
国内でのモノづくりに憧れて「ムーンスター」に入社した柴田さん。キャリアを重ねていくうち、デザインナーとして国内生産では表現できないデザインのシューズも作りたいと思うように。そんなとき、ちょうど良いタイミングで「810s」のデザインチームに合流することが決まります。初めて任されたお題は、「810s」らしいレインブーツ。後半では、その製作秘話に迫ります。
今回のビギニン
株式会社ムーンスター 柴田 将喜
1988年福岡県生まれ。2011年入社。パターン製作、子ども靴のデザイン経験などを積み、国産シューズのデザイナーへ。現在は同社が2020年SSシーズンにローンチした「810s」のMDも務める。趣味は野球観戦。筋金入りの野球好きで知識も豊富。2児の父親でもあり、週末はもっぱら公園で家族サービス。
struggle:
810sらしい長靴とは?

念願だった国産シューズのデザイナーとして、キャリアを積んでいた柴田さん。丈夫かつ履き心地の良いヴァルカナイズ製法を採用した「ムーンスター」のシューズは、海外からも高い評価を受け業績は順調。デザイナーの一人として、柴田さんの存在感も大きくなっていました。
そんなとき、海外生産でモノづくりを行う「810s」のチームに合流することに。柴田さんは「デザインを楽しもう!」と意気込み、2シーズン目からデザイナーとして参加しました。
しかし、製法が限定されるなかでデザインする国産シューズと、アーカイブのワークシューズをルーツに自由なデザインができる「810s」のシューズでは、デザインの方向性が異なります。「デザインの幅が広がったからこその難しさがありました」と柴田さんも当時を振り返ります。
そのうえ「810s」の構想は、2年間かけてじっくりと企画をもんだ解像度の高いもの。柴田さんが合流するより前に、コンセプトもガッチリ固まっていました。自由な発想で、なおかつ「810s」らしいデザインとは。柴田さんはその答えを自分なりに解釈できないままデザインのオーダーを言い渡されました。
「『810s』らしい長靴を考える。それが私のファーストミッションでした」
「810s」の企画書を読み込んだり、立ち上げメンバーに相談しイメージを共有してもらったり。柴田さんは新作のデザインを考えるにあたり、まず自分の中に810s像を構築していくことから始めました。
新作のルーツとして参考にしたのは、一般作業用ブーツの「べスター L30」。1990年に発売されて以降、いまもなお農業関係者や漁業関係者の間で親しまれているモデルです。なぜ長きに渡りユーザーから愛されているのか。その魅力をはっきりさせた上で、新作の長靴にディテールを落とし込んでいきます。
思い浮かんだのが、“濡れない”&“滑らない”特徴を持つ「べスター L30」のソールの形状をそのままに、シルエットを細身にした短丈デザインの長靴。ですが、シルエットを細身にしてしまうと着脱が困難になってしまいます。実用的でなければ、ワークシューズとしても「810s」としても半人前。そこで柴田さんが参考にしたのが、サイドゴアブーツのディテールでした。
「長靴は全体がゴムですが、脱ぎ履きしやすいわけではありません。ですので最初は伸びのいいゴムをサイドに使用することで、その課題をクリアしようと考えました」。
ただ、サイドゴアのデザインをそのまま長靴に踏襲してしまってはオリジナリティに欠けるし、欧州の業務用品を彷彿する「道具的な佇まい」を目指す「810s」の一足として、いま一歩説得力がない。カジュアルな普段着とも相性の良い、日々にちょうどいいデザインとは。柴田さんは頭を捻ります。
「普段からミリタリーヴィンテージが好きで、古着屋巡りをしていたんです。そんなとき見かけたミリタリーブーツのディテールが参考になって。タンの部分を蛇腹仕様のゴムにすることで、着脱の容易さとゴムが外側に見えないスタイリッシュさを両得できたんです」。
ダメ押しに、もう一捻り快適性を追求するためのアイデアをプラス。バックルで付け外しができるベルトを追加して、着用時に蛇腹が広がって足のフィット感が損なわれない工夫を施しました。そのうえパンツをインしてベルトをキュッと閉めれば、雨の激しい日でも長靴の中に水が入り込みにくい。まさに「日々にちょうどいいフットウェア」と呼べるデザインにできあがりました。
しかし、コロナ禍で開発、生産過程でいろいろと問題が起きたんだそう。通常は、必要であれば工場に出向いて直接コミュニケーションを取りながら商品を作り上げていきます。が、ネットを介しての文章や画像のやり取りでは細かなクオリティを伝えるのにとても時間と手間がかかりました。「マルケ」の場合は、「べスター L30」から大きくデザインを変更しているため、デザインを直接書き込んだモックアップサンプルを工場へ送ってやり取りをしました。「この色みの微妙なニュアンスを伝えるのにもとても苦労をしましたね」と柴田さん。810s特有のニュートラルな色合いは実物を使って何度も修正を重ねたそうです。
Reach:
アップデートを繰り返し続けてこそ日常靴
職域シューズの生産で培った「ムーンスター」の技術と、柴田さんのデザインに対する探究心が生んだ「810s」のレインブーツ「マルケ」。市場(いちば)で使われることが多い「べスター L30」をルーツに持つため、MARKET(マーケット)を縮めたモデル名MARKEとなりました。無駄なディテールは排除された腹八分目のソリッドな佇まいが、長靴をルーツに持つとは思えない美しい仕上がりです。
柴田さんのお話を伺い、一度履いてみたくてウズウズしていた筆者。空いた時間を見つけて試着してみると、やはり、ブーツなのに足の出し入れが容易で履きやすい。2、3歩踏み出して、フィット感の素晴らしさにも驚かされました。パカパカと足の位置が定まらない!なんてこともなく、実に歩きやすい。
そして個人的に嬉しかったのは、程よい重量があるところ。しっかりと地面を踏んで歩いている実感がもてるので、足場の悪いアウトドアシーンでの活躍にも期待できました。

現在の柴田さんのポジションは、デザイナー兼「810s」のMD。年間を通して「810s」の商品の企画や計画を立てるなど、立ち上げメンバーから役割を引き継いで、その手腕を奮っています。一連の仕事のなかでも、特にデザインの参考になっているというのが1ヶ月に一回の店舗ヘルプ。2020年6月、福岡市薬院にオープンした自社のモノづくり哲学を体現する直営店「オルソー ムーンスター」で、実際に店頭に立って販売をしているんだそう。
「『810s』は、そもそも使い勝手のいい道具でありたいという思いがあります。店頭に並んでいる商品は全て自信を持ってオススメできるものばかりですが、お客様やスタッフの声を聞きながら改良を重ねることを当たり前にしていきたいです」
象徴的なのが今シーズンリミテッドモデルとして登場した「キャンピー」。「810s」で展開している3型のモデルのディテールをミックスさせた一足で、これまでの「810s」のシューズのようにルーツが「ムーンスター」にありません。
「看護師用のワークシューズの意匠を引き継いだ『ホスプ』が、『脱ぎ履き楽チンでキャンプにうってつけだった』とスタッフから履き心地の感想をもらったんです。ならば、アッパーは汚れに強いキッチンシューズ、ソールはクッション性の高いグランドシューズのディテールを『ホスプ』に追加しようと。よりキャンプに適した一足を作るため『キャンピー』をデザインしたんです」。
「キャンピー」のように、今後はモデルを掛け合わせた「810s」オリジナルのモデルも増やしていくんだとか。既存のモデルのアップデートも定期的に行い、より日常に即したシリーズ展開となる予定です。
「使われてこそ価値のあるもの。『810s』を多くの人に知ってもらい、長く履き続けてほしい」と、柴田さんは真剣な眼差し。「『810s』が社会に広がってきている実感はありますか?」と尋ねると、ニコッと笑って応えてくれました。
「当社の新入社員のなかに『810sが好きで入社した!』と言ってくれる子がチラホラ増えてきました。ほかには、友人が経営する飲食店ではスタッフユニフォームとして採用してもらっていたり、行きつけの美容師さんが愛用してくれていたり。『810s』を履いてくれている人を見かけると、やっぱり嬉しいですね」
仕事用とファッション用の垣根を超えて愛されている『810s』。腹八分目の精神は、現代人のミニマムな暮らしにもマッチしており、今後もますますファンを増やしていく予感がします。柴田さんが打ち出すこれからの『810s』に期待大!
810s / MARKE
幅広いワークシーンで活躍するゴム長靴「ベスター L 03」をルーツにしたレインブーツ。リップル(波形)意匠とサクション(吸盤)意匠を組み合わせた独自の防滑ソールを採用し実用性を担保しつつ、シルエットを細身の短丈に調整しタウンユース仕様に。着脱を考慮して、タン部分が蛇腹式のゴムバンドに変更された。ベルトを使用すればフィット感もUP。WHITE、B.GREY、BLACKの3色展開。6,600円(税込)
(問)810s
https://www.bymoonstar.jp/810s/
写真/松山タカヨシ 文/妹尾龍都