を作る「紙漉き実験」でした。

「テレビでバナナで作った紙を紹介する番組が放送されていたみたいで。それを見たうちの息子が、バナナで紙ができるんだったら、他の食材でもきっと紙が漉けるはずと興味を持ったようです」

木のように大きく育つけれど、じつは多年草の一種であるバナナ。実を収穫した後は幹を根元近くで伐採し、株から次の新芽が出るのを待つのが栽培のサイクル。切り倒された幹はといえば、使い道がないため放置されるのが常だったのですが、これを紙の原料に再利用して作られたのが、優翔くんが見た“バナナペーパー”だったのでした。

表紙に「紙漉き実験」と書かれた分厚いファイル。中を開くとキャベツ、みかんの皮、もみじの葉といった野菜や果物、身近な植物で漉いた紙がわんさか。その数およそ30種類。なかには枝豆やピーナッツの皮など、お父さんのおつまみで漉いた紙まで! まさに優翔くん渾身の研究成果にほかなりません。

「発表会まで時間がなかったので、いろいろ試す、みたいな余裕はありませんでした。なので息子がこの材料はダメ、紙にならないと結論づけていた材料には、始めから手を付けないことにしていました。おかげで発表会にも何とか間に合い、食材で漉いた紙を4~5種類ほど提出することができました」

優翔くんの自由研究は、フードペーパーに直接繋がるアイデアの源泉であるだけでなく、どんな野菜や果物が紙漉きに適しているかを的確に教える貴重なサンプルにもなったというわけです。

母親のピンチを救ったこれぞ救世主! なんだか紙がかっている……いえ、神がかっていますね。

五十嵐さんが知人のデザイナーと共同で提出したフードペーパーは、最終成果発表会で見事、最優秀賞を受賞。翌2020年2月に開催された中川政七商店主催の工芸に特化した合同展示会「大日本市」にも出展することとなり、ここでも大きな注目を集めました。

その勢いのまま商品化が決まり、ほどなくオンラインストアで「フードペーパー」の販売が始まりました。フードペーパーの実現に大きな役割を果たした優翔くんは、この事態をどのように受け止めたのでしょう? その様子を母である五十嵐さんは、次のように述懐しています。

「ここに至るまで本当にせわしなくて、家を空けることもしばしばあったんです。で、販売開始直前に誰かから商品化の話、息子さんには伝えたの?って言われて。あ、忘れてた(笑)。それで自由研究がこうなったよって商品を見せたら、えー!? びっくり仰天。でも、とても喜んでくれました」

息子の研究成果を、伝統工芸士でもある母親が事業にまで発展させて実現した新ブランド「フードペーパー」のデビュー。紙漉き職人の一家なればこその試みといえるかもしれません。

後編では、五十嵐さんに紙漉きの工程を見せてもらいながら、フードペーパーの今後について語っていただきました。

後編:データはすべて頭の中⁉ 熟練の技術で和紙を作るに続く

Food Paper

越前和紙の工房「五十嵐製紙」が手掛ける、廃棄野菜や果物を再利用して作られた紙文具ブランド。上写真の「メッセージカード(12枚入りで594円)」のほか、「サコッシュ(3960円)」や「名刺入れ(2200円)」など、多彩なアイテムを展開。どれも野菜や果物由来の独特の風合いが魅力。

(問)Food Paper
https://foodpaper.jp/

※表示価格は税込みです

※本記事は2023年11月に取材したものです


写真/平井俊作 文/星野勘太郎

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