どう見ても陶器なのに、落としても割れない⁉ 漆職人の技術を活かした革命的食器[後編]【ビギニン#48】

山中漆器の産地、石川県加賀市。産地ではタブーとされていた塗装の色ムラを、むしろ他に2つとない個性と位置づけ、独自の表現方法を開発。2018年、ついに新ブランド「MUDDY(マディ)」が誕生します。

先行して商品展開されていたバス用品の好評を追い風に、いよいよテーブルウェアの開発が始まりました。

前編はこちら

今回のビギニン

MUDDY 開発チームのお2人

左:ナカジマ 営業担当 立野恵大さん
1988年生まれ。石川県加賀市出身。2010年に有限会社「素地のナカジマ」へ入社。2022年「素地のナカジマ」の子会社として「ナカジマ」が設立されたのに伴い現職に。

右:SundayPeople 代表 石井彰一さん
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。グラフィック業界と文具業界で職務経験を積んだのち、現代美術家のスタジオに勤務。その後インテリアメーカーを経て、独立。プロダクトの企画からブランドの立ち上げ、店舗のプロデュースまで幅広く活躍する。

Struggle:
地元の有識者協力のもと、こだわり尽くす

ついに立ち上げられた「MUDDY」ブランド。人気だったバス用品に次ぐ商品群として、テーブルウェアの発売が決まります。

「石井さんとじっくり話し合って、せっかくテーブルウェアを作るのだから、バス用品のように既存の金型は使わずに、イチから造形しようということになりました」(立野さん)

塗装は陶器のような豊かな表情を特徴としていますが、造形に関しては、むしろ陶器にできないことを追求。

こだわりを端的に表しているのがディッシュプレート(料理皿)の縁の厚み。陶器ではとても再現することのできない合成樹脂ならではの薄さなのです。薄さを突き詰めたことで軽く、しかもエレガントな印象を与えることに成功しています。

ディッシュプレートの縁は、薄さ以外でも目を惹く特徴を備えています。多角形の形状です。よく見るとS・M・Lとサイズによって角の数が異なっていることに気付きます。一体これは何を意図しているのかというと、

「多角形の形状は、花びらをイメージしたものです。角の数は花びらの数なんです。じつはフィボナッチ数列に準じているんですよ」

3・5・8・13のように前の数字2つを足した数が続く数列をフィボナッチ数列と呼び、各数値をフィボナッチ数と呼びます。自然界に多く存在し、松ぼっくりの鱗片の数や巻き貝の殻の巻き方もそう。花びらの多くもフィボナッチ数なのです。

「MUDDY」のディッシュプレートは、Sが8角形、Mが13角形、Lが21角形。まぎれもなくフィボナッチ数。3枚重ねると薔薇や椿の花のように見えて、華やかさが際立ちます!

そんな凝った形状の「MUDDY」を成型しているのが、石川県と隣接する富山県小矢部市に工房を構える「坂田プラスチックス」。平成元年の創業で「素地のナカジマ」とは、創業当初からの付き合い。代表の坂田隆雄さんが、成型のプロセスを解説してくれました。

「まずは原料となる再生PET樹脂を乾燥機にかけ、120℃で4時間以上乾燥させます。再生PET樹脂の中に気体の状態で含まれる不純物を取り除くための工程です」

不純物を除去した再生PET樹脂は、成型機に送られ融解。金型に射出され、一つひとつ成型されるというプロセスです。ちなみに、金型一つの製作費は数百万円以上! 成型のプロセスは概ね機械化されているとはいえ、融解温度や作業速度の設定など、気を使わなければならないことも多いと坂田さんは言います。

「一番気を使うのは、成型機に金型を始めてセットした後の調整です。どうすれば射出した材料が金型の中に過不足なく行き渡るか、何度もテストを繰り返しながら見極めなければなりません」

大変な作業だけれど、その分やり甲斐もあると坂田さんは言います。

また、「MUDDY」のテーブルウェアをひっくり返して底面を見ると、円に囲まれたロゴとMADE IN JAPANの文字が。

オートメーションか何かで、ウィ~ンガシャン!とプリントされているのかと思いきや、さにあらず!

底面のプリントを手掛けているのは、シルクプリントの職人である北村康一さんです。シルク印刷の工房で30年勤めあげた後、8年ほど前に独立。石川県加賀市に自身の工房を構えました。

北村さんの仕事は、すべて手作業。まず手作りの作業台にディッシュプレートやボウルをセットして固定。位置が決まったら器の底面に版型を密着させ、ゴムのへらで黒い塗料を伸ばしながら文字を刷っていきます。

細くて小さな文字なのに極めて鮮明。高い技術と豊かな経験に裏打ちされた北村さんなればこそ可能な仕上がりと言えるでしょう。

合成樹脂の素地にウレタン塗装からなる近代漆器。ともすれば、他の材質の器と比べて軽んじられがちだったのも事実。しかし、「MUDDY」の登場によって事態は一変しました。陶器のような表情をしているのに、軽くて扱いやすく、割れにくい上に電子レンジにもかけられる。もはや軽視する理由がありません。

「MUDDYによって、陶器に対して抱いていた劣等感のようなものが完全に払拭されました」とは立野さんの言葉。

産地の伝統に縛られず、こだわりを貫いたからこそ達成できた成果。そして、彼らのこだわりを支えてきたのが、坂田さんや北村さんのような地元の有識者たち。「MUDDY」は、将来を切り拓く地域の可能性といえるかもしれません。

Reach:
誰もが安心して使える、かつてない器

「MUDDY」の商品ラインナップは、現在はバス用品が20アイテム、テーブルウェアが5アイテム。

公式オンラインショップや全国の小売店で販売しているほか、都市部などで時折ポップアップストアも開催。軽量かつ割れにくいことから汎用性が高く、ファミリー層やアウトドア好きに大反響。

「MUDDY」が支持されるのは、軽さや扱いやすさだけが理由ではありません。環境への配慮も大きな理由の一つです。

実際、「MUDDY」のテーブルウェアは、その約66%が再生PET樹脂を原料にしています。原料メーカーの協力のもと、回収・洗浄・粉砕したペットボトルを再生PET樹脂としてリサイクルしているんです。

ディッシュプレートSなら、ペットボトル約3本分に相当。Mなら約4.5本分、Lなら約6本分に相当します。何かと悪者扱いされがちなプラスチック製品ですが、「MUDDY」は環境への配慮にも怠りがありません。

ディレクターの石井さんは、テーブルウェアをデザインした時のことを振り返って、次のように語ってくれました。

「僕には小さな子供がいるんですが、子供って親と一緒の食器を使いたがるんですね。でも、割っちゃいますから、陶製の食器を渡すわけにはいかない。大人の感性にも耐えうるエレガントなデザインなのに、子供にも安心して渡せる食器。そんなことを念頭に置きながらMUDDYの食器をデザインしました」

子供も高齢者も、誰もが安心して使えるテーブルウェア。今後の展開が楽しみな「MUDDY」ですが、風の噂では近い将来、カトラリーのシリーズが登場するかも!?

「いえいえ、まだ何も決まっていません(笑)。なにしろ塗装を担っているのが、杉本真也さんただ1人なので、おいそれと増産するわけにいかないのが現状です」

そう語ってくれた立野さん。こだわりから生まれたブランドなので、売れるからといって粗製濫造するつもりもないと言い切ってくれました。

「でも、良いものなので、なるべく多くの方に使っていただきたいというのも正直な気持ち。なんとか工夫して皆さんに届けたいと思っています」

MUDDY

陶器の釉だれを思わせる色ムラを表現。それでいて近代漆器がゆえに陶器より格段に軽量。落としても割れにくく、しかも140℃~-20℃の耐熱・耐冷温度なので、電子レンジや食洗機にも安心して使える。日常の食卓だけでなく、アウトドアシーンでも活躍すること確実。

皿やボウルといったテーブルウェア以外にも、ディスペンサーやソープディッシュを始めとする各種バス用品も充実。色はホワイトとブラックの2色展開。

ディッシュプレート1760円~。ディスペンサー3080円~。

(問)MUDDY
http://www.muddy-products.com/

※表示価格は税込みです

※本記事は2023年11月に取材したものです。


写真/平井俊作 文/星野勘太郎

Begin Recommend

facebook facebook WEAR_ロゴ