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店舗を持たずに年間300着以上!! さすらいのスーツテイラーを直撃[前編]【ビギニン#51】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

近年、買い物のスタイルはますます多様化し、無人店舗や宅配サービスなども身近になってきました。また、Instagram発のアパレルブランドやショールーム型店舗など、販売手法そのものを付加価値とするブランドにも注目が集まっています。今回紹介するのは、店舗を持たずに全国から年間300着以上ものオーダーを受ける「さすらいのスーツテーラー」。自らの腕と口コミだけを頼りに、バンチブック(生地見本帳)を満載したキャリーケースを転がし、スナックから海辺まで、どこへでも出張するビギニンの物語です。

今回のビギニン

CONFIANCE 小田剛聖さん

熊本県出身。1988年生まれ。ラグビーに打ち込む学生生活を送っていたが、高校3年生のときに自転車競技一家である家族の影響で自転車に転向する。その脚力を武器に東京の名門大学へ進学するも1年で中退。中退後は数か月放浪生活を送り、地元熊本へ。以前から興味があったアパレルで働き始め人気店の店長に。2016年の熊本地震で被災し、店舗を持たないスーツテイラーを始めることを決意。2019年にCONFIANCE(コンフィアンス)を開業した。

Idea:
自転車競技のサラブレッドからホームレスへ転落

自転車競技に没頭していた当時を語る小田さん。取材は小田さんのお父さんが営むスナックにて。ここでオーダーを受けることもあるという。

女子競輪の選手だった祖母。60歳まで現役の競輪選手だった祖父。そして自転車競技国体チャンピオンの父。筋金入りの自転車競技一家に生まれた小田さん。しかし、高校2年生まではペダルを漕ぐことはなく、ラグビーに打ち込んでいたと言います。

「父方の祖父母は競輪選手。父も自転車競技でトップレベルの実力者でした。ずっとラグビーをしていた私も高校3年生の時に自転車競技を始めることになりました。余命わずかだった母方の祖父から『お前が自転車してる姿、見たかったな』と言われたんです。その言葉で自転車を始めました」

スナックの店内には自転車の模型がディスプレイされている。

「高校3年生から自転車を始めるって誰が見ても遅いって思いますよね。それをカバーするために毎朝4時に起きて自転車で阿蘇山に登ったり、周りの3倍は練習しましたね。本当に泥水飲むくらい練習に明け暮れた毎日でした。その甲斐あって全国大会に進むことができたのは嬉しかったです」

自転車競技歴1年足らずで功績を収めた小田さん。その活躍が自転車競技の名門大学の目に止まり、進学をすることなりますが、大学1年生で大学を中退してしまいます。

「そもそも自転車を始めた動機が、祖父からの一言を叶えるため。自転車が好きかと聞かれたらそうではなかったんですよね。大学ではさらに自転車漬けの毎日でしたし、環境に馴染むことができずに家族に黙って大学を辞めました。大学を辞めて過酷な環境から脱出することはできましたが、盛大に送り出してもらった手前、さすがにすぐ熊本に帰ることはできませんでした」

小田さんの仕事道具が入った大きなスーツケース。たくさんの生地見本帳のほか、ボタンのサンプル、採寸するためのツールなどがぎっしり詰まっている。

行くあてがない、熊本にも帰れない小田さんは1か月間公園で生活をしました。当時の所持品は携帯電話と自転車2台。自転車は応援してくれた人たちから贈られたものだったためどうしても手放すことはできませんでした。自転車を抱えてホームレス生活を続けていましたが、親切な友人が声をかけてくれ、とりあえずは友人宅に住まわせてもらえることになりましたが、大学を辞めたことが家族に知られてしまいます。

熊本に戻り、自分が何をしたいのかを見つめ直してたどり着いたのが洋服屋さんでした。母方の祖母がウェディングの貸衣装屋さんで働いていたこともあり、小さい頃から服に興味があった小田さん。一着で人を輝かせることができたり、誰かの人生を変えられる、そんな服に関わる仕事がしたいと思っていたあの頃の気持ちを思い出し、アパレル業界に飛び込むこととなります。

Trigger:
熊本地震で被災。仕事について自問自答する日々

アパレル業に心を決めた小田さんは、さっそくコレクション系のブランドを扱うセレクトショップで働き始めます。スタッフとして働いていた小田さんですが、23歳でバイヤー。店舗に入って6年経つ頃には店舗責任者を任されるなど着実にキャリアを積んでいきました。

東京に行くか、独立するか。キャリアアップを考えていた矢先に、熊本地震が起こります。

「2016年の地震の時は、初めて死ぬかもしれないという恐怖を感じました。今いるこの場所(スナック)も大規模半壊の被害でしたし、祖父がタンスの下敷きになって血だらけになっているのを見た時は死を覚悟しましたね。震災の悲惨な被害をたくさん目の当たりにして、なんとも言えない感覚になって…。そこから仕事について考えるようになりましたね」

地震発生後、店舗オーナーから店舗に立つように言われた小田さん。復興もままならない熊本の街。ほとんど誰も来ないお店に毎日立ち続けました。

こんな高い服ぶら下げて、誰の役に立っているんだろう。日に日にこんな感情が湧いてきます。それまで売上で結果を出してきた小田さんでしたが、本当に自分がやりたかったことは何なのか再び自問します。

「売上は一旦置いて、お客さんが元気になるお店にしよう」

小田さんはそう答えを出しました。

「震災後、周りのショップからは人の姿が消えましたが、うちの店は人で溢れかえってましたね。売上はまったく上がらないんですけど、服を見るのを楽しみに来店してくれたり、私やスタッフと話をしに来てくれたり。社交場みたいになっていてとても楽しかったです。毎日30人くらいは来てくれたかな。あの時に飲み物を提供していたら、売上に繋がったかもしれませんね(笑)」

そう笑顔で語ってくれましたが、震災後は経営状況はとても厳しい状況でした。売上が少なくても毎月かかる経費、仕入先への支払い。取引先とのやり取り一手に担っていた小田さんはとても苦労したそうです。アパレル業界に飛び込んだ当初は高い服を身に着けている人に対する憧れがありましたが、それもなくなってしまったことに気づいて、勤めていたセレクトショップを退職。自転車競技を辞めた時のような喪失感に襲われ、1年間自室から出ない生活を送りました。

自室にこもりながらも洋服への想いは断ち切ることができずに悶々とする日々。そんな小田さんがスーツテイラーを志すきっかけは周りからの勧めでした。

両親の営むスナックを手伝うこともあるという小田さん。

「父やお世話になっている競輪選手、東京でお世話になったメーカーの方。私の人生をよく知る先輩たちから『スーツはどう? スーツって高いもの、安いものがあるし、みんなが着る服だから君の願いにぴったりじゃない?』と言われたんです。同じ熊本で90年営んでいるスーツ屋さんがあるのですが、前職のセレクトショップでもオーダースーツを取り扱っていて、当時から通って勉強していたんです。スーツだったらできるかもと感じて、重い腰を上げて始めようと思いました」

新たな希望を見つけた小田さん。その後のコロナ禍で一時迷いも生じたそうですが、2019年5月、CONFIANCE(コンフィアンス)を開業します。

小田さんの仕事スタイル。始めたばかりの頃は2つのスーツケースを抱えての移動に苦労したそう。

開業と言っても店舗を持ったわけではありません。店舗でお客様を待つのではなく、自らお客様の元へ赴く。お客様と過ごす時間を大切したい、そんな想いからこのスタイルになったと言います。大きなスーツケース2つ抱えてどこへでも出張します。

コロナ禍に誕生した出張専門スーツテーラー「CONFIANCE」。果たして軌道に乗せることはできるのでしょうか…。

後編:指定の住所に向かうとそこは畑だった… に続く

CONFIANCE(コンフィアンス)
熊本を拠点とする店舗を持たないスーツテイラー。スーツだけではなくシャツのオーダーも可能。男女問わずに依頼があれば全国どこでも出張可能。生地はHARRISONS(ハリソンズ)、FOX BROTHERS(フォックスブラザーズ)、SCABAL(スキャバル)など15ブランド以上を取り揃える。都心のショップよりも高級生地が割安でオーダーできる場合もあり、東京や大阪からの依頼も少なくないとか。イージーオーダーは約1ヶ月、フルオーダーは約2ヶ月での納品。イージーオーダーは8万円~(平均12~15万円)、オーダースーツは10万円〜(平均18~25万円)。熊本県内は出張費不要だが、県外の場合は別途出張費がかかる。

(問)CONFIANCE
https://www.confiance.style/

※表示価格は税込みです


写真/椿原大樹 文/梨木由美

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