世界的手芸ブームで大注目! 手仕事のニットカルチャーを伝道するビギニン[後編]【ビギニン#41】

andwoolの看板

10代でニットの魅力に気づき、イタリア留学を経て2005年に自身のブランドを設立。原料や生産効率といった制作の“工程”の視点から洋服をデザインする村松啓市さんは、分業化が進む日本のファッション界では異質の存在でした。しかし、そのスタンスゆえ工場の減少というアパレル業界の危機をいち早く察知し、自らの手で制作環境を整えるため、2011年に東京から地元静岡へと拠点を移します。

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今回のビギニン

村松 啓市さん

村松 啓市さん

1981年生まれ。静岡県藤枝市出身。文化服装学院 ニットデザイン科卒業。イタリアの高級糸メーカー・リネアピウグループ留学を経て。2005年ファッションブランド「everlasting sprout」を設立。2020年「muuc」にブランド名を改める。海外での評価も高く2008年イヴ・サンローランやカールラガーフェルドを見出した若手デザイナーの登竜門「ウールマーク・プライズ」でファイナリストに選ばれた他、パリのトレードショーやサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館内でショーを行うなど、ニットを使ったアートピースの制作も得意とする。自身のデザイン論や技術を多くの人とシェアし、より良いファッションカルチャーを作ることを目指し、2011年に拠点を静岡県島田市へ移す。2016年、ニットカルチャーを広げるプロジェクト「AND WOOL」をスタートさせる。

Struggle:
制作環境を整えるため静岡へ

andwoolのアトリエ兼ショップ
静岡県島田市、茶畑に囲まれた山間にあるANDWOOLのアトリエ兼ショップ

「2011年は東日本大震災の年で、帰ってきて仕事は減ると思っていたんですが、なぜか増えてしまい、気づいたら東京にいた時と同じ生活をしていました。未来のため静岡に戻ったのに、このままでは結局、企業の仕事を回しているだけになる。そんな危機感から動き始め2016年に『AND WOOL』を立ち上げ、アトリエ兼ショップをオープンしました」

ニットの工程を一から紹介し、編み物の楽しさや魅力を伝え、ニットワークカルチャーを日本から世界へ発信する。そんなテーマを掲げたアンドウール。お店では村松さんがデザインしたニット製品や毛糸を販売する他、アトリエが併設され、職人さんの製作が見られるようになっています。そこでシャーシャーと規則正しい音を立てているのが、同社の顔ともいうべき手編み機です。

andwoolのアトリエで使われている手編み機
アンドウールのアトリエで使われている手編み機は市販品のため、一般消費者でも購入可能。

「ぼくたちは手芸的な手編みに加え、家庭用編み機によるニット製作を主な活動としています。見慣れない方も多いと思いますが、ぼくらの親世代が子供だった頃、服は買うよりも自作する方が安く、家にはミシンと並んで手編み機がありました。マフラーやセーター、帽子など様々なアイテムが作れ、技術を習得すればハイクオリティなデザインも編めます。海外のアトリエに行くと大抵1台は置かれているんですよ」

手編み機は、櫛のように針が並ぶ板の上で、キャリッジと呼ばれるユニットを左右にスライドさせ、ニットを編み立てます。日本では1950年代から普及し70年代にピークを迎えますが、ニット製品が低価格化するにつれ自作の文化が薄れ、90年代には生産が中止されます。村松さんは現在主流となったコンピューター編み機では出せない豊かな風合いに惹かれ、早い段階で自身のブランドに採用していました。

「ぼくにとって編み機は欠かせない道具です。昔は中古品を買って使っていましたが、数年前にシルバーリードサービスという日本のメーカーが手編み機を復活したんです。そのおかけで、メンテナンスがすごく楽になりました」

アンドウールでは手編み機でカシミアストールが作れるワークショップを開催しています。お洒落でお店で買うより安くモノづくりも体験できると人気のサービスですが、手仕事は心理的にも影響を及ぼすと村松さんは言います。

andwoolのワークショップで作れるカシミアストール
アンドウールのワークショップで作れるカシミアストール。販売されているストールと同じ物ができますが、作業した分が価格が安くなるよう設定されています。

「コミュニケーションが起こるんですよ。例えばバーベキューって初対面の人と友達になれますよね。同じような雰囲気で自然に会話が生まれる。これはニットワークならではの良さだと思います。あと利点はもうひとつあって、手編み機とスペースがあればできるから、内職にとても向いてるんです」

村松さんは在宅ワークを必要とする方、手に職を付けたい人たちに向けて「雇用創出プロジェクト」の活動も行っています。アンドウールの服作りには、編み機のレバーを動かすだけの単純作業から、熟練した技術を必要とする仕上げまで様々な工程がありますが、生産手順を設計する際、初心者が在宅で可能な業務を抜き出して内職のニーズに対応しました。

「ご家族の介護をしていたり、お子さんが小さかったり、病気や障害をお持ちの方だったり、他にも様々な事情で外に出れない人たちが、手仕事を介して社会と繋がりを持ってもらえたらと思ってやっています。こういう場所があれば、地域で私たちの活動に興味を持ってくださる方も増えていくかなと」

andwoolのアトリエで勤務する編み職人さん
アトリエで勤務する編み職人さんは難しい作業を担当します。

定年を迎え自分のペースで働きたいと応募されてきた方が、実はスゴ腕の持ち主で編み職人として活躍したり、ワークショップでニットにハマった人がコツコツ上達して仕上げを担うアトリエスタッフになったり、雇用創出と並行して仕事を発注している就労継続支援B型事業所(一般企業での雇用が困難とされる障害を持つ方に対し、就労に必要な知識と能力向上の訓練を行う)に、高い技術を身に付け、模様編みの出来る人がいたり、人材は着実に育っているそうです。ちなみに在宅ワークという言葉から低賃金労働をイメージするかもしれませんが、アンドウールは上質なニットアイテムを作ることで商品価値を高め、製造に関わるすべての人たちに適正な報酬を実現しています。

こうした仕組みを可能にしたのは、村松さんがニットやファッションに通じ、素材や製造過程を把握していたから。ニットカルチャーを持続可能な形でローカルに根付かせる、そんな活動に従事し数年が経ったある日、アンドウールにぴったりの相談が舞い込んできます。

国産ウールの毛糸
北海道を中心とした羊牧場で採れる羊毛を集め、愛知県の染色工場で洗い、大阪府で紡績した毛糸。国産羊毛30%に、オーストラリア産メリノウール70%を加え、質感にもこだわっています。100g/2530円。

「『ジャパンウールプロジェクト』という原料調達から製造まで、すべてを国内で行う日本産羊毛の取り組みに参加することになりました。ぼくに話があったときは、発足から3年、協力牧場とそこで集めた羊毛で糸を作れる環境が整い、ここからどう広めていこうかというタイミングでした。海外では当たり前なんですが、糸の特性を理解していないと良い服って作れないんですね。加えて、もし出来上がった糸に難点があれば、それを指摘できるスキルも必要です。日本のアパレル業界は分業されていて、その道のプロフェッショナルは沢山いらっしゃるんですが、自分のように横串を通せるデザイナーは少ないので白羽の矢が立ったんだと思います」

試行錯誤を経て3年後の昨秋、販売できるレベルに到達。現在、アンドウールで国産羊毛を使った手芸用の毛糸、村松さんがデザインをつとめるファッションブランド「muuc / ムーク」(2020年に「everlasting sprout / エヴァーラスティング・スプラウト」からブランドネームを変更)から、プルオーバーやベスト、靴下などが販売されています。

国産羊毛をつかったプルオーバーとベスト
村松さんのファッションブランド「muuc(ムーク)」から発売されている国産羊毛をつかったプルオーバーとベスト。ジャパンウールプロジェクトに賛同し、毛糸と商品開発に取り組んだアイテムで、国内の羊毛だけではセーターにしたとき弾力が出すぎるので、着心地をよくするため7割程度オーストラリアのメリノ羊毛を使用。裾には就労支援事業所で手付けされたレザータグが付きます。ベスト1万8700円。セーター2万2000円。

Reach:
ニットで世界をひとつなぎに

ニットカルチャーの発展に向けた活動を続ける村松さんですが、今後ニット産業を維持していくにはサスティナブルを前提に大量生産も必要だと言います。

「大量生産にしないと守れない文化や技術なんです。例えば国産羊毛でいうと、毛の刈り取りって農家さんにはできないんですね。シェアラーと呼ばれる羊の毛刈りを専門にする職人さんたちが3月〜6月になると日本中の牧場を駆け回って刈っていくんですが、それにまずお金がかかります。その後も、刈った毛はゴミや泥がすごいのでそれを取り除き、洗って、乾かし、手で紡いで糸を作る。それをローカルメイドでやると、コストが跳ね上がってセーター1着、何十万円とかって話になります。そうなると誰もできません。ジャパンウールプロジェクトには繊維専門商社大手の瀧定さん(スタイレム瀧定大阪株式会社)が参画し、現在はトンレベルで生産できるようになりました。そのおかげで、「muuc」では国産羊毛を使用したニットを2万円前後で販売しています。それくらいの価格になって、産業として成立する。素材生産の段階ではマスプロダクションも必要なんです」

村松 啓市さん

村松さんの話を聞いていると、デザイナーとは服をつくるだけでなく、生産に関わる人々の暮らしや、環境、資源など、バラバラになってしまった世界に目を向け、再び一つにつなぎ合わせる仕事のような気がしてきます。

「ぼくが持っているのはシンプルに良いものを作りたいという欲求です。それを形にするには人や工場が必要で、そのためには社会とか環境を作らないといけない。そうやって活動を続けてきて少しづつ広がっていったという感じで。最初にも言いましたが、ぼくはファッションデザイナーになりたくてなったわけじゃなくて、やりたい事は笑っちゃうけどアートなんです。ニットを使った造形物なんですが、本当に楽しいんですよ。海外でも評価されているのは正直そっちの方。アーティストには自分が作りたい物だけを作るんだって人もいますが、ファッションはそのスタンスだと無理なんですね。絵や音楽と違って作品を一個制作するのにお金がかかるし、大きいものは人の手も借りなくはならない。本当に自分がやりたいことのため、社会を含めたデザインをしていくという考え方になったのはあるのかもしれませんね」

近年は図書館の屋根の装飾や、ミュージカルの舞台に使う巨大な看板を刺繍で作るオファーもあったそうで、ニットを使った芸術的な表現にも注力していきたいという村松さん。

「コロナでなくなったり、規模が大きすぎて断念した依頼もありましたが、会社も成長してきた今ならできるかなと思います。そういったアート&デザインと並行し、今後もこの場所をベースに地道な活動をしっかり続けていくという感じですね」

andwoolのアトリエ兼ショップ
アンドウールのショップ内。奥がアトリエになっています。

ブランドとしての課題は販路拡大。その一環として販売パートナーを募集しています。

「小売店さんは在庫を持ちたくない、世の中全体で、そういうビジネスモデルが良いとされています。その結果、何が起こっているかというと、うちのような流行に左右されにくい定番商品で、昨シーズンに完売した実績があっても翌年オーダーが来ないんですね。ニットは生産に時間がかかるから当社で抱えられる程度に作ってはおくんですが、秋になって色んな企業さんから問い合わせが来て、在庫が足りないということが毎年起こってるんです。なので、これからは買い取りで扱ってもらえるパートナーの募集に力を入れていこうと考えています」

村松 啓市さん

卸の利率は6掛け(委託は7掛け)で、通常のブランドならシークレットにする工場や原料を可能な限り公開し、販売店を通じて商品の良さが伝えられるようにしたいと村松さん。他にも、本格的な取引の前に「お試し期間」を設けたり、製品写真など販促ツールを提供したり、編み機を使ったワークショップを優先的に開催できたりと、サポートも充実しています。ファーマーズマーケットで売られる野菜のように作り手が見える販売スタイルは、これからローカルサステイナビリティ(持続的な地域づくり)に取り組むブランドの雛形となっていきそうです。

カシミヤ糸のベスト/カシミヤ糸のセーター size02.03

アンドウールのカシミヤ糸のベスト/カシミヤ糸のセーター size02.03
昔ながらの手編み機で作られたホワイトカシミヤ100%のニットアイテム。糸を張るテンションと、編地を下に引っ張るテンションを職人が調整しながら編むことで、コンピューター制御の編み機では作れない優しいタッチを実現。仕上げ工程の洗いと乾燥を特別な方法で行うことで、さらに柔らかい風合いに仕上げたアンドウールの自信作。ベスト4万700円。セーター4万9500円。

AND WOOL「手編み機のワークショップ」をビギンベースで開催!

手編み機を使って自分でカシミヤストールが作れる!
今回の取材がきっかけで、表参道・Begin Baseでのワークショップの開催が決定! 手編み機を動かしながらアンドウールの世界に触れてみてはいかがでしょうか。自分用としてはもちろん、大切な人へのギフトにも最高の1枚になること間違いなし。自分で作る分、店頭で買うよりも断然安くカシミヤストールが手に入ることでも毎回大人気らしいので、早めの予約がオススメです。
詳細・予約はこちらから

(問)AND WOOL
https://www.andwool.com
※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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