台所でできるアップサイクル。草木染めを広めるビギニン[前編]【ビギニン#44】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを“Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

山里 歩美さん

SDGsの意識が高まる昨今、日本各地で伝統的な技法を見直す動きが起きています。本連載でも黒紋付、漆、しじら織など、古来から続く技術で作られた現代的なアイテムを紹介していますが、今回はさらにいにしえ。紀元前千年以上前から行われてきた植物染めを日常に甦らせるビギニンが登場します。

今回のビギニン

山里 歩美さん

WUY 山里 歩美さん

兵庫県三田市出身。染師。2児の母。夫の山里章悟さんと、従兄弟の福村真司さんの3人で「やりたいことをやりたいときにやりたいだけ。みんなができる世の中作り」を理念に、マネージメントコンサルタント、オリジナルプロダクトの開発、WEBページ制作・運用、グラフィックデザイン、イベント企画などを手掛ける株式会社COSHUUとして活動。同社の草木染めブランド「WUY(ワイ)」で、衣類の染め直しサービス「Re:染め」や、染めが簡単に体験できる「染料キット」を提供。草木染めのカルチャーを広める。学生時代は幼児教育を学び、プライベートでも子供好き。友達のママが仕事で忙しい時はお子さんを預かっているそう。

WUYの工房には草木染めの原料
WUYの工房には草木染めの染料となる植物が置かれています。

木の皮や実、葉っぱなど、身近な草木でウールやシルク、綿といった天然素材を着色する植物染め。現代の大量生産品では見なくなりましたが、化学染料が登場する以前の1900年頃まで、生地染めには自然の色素が使われていました。

中国大陸では紀元前3000年頃、日本でも縄文時代から草木を使う原始的な染色が始まり、奈良・平安時代の宝物を収める東大寺正倉院には1200年を経た今なお鮮やかな色彩を保つ染織品が保管されています。

古来から染めの技術は一般的だったようで、日本最古の「万葉集」にも植物染をモチーフにした歌が収録されています。

紫は 灰さすものそ 海石榴市(つばいち)の 八十(やそ)の街(ちまた)に 逢へる児や誰

紫とは多年草である紫草(ムラサキ)を意味し、紫色の染料に使われ、発色を良くするため椿の灰が併用されます。この染色技法を背景に、相手を高貴な「紫」、自分を「灰」に喩えて「ぼくと一緒になれば君はもっと輝く」と、女性に向けて詠まれた歌が当時、大流行したのだそう。

そんな万葉集の一句を思い出させる山里夫妻から生まれたのが草木染めブランド「WUY」です。

Idea:
子育てを機に草木染めに没頭

子育てで草木染めに没頭

歩美さん「娘が2人いて上の子が高校1年生、下の子が小学校5年生なんですが、長女が生まれて、自然に触れる子育てができないかと思ったのが草木染めを始めたきっかけです」

学生時代、幼児教育を専攻していた歩美さんは、オーストリア人の神秘思想家・自然主義者・哲学者であるルドルフ・シュタイナー(1861年~1925年)が提唱したシュタイナー教育にインスピレーションを得ます。

歩美さん「シュタイナーは遊びのなかで、色を使って子供の五感を育むということをやっていました。蜜蝋クレヨンや絵の具とか様々な道具を使っていたなかに植物染めがあって、それに私がはまったんです。私は兵庫県の三田と言う地域で育って、結婚し、大阪府の堺市に引っ越しました。大阪では田舎と都会の中間みたいに言われる場所ですが、故郷と比べたら自然が全然ない。家から少し歩いたところに光明池という農業用の大きな池があり、周囲が緑道で少し自然のあるスポットを見つけました。当時は長女が幼稚園に入る前で、その道を散歩しては、野草の花や葉、落ちている実を拾って、これは何色になるかなって感じで、煮出したり、すりつぶしたりして、子供との遊びの一環で染めを始めたんです」

染師といえば、美術大学や専門学校の工芸科などを経て工房に入り技術を習得するのが一般的。歩美さんのように子育てから入るのは異色です。しかしその環境が、染めがかつて日常にあったことを思い起こさせます。

歩美さん「全く染まらないこともあれば、一つの植物で何通りもの色が作れたり、収穫時期によっても変わったり。それがまた面白くて、どんどんハマっていきました。子供と遊ぶため本も読んで、それで、昔は染色が台所仕事だったと知ったんです。旬の植物から効用を得るため、お薬替わりに服を染めたり。物が溢れてない時代や化学染料が生まれる前は、身近な植物で家族の衣類を染め直す暮らしがあったんだと」

自らも台所を舞台にトライアルアンドエラーでノウハウを習得していった歩美さん。数年後に転機が訪れます。

山里 歩美さん
草木染めは家にある道具で簡単に出来ると言います。

歩美さん「放課後等デイサービスを運営されている方から夏休みの親子イベントでワークショップをやってみないかとお声掛けしてもらったんです。私で良ければとお引き受けしたら、そのイベントをご覧になられた方から、今度はうちでやって欲しいとお誘いを受けて。それで次の場所でもまたという感じで数珠つなぎで依頼が繋がっていきました」

ワークショップでは歩美さんが植物から作った染液と、色止めに使う媒染液を用意。参加者は自宅から持ってきた服を染料と媒染液、交互に浸して、希望の色になったら取り出し、真水で洗って、乾燥させるという工程を体験します。30分〜1時間程度で完成し、親子で自然を感じながら、草木染めの楽しさが味わえると人気を呼びます。

意外とカンタン! 草木染めのやり方

Trigger:
夫、章悟さんのサポート

代表の山里章悟さん(手前)は「章楽」のMCネームでHIPHOPアーティストとしても活動しています。

歩美さん「ワークショップでイベントに出店するので、名前が必要になりました。私は、染色家として世の中に出ていく意思を持ってやっていたわけではなかったので、どうしようかなとなったとき、主人が会社を独立する前に『WUY』と言う屋号で友達と物を作っていて」

章悟さん「『WUY』と書いて『ワイ』と読みます。『やりたいことを、やりたいときに、やりたいだけ』という僕らが掲げるテーマから取った名前です。サラリーマン時代から、その理念に沿って何かができないかと模索していて。仲間とやりたいことができるよう個人事業を立ち上げていたんです」

結婚し子供に恵まれ会社務めを選んだ章悟さんですが、勤務初日から辞めたかったと当時を振り返ります。

章悟さん「通信系のエンジニアをやってましたが全然やりたいことではなくて。9年間お世話になったんですが、やりたいことをやりたいときにできないって言うストレスをずっと感じていました。そこが引っかかって、世の中を変えていくことにチャレンジしたり、他の選択肢を模索して今に至っているという感じです」

歩美さん「主人が作った『WUY』という名前を使ったんですが、そのまま趣味としてやっていったら、今に繋がっていなかったと思います。主人がスタートアップ事業もやっていて、そのノウハウを活かして、ブランドサイトやロゴ、『Re:染め』というアップサイクルサービスも提案してくれて」

章悟さん「染めに関しては歩美のやりたいことだから集中してもらって、他の事業として必要な部分はぼくが整えるという形です」

こうして、子育てがきっかけで台所で始まった草木染めが、誰でも手軽に草木染めが楽しめる、オリジナル染料キットの製品化へと繋がることになります。

後編:ジーンズを育てるのが好きなら、はまるかもしれない草木染め に続く

NATURAL PLANT DYEING KIT

NATURAL PLANT DYEING KIT
ご自宅で草木染めが楽しめるWUYオリジナルの染料キット。レシピに沿って自宅のキッチンやお風呂場で簡単に草木染めを体験できる。1箱でカットソー1枚分(200g)程度が染められます。植物染料20%以上含まれていれば草木染めを謳えるそうだが、こちらは植物染料100%の染液で染めることができる。5500円。

(問)WUY
https://wuy.stores.jp

※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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