時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。
最近、よくスペシャルティコーヒーを見かけます。専門店が手がけるカフェや、小規模ロースタリーの流行、オンラインショップが手掛ける豆のサブスクサービスなど、身近に触れる機会が増えたせい。今までのコーヒー好きに向けたイメージから、多彩なアプローチで、スペシャルティコーヒーの美味しさを伝える動きが広まっているようです。先導するのはSCAJ(スペシャルティ・コーヒー・アソシエーション・オブ・ジャパン)という団体。コーヒーに特化したアジア最大の国際見本市を主催し、東京ビックサイトで行われた「SCAJ2022」には4万4000人が来場しました。そこに出展されコーヒーのプロフェッショナル達から「非常に面白く味も抜群」と評された革新的なコーヒーメーカーが本日の主役「サイフォニスタ」です。生み出したのはタイガー魔法瓶。大阪本社に伺い企画・開発者のお2人にお話を聞きました。
タイガー魔法瓶は1923年に国産魔法瓶(ガラス製の保温水筒)の製造・販売をスタートしました。現在は真空断熱容器を使ったステンレスボトルや、熱コントロール技術でご飯を炊き上げるIHジャー炊飯器といったお馴染みのアイテムに加え、JAXAの依頼で実験サンプルを宇宙空間から地上へ運ぶ小型回収カプセル内の真空二重断熱容器の開発にあたるなど、活躍の場を食卓から宇宙にも広げています。
タイガー魔法瓶の根幹は、100年に渡って培ってきた熱制御テクノロジーにあります。1℃の熱を緻密にコントロールする「熱を活かし、熱を操る」技術。それは今回の「サイフォニスタ」にも活用されています。
今回のビギニン
タイガー魔法瓶 和泉修壮さん
46歳。タイガー魔法瓶株式会社ソリューショングループ 戦略マーケティングチーム 副主事。コーヒーメーカー企画を担当し、サイフォニスタの発案者。日本スペシャルティコーヒー協会の認定資格「SCAJコーヒーマイスター」を持ち、世界各国のスペシャルティコーヒーからコンビニコーヒーまで幅広く愛飲。好みは中深煎り、ナチュラルやハニープロセスなど少し甘みとコクがあるもの。趣味はマラソンで自己ベストは3時間51分というスポーツマン。
Idea:
良い豆を買える環境が整う
和泉「父がコーヒー好きで、その影響もあって独学でハンドドリップはやっていたんです。2020年に社内の担当変更でコーヒーメーカーの企画担当になり、勉強してSCAJコーヒーマイスター等の資格を取りました。日本にもサードウェーブと呼ばれるコーヒー文化が定着しはじめ、生産者から直接仕入れたコーヒーを出すスタンドや個人の焙煎所が身近になってきていました。そんなタイミングでコロナ禍になり、良い豆を購入し、自宅でこだわってコーヒーを抽出する人が増えたんです」
こういった焙煎機のあるカフェがロースタリーです。
タイガー魔法瓶のコーヒーメーカーの歴史は古く、じつに45年前から製品を開発・販売してきました。
和泉「今までタイガー魔法瓶が作ってきたコーヒーメーカーはコモディティ向けだったんです。もちろんそういった商品も大切ですが、それとは異なる方向性で“体験”を届けたいと考えました。今まで飲んだことがないコーヒーの風味、抽出時のワクワクする時間、新しいデザインなど、全体で感動を伝えられるマシン。そんなイメージを入り口にスペシャルティを美味しく飲めるコーヒーメーカーの開発がスタートしました」
コモディティとはスーパーなどで販売されている一般的なコーヒー豆。商品先物取引によって値段が決まる大量生産品です。対してスペシャルティは世界で流通するコーヒー豆の約5%しかない最高級グレード。優れた豆を適正な価格で流通させ、生産者へ還元することで、品質の向上にもつながっています。
スペシャルティコーヒーの生豆。
和泉「スペシャルティコーヒーは、SCAA(アメリカスペシャルティ協会)が定める評価基準、香り・風味・余韻・酸味・甘さ・ボディ・バランス・雑味など10項目で80点以上のスコアをつけたもので人がテイスティングを行います。その抽出方法が浸漬式だったんです」
Trigger:
父のサイフォン
コーヒーを淹れる方法は大きく2種類に分けられます。普段、ハンドドリップやコーヒーメーカーで目にするのが透過式。コーヒー粉の層にお湯を通す抽出法で、ペーパーフィルターなどで濾す場合、油分が除かれクリアに仕上がります。簡単に見えますが、お湯の通し方で味が変わるため同じ味を出すには技術が必要です。
もう一つが浸漬(しんし)式。これは紅茶や日本茶と同様にコーヒー粉をお湯に浸ける抽出法。透過に比べて味の変化要因が少ないので、安定した風味を出せます。
和泉「SCAAがスペシャルティコーヒーを評価する時の抽出法が『カッピング』といって、挽き豆をお湯に4分間付ける浸漬式なんです。そこから、豆が持っているポテンシャルを引き出すには浸漬が良いのでは?と考えました。そういえば、スペシャルティコーヒーを出されているお店はハンドドリップと浸漬式のフレンチプレスが両方が選べるんですよね。スペシャルティコーヒーを美味しく飲むにあたって、浸漬式はまだまだ掘り下げられる、それで子供の頃に見たサイフォンを思い出したんです」
タイガー魔法瓶の本社と同じ大阪・門真市にあるスギハラコーヒーロースター村家さんにサイフォンの実演をしていただきました。
サイフォンはフラスコ内の水をアルコールランプにより沸騰、気圧の変化でお湯をコーヒー粉が入った上部ロートへ移動させて抽出する浸漬式の器具です。1960年代後半から70年代に一世を風靡し、当時の喫茶店は約7割がサイフォンを採用していましたが、80年代にペーパードリップが主流となり姿を消していきました。
「父親がコーヒー好きで、家でサイフォンをやってたんです。当時、私は小学生で飲めなかったんですが、子供心ながら良い香りだな、キレイだなという記憶がありました。ハンドドリップは淹れてる人がクローズアップされますが、サイフォンは器具が主役になりますよね。コーヒーメーカーに取り入れたら、進化させられるんじゃないかと思い開発マネージャーに相談しました」
和泉さんが想像したサイフォンは、カプセルの中でコーヒーが噴水のように噴き上がる、今までに前例がないコーヒーメーカーでした。後編は、和泉さんのイメージを具現化するため、タイガーの開発チームが立ち上がります!
後編:味も未踏領域に到達。”デュアルテンプ”テイストとは? に続く
タイガー魔法瓶が長年培ってきた“スチーム技術”と“熱制御技術”を駆使して作り上げた自動サイフォン式コーヒー抽出システム搭載コーヒーメーカー。瞬時にコーヒー粉全体を蒸らすスチームを発生させシリンダー上下の圧力差でコーヒーを減圧ろ過して抽出を行う新しい方式でクリアでかつ、豆本来の香りと旨みを引き出す。6万6000円
(問)タイガー魔法瓶
https://www.tiger-corporation.com/ja/jpn/product/coffee-machine/ads-a/
※表示価格は税込み
写真/中島真美 文/森田哲徳