メジャーリーガーも虜に⁉ 宮崎から海を渡った和牛グラブ[後編]【ビギニン#46】

2023年も残りわずか。年末恒例の流行語大賞では、阪神タイガースの岡田監督の「アレ(A.R.E.)」が年間大賞を獲得しましたね。

そんな野球の盛り上がりに便乗してお届けするのが、今回のビギニン。紹介するのは、宮崎牛のレザーを使ったグラブが話題を呼んでいる「ボールパークドットコム」の山内さん夫妻。後編ではいよいよグラブの量産に向けて動き始めますが……。これまで和牛のグラブがつくられてこなかった理由が明らかに!!

前編はこちら

今回のビギニン

ボールパークドットコム 代表取締役 山内康信さん(右)

宮崎県出身。1963年生まれ。明治大学卒業後、都内に本社を構える損害保険会社に入社。15年間勤務し、2002年地元宮崎で「ボールパークドットコム」を創業。公務員の家庭で育ち、学生時代は野球部に所属。大学時代のポジションは内野手。左は専務取締役の山内恵美さん。

Struggle:和牛の革がない!

山内さんが、宮崎牛の革を使ったグラブ作りを始めると、関係各所から反対の声が続出。日本一を目指して育てられた食用牛ならではの理由で、革の加工に適さない弱点があるんだそう。しかも3つも!

「誰に相談しても、やめとけやめとけって、散々言われましたよ()。本腰を入れて動き出してから商品化するまで、3年弱かかりました」

第一の弱点は、一頭の個体に対して製品の取れ高があまりに少ないこと。現状、一般的に流通しているグラブの大半は、欧米のカウレザーが使用されています。広大な農地で育てられる欧米の牛は巨体で、皮は分厚く、皮の取れ高が段違い。

対して、宮崎牛は牛舎で育てられている個体が多く、身体は小さめ。皮は薄くて、傷や肌荒れも目立ちます。つまり、レザーとして使える皮は、とても少ないんです。

山内恵美さん。2008年から「ボールパークドットコム」にジョイン。公私共に、山内さんをサポート。ちなみに、恵美さんは元バレーボール部。野球は観る専門。

第二の弱点は、日本の牛に対する食用第一の考え方。宮崎牛の食肉加工場では、おいしく命をいただくために皮は手際よく剥ぐのが鉄則です。あくまで皮は副産物。その意識が、ブランド牛としての品質とある程度の生産性の高さを支えています。

ただし裏を返せば、肉以外の意識が低いことを表します。実際、山内さんが仕入れる宮崎牛の革には、肉を削ぎ落とす際の刃物による傷が、至る所についているケースがしばしば。しかも、丈夫でなければならないグラブにとって、傷が多いグラブはどうしても敬遠されてしまいがち。そのため、傷部分を避けてのグラブ作りをしなければいけません。恵美さん曰く、せっかく仕入れても、グラブに使えないレザーが多数あるんだそう。

「毛を抜いて、初めてわかる傷や虫刺されの後もたくさん。一度仕入れたものだから返品はできませんし、グラブにも使えない。ですから買い付けはある種ギャンブルのようなもので、結構シビアな世界なんですよ()

第三の弱点は、鞣し方が一般的なレザーとは違うこと。宮崎牛は食べるために飼育されている牛です。そのため、皮にも油がたっぷり含まれており、レザーとして加工するには、油を入れたり抜いたりしながら、繊細な下処理をしなければグラブに使えません。

そして、この鞣し加工を国内で担当できる職人はごく僅か。そのうえ、手間がかかり生産性の悪い作業を引き受けてくれる工場を探すとなると、協力先と出会える可能性はさらに低くなります。

山内さんは「実績のない会社なので、グラブにかける思いを伝えるだけでもひと苦労でね」とポツリ。

現在グラブの鞣しをお願いしているのは、グラブ専門のタンナーと、世界的に有名な皮革産地・姫路のタンナー。技術の高い売れっ子工場を口説き落とせたのは、恵美さんの粘り強いアプローチの賜物です。

「宮崎から姫路まで皮の輸送費を考えると、正直なところ頭が痛いですが、品質は妥協できませんからね。今も社長と年に数回は顔を出しに行っていて、時には作業を手伝っています。毎回よく来るよねって言ってもらえますが、いいグラブを作るためには、コミュニケーションは必須!」(恵美さん)

上の写真は、宮崎牛一頭から取れるレザーの片面。一頭で作れるグラブの数は、内野手用なら4つ、キャッチャー用なら2つほど。背中やお尻は皮が厚く、腹に近づくにつれて薄くなっていくため、グラブのパーツによって使用する部分を変える。例えば、1番負荷のかかる捕球面はお尻の皮を使うというように。無駄がでいないように裁断して、丸々一頭のレザーをキレイに使い切る。

弱点があっても、宮崎牛の革を使ったグラブ作りを諦めなかった山内夫婦。虫の少ない冬に皮の買い付けをするようにしたり、使えないレザーで革小物を作ったり。素材を無駄にしない方法を模索しながら、ついにグラブの量産に成功します。

Reach:
メジャーリーグデビュー

山内さんが手探りの状態から始めて、内野手用のグラブを30個仕上げたのは、2018年のこと。宮崎県産和牛グラブブランド「和牛JBグラブ」として、地元の甲子園球児やアメリカの野球チームに実物を送り、その使用感をフィードバックしてもらうなど、これまで地道なアップデートと広報活動を重ね続けてきました。

ローンチから5年経った、今年3月。ついに、山内さんの情熱がこもった「和牛JBグラブ」は、世界の野球ファンの間で大きな話題を集めることになります。2023年1月にはあのダルビッシュ有投手も所属するサンディエゴ・パドレスのサウスポー、ドリュー・ポメランツ投手とスポンサー契約を締結!

サンディエゴ・パドレスのドリュー・ポメランズ投手(右)

そして2023年3月、日本プロ野球界を揺るがすビッグニュースが舞い込みます。メジャーリーグにおいて最も活躍した投手に贈られる「サイ・ヤング賞」にも輝いたことのある現役バリバリのメジャーリーガー、トレバー・バウアー投手がDeNAベイスターズに入団! 来日したての彼が「和牛JBグラブ」の投手用グラブをスポーツ用品店でたまたま見つけて購入し、さらにその様子を自身のYouTubeチャンネル『トレバー・バウアー』にて公開したことで和牛グラブの名が日本中に轟いたのでした。

バウアー投手(右)

「私たちがそれを知ったのは、お店の方が連絡をくれたから。早速バウワー選手に会う約束を取り付けて、既製品よりもさらに彼の手にフィットするように、オーダーメイドの特注品を作り届けました!」

「ポメランツ選手との交流が始まったのは、2017年くらい。知人の紹介もあり、出来上がったばかりの和牛JBグラブに興味を持ってくれたのがきっかけで、彼にグラブをプレゼントして使用感を教えてもらっていたんです。驚いたのは、ポメランズ選手とバウワー選手が、大学生時代からの友人だったこと。選手同士も、偶然同じグラブを使っていて、とてもビックリしている様子でした」

野球少年が修行を重ねて一から手づくり

メジャーリーガーからも認められた「和牛JBグラブ」。そのレザーの裁断から仕上げまで、全ての工程を店舗と目と鼻の先にある自社工場で行います。分業制が多い業界ですが、このスタイルをとっていることで、オーダーメイドによる縫い目の曲がり方や角度の細かい変更にもすぐに対応できるのです。

製造部マネージャー両角さん。宮崎県出身。2001年生まれ。

その品質を守っているのは元高校球児の若き職人たち。彼らをまとめるのは、製造部マネージャーの両角さんです。

「学生時代から、グラブを作る職人に憧れていました。技術は入社してから、一年くらい奈良県のグラブ工房で修行して、習得しました。来る日も来る日も朝から晩まで縫製の練習。借りていたアパートには、寝に帰るだけみたいな生活でしたね(笑)」(両角さん)

薄いのに耐久性が高い宮崎牛のレザーは、グラブに最適な素材ですが、縫製には不向き。ミシンにかけるとき、レザーを引っ張る力加減にムラがあると、縫い目にもろに影響してしまうので、表面と裏面をピタリと縫い合わせるのはS級クラスの難易度です。

特に難しいのは指先の部分。捕球面側のレザーが外側のレザーよりも小さいので、ズラしながら縫い合わせるテクニックが必要で、キレイに仕上げるのは至難の技。両角さんが習得に一番苦労したのも、この部分のミシンのかけ方でした。

ひっくり返してから、こだわりを注入

グラブの縫製は、バッグと同じ袋縫い。ある程度まで縫い上げたら表と裏をひっくり返します。その際、一度スチーマーでレザーを柔らかくするのが「和牛JBグラブ」のこだわり。台座に引っ掛けてトンカチで叩けば固いままでもひっくり返せますが、それだと指先の縫い目まで表にキレイに出ないので、美しく仕上げるためにこの作業は欠かせません。

スチームをかけて、レザーを柔らかくするのは、本格派のレザー工房ならよくある話。ですが、「和牛JBグラブ」の場合は、ひっくり返した後にもひと手間を加えます。立体感を出すために、台座にグラブをハメ直して、トンカチで形を調整。「製よりも仕上げに時間がかかっています」と両角さん。

「ちょっと丸っこくて、ボールを包み込めるような形状を目指しています。学生時代は角張ったデザインが好きでしたが、やっぱり扱いやすいのが一番。加えて、当社の製品は宮崎牛のレザーを使っているので、一般的に流通しているものより軽い! ぜひ、一度使い心地を試してほしいです」

宮崎県の新しい産業にしたい!

「私は野球が好きというよりも、関わってくれる職人や現場のムードが好き」と話す、恵美さん。関係各所と密なコミニケーションをとりながら、市場の拡大を視野に入れて、これからも「和牛JBグラブ」の品質を守り続けます。

「今後の目標は、野球が盛んなアメリカやアジア諸国に、和牛JBグラブを広めていくことです。グラブの産地といえば、宮崎県。そんな風に認知が広がっていくとうれしいです」

グラブ作りが、宮崎の新しい産業になるように。そんな恵美さんの思いは、山内さんの目指す未来にもつながります。地元の資源で作っているんだから、地元に還元していく。その一環として、山内さんは47校分のトレーニンググラブを宮崎県高校野球連盟に寄付。また2023年の夏の甲子園では、宮崎、長崎、鹿児島のエースピッチャーが、「和牛JBグラブ」を着用してマウンドに立ちました。

「当社で腕を振るってくれている職人も、みんな元高校球児。来年も、すでに何名かの元高校球児が名乗りを上げてくれています。こんな風にして、グラブ作りが地元の産業になっていってほしいと願っています。若い世代のためになるものを、何か残してあげたい。この取り組みを続けていくためにも、チャレンジ精神を失わずに、どんどん新しいことに挑戦していきたいです」

JB-006S

宮崎県の和牛の革を使い、丈夫さと軽さを両立させた内野手用グラブ。手元重心の軽量設計により操作性も抜群で、トータルバランスを重視するプレイヤーに最適。バリエーションは写真の内野手用ほか、投手用、外野手用、ミットなど豊富に揃う。現在(12/20時点)での納期は約100日(※型付けを希望する場合はプラス2週間前後)。高校野球ルール対応。5万7200円。

(問)ボールパークドットコム
https://japan-ballpark.com/

※表示価格は税込みです


写真/椿原大樹 文/妹尾龍都 編集/鍵本大河(Beginデジタル)

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