どう見ても陶器なのに、落としても割れない⁉ 漆職人の技術を活かした革命的食器[前編]【ビギニン#48】

時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

食欲をそそる料理の数々。彩りのみならずその美味しさまで引き立ててくれる陶器のテーブルウェアたち……。と思いきや、パスタやサラダを盛り付けた青みがかった器、じつは陶器ではなく、プラスチック製!

どこからどう見ても陶器としか思えない質感にも関わらず、プラスチック製がゆえに陶器より軽く、当然のことながら落としても割れにくい。もう良いこと尽くめなんです。

というわけで今回は、そんなありそうでなかった食器「MUDDY」を開発したビギニンを取材!

今回のビギニン

MUDDY 開発チームのお2人

左:ナカジマ 営業担当 立野恵大さん
1988年生まれ。石川県加賀市出身。2010年に有限会社「素地のナカジマ」へ入社。2022年「素地のナカジマ」の子会社として「ナカジマ」が設立されたのに伴い現職に。

右:Sunday People 代表 石井彰一さん
1979年生まれ。福岡県北九州市出身。グラフィック業界と文具業界で職務経験を積んだのち、現代美術家のスタジオに勤務。その後インテリアメーカーを経て、独立。プロダクトの企画からブランドの立ち上げ、店舗のプロデュースまで幅広く活躍する。

Idea:
製造卸だけでなく、自社ブランドが必要だった

取材班が訪ねたのは、石川県加賀市。関西の奥座敷とも呼ばれる加賀温泉郷のひとつ、山中温泉からほど近い場所です。

山中温泉は1300年ほど前に発見されたと伝えられる古泉。かの松尾芭蕉が有馬、草津と並ぶ名湯と称え、『おくのほそ道』に残る「やまなかや 菊は手折らじ 湯の匂ひ」の句を詠んだことでも知られています。

そんな山中温泉近郊で作られてきた名産品のひとつに、山中漆器があります。

今から400年ほど前、越前の一向一揆で土地を追われた木地師(ろくろを用いて木工品を制作する職人)たちが、この地に集団移住したのが山中漆器の始まりだと言われています。

やがて山中温泉を訪れる湯治客のお土産品として人気を博し、さらに塗りや蒔絵の技術を導入しながら発展していきました。

近年になると、ライフスタイルの変化に合わせ、プラスチック素材にウレタン塗装を施した“近代漆器”の生産もスタート。

冒頭でご紹介した器も、山中温泉近郊に本社を構える株式会社ナカジマが展開する“近代漆器”にほかなりません。

株式会社ナカジマは、有限会社「素地のナカジマ」が、自社の販売部門を独立・法人化して立ち上げた子会社。親会社にあたる「素地のナカジマ」の“素地”とは、塗装する前、まさに素の状態のプラスチック成形品のこと。

「素地のナカジマ」は1998年の創業以来、この“素地”を地元の漆器業者に販売する製造卸に特化したメーカーでした。

ところが、創業からしばらくすると事業を取り巻く環境が大きく変化。時代の流れを踏まえて事業内容を見つめ直したところ、素地の製造卸だけでは先行きが不透明との結論に達します。そこで次の一手として早急に取り組むことになったのが、自社ブランドの立ち上げでした。

2012年、こうして誕生したのが「素地のナカジマ」にして初のファクトリーブランド「SO-Q STYLE(ソーキュースタイル)」でした。

上写真のような食器など、生活雑貨を展開。素地の販売先が地元業者に限られていたのに対し、「SO-Q STYLE」は卸業者を介して全国に販路を拡大していきました。

初の試みだけにどのように商品企画を行っていたのか、気になるところ。今回のビギニンの1人であり、当時「素地のナカジマ」に在職していた立野恵大さんが、その時の様子を次のように語ってくれました。

「いろいろなやり方で企画していましたね。社内で立案することもあれば、外部のデザイナーに依頼することもありました。外部デザイナーとの関わり方も様々で、ほぼ完成形まで進んだ企画を最終段階で少しだけ手直ししてもらうこともあれば、最初から関わってほしいとお願いすることもありました」

そんな外部デザイナーの中にもう1人のビギニン、石井彰一さんがいました。石井さんは、ちょっと毛色の異なる人物だったと立野さんは言います。

「造形やデザインの提案はもちろんですが、こういう階層の人たちにこういう方法で売っていきましょうと、広い視野から提案してくれる方でした。デザインの枠組みを超えて、全体のプロデュースまで担えるのが石井さんでしたね」

Trigger:
「失敗作」が、むしろイイ?

商品企画の依頼があるたびに東京のオフィスから幾度となく足を運び、プロダクトのディレクションを行っていた石井彰一さん。山中漆器の技法を用いて作られる「SO-Q STYLE」の商品は、確かに素晴らしい。クオリティに関しては、他を圧倒するほどのレベル。

しかし、それはあくまで既存の近代漆器の延長線上に位置づけられる素晴らしさ。「素地のナカジマ」ならきっと、それまでにないまったく新しい近代漆器を開発できるはず。石井さんは当時、そんなことを漠然と考えていたと言います。

「立野さんとも新ブランドを立ち上げたいねという話をしていましたが、どうアプローチすればいいか、その時はまだ具体案が見えていませんでした」

「外部の方の言葉にハッとさせられることがあります。塗装にしても、あまりに均一なので機械化されていると思われがちですが、じつは塗りの職人がひとつひとつ手作業で行っています。産地にいる私らにとっては、当たり前のことですが、その見事さに外部の方は皆一様に驚いてくれる。自分らがいかに、灯台下暗しなのか痛感しますね」とは、立野さんの言葉。

産地の常識に縛られない外からの視線なればこその気付き。ある時、立野さんの案内で職人の工房を訪れた石井さんは、作業場の隅にうち捨てられていた複数の器にふと目が止まります。

「それらは塗装に色ムラが出てしまった器たちで、産地の常識では失敗作として廃棄されるべきものでした。でも、それが自分の目には、めちゃくちゃカッコ良いものに映ったんです」

近代漆器なのに、まるで陶器のようにひとつひとつ表情の異なる器。ひょっとしたらここに独自路線の可能性が潜んでいるのではないか? 石井さんも立野さんもそう考えたと言います。とはいえ、産地の伝統を踏まえれば、色ムラのない均一な塗装こそ正義。いくら陶器のように表情にゆらぎのある塗装を求めても、塗装職人にとってそれは不良品以外の何ものでもありません。何人もの職人に声をかけたものの軒並み断られてしまいます。

「私たちにも譲れない一線がありました。ゆらぎという曖昧な正解を共有できる感性を持っていること。感性のズレを擦り合わせるために遠慮なく言い合える関係性を築けることです」

そう語る立野さんの頭には1人だけ当てにできる職人がいました。立野さんの呑み仲間、会えば仕事の話など一切せず、ただ談笑するだけの相手。漆塗りの職人、杉本真也さんです。

芸術大学に学び、仲間とチームを組みダンサーとして活動していたこともある杉本さん。漆塗りの職人としては、かなりユニークな経歴の持ち主。アートにしろダンスにしろ、クリエイティブな感性を持っていなければできないことでしょう。

20代で父親の跡を継ぎ、漆塗りの職人として仕事を始めて四半世紀近く。15年ほど前からウレタン塗装も手掛けるようになっていた杉本さんでしたが、まったく新しい塗装に挑戦して欲しいという立野さんの依頼に同意したことで、それまで誰も手掛けたことのない近代漆器の開発が始まりました。

もちろん容易なことではありません。塗装職人の杉本さんにとっても初めての試み。最初は戸惑いの連続だったと言います。

「表情にゆらぎのある塗装といっても、どこまでが正解でどこからが不正解なのか、試作を繰り返しながら確かめていくしかありませんでした」

まさに手探り状態。試行錯誤は1年近くも続きました。

目指したのは、釉薬の釉だれが豊かな表情を作る陶器のようなゆらぎのある塗装。プロセスの詳細は企業秘密になりますが、概ね次のような工程を踏んでいきます。

まず、回転する器にスプレーガンを使って下塗りをします。しばらく乾燥させたら次は本塗り。スプレーガンを2丁使って、本塗り用の塗料を吹き付けるや否や、間髪おかずに透明な溶剤を吹き付けます。

すると溶剤の作用で塗料に色ムラが発生、陶器における釉だれのような表情が生まれるというわけです。

同じ大きさ、同じデザインの器でも色ムラの出方は様々。ひとつとして同じものはありません。しかも、色ムラの出方は多すぎても少なすぎてもいけない。感性が問われる上に、通常よりも塗装回数が増えたことでチリが付着するリスクも高まるため、作業に迅速にして高いスキルが求められます。試行錯誤に1年近く要したというのも頷けます。

2018年、こうして陶器のような表情をした、まったく新しい近代漆器のブランド「MUDDY(マディ)」が誕生します。

ブランド立ち上げ当初、「MUDDY」の商品ラインナップは、バス用品だけでした。色展開は2色。ひとつは、ホワイトの中に陶器の釉だれを表現した「ブラン」。もうひとつは、ブラックの中に星屑を思わせる金粉を散りばめた「コズミックノワール」です。

プラスチックの素地にウレタン塗装を施した近代漆器なのに、過去に誰も見たことのない豊かな表情をしているとなれば、話題にならないわけがありません。2年後、バス用品の好評を追い風に、念願だったテーブルウェアの製作が決定します。

「どうせ作るのであれば、既存の金型など一切使わず、イチから造形しようという話になりました」と立野さん。

この挑戦的な取り組みは、はたしてどのような形でテーブルウェアに結実していったのでしょうか?

後編:デザインのキーワードは、フィボナッチ数列!?に続く

MUDDY

陶器の釉だれを思わせる色ムラを表現。それでいて近代漆器がゆえに陶器より格段に軽量。落としても割れにくく、しかも140℃~-20℃の耐熱・耐冷温度なので、電子レンジや食洗機にも安心して使える。日常の食卓だけでなく、アウトドアシーンでも活躍すること確実。

皿やボウルといったテーブルウェア以外にも、ディスペンサーやソープディッシュを始めとする各種バス用品も充実。色はホワイトとブラックの2色展開。

ディッシュプレート1760円~。ディスペンサー3080円~。

(問)MUDDY
http://www.muddy-products.com/

※表示価格は税込みです

※本記事は2023年11月に取材したものです。


写真/平井俊作 文/星野勘太郎

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