江戸では「チャラい」の象徴だった⁉ 雪駄をさらにパンクにアウトローに[後編]【#ビギニン43】
今回ご紹介するのは、和楽器系パンクロックバンド「切腹ピストルズ」の三味線担当でありながら、雪駄師としての顔も持つ壽ん三さんです。今夏、火消しの隊長などが履く棟梁履きをベースに本雪駄の要素をミックスさせた“喧嘩雪駄”をオリジナルでリリース。血飛沫を赤い刺しゅうで表現したパンクな一足は発売とすぐに評判を呼び、現在は予約生産となっています。
前編では、喧嘩雪駄のアイデアが生まれたストーリーを紹介しました。後半では、いよいよ製作へ。クローズドな雪駄業界に風穴を開けられたのは、壽ん三さんがパンク精神を胸に宿して挑戦を続けたからに他なりません。
今回のビギニン
寿々木商店 壽ん三(すんさん)さん
神奈川県生まれ。和楽器パンクロックバンド「切腹ピストルズ」の三味線担当。バンド活動のかたわら、2023年春から雪駄師としての活動を本格化。2022年12月に都内から栃木県に移り住み、雪駄工房「寿々木商店」をオープン。雪駄の修理からオリジナル雪駄の製作まで行う。
Struggle:
超秘密主義。業界から弾き出される
雪駄は日本の伝統工芸の一つ。江戸時代から雪駄づくりは産業として地域に根付き、その製法と技術は現代まで脈々と受け継がれてきました。その反面、新参者を寄せ付けないクローズドな業界でもあります。
壽ん三さんが雪駄問屋を訪れた際も、素材や道具の仕入れ先は教えてもらえず、何件もアタックしては撃沈していました。
ひとまず浅草の問屋さんに行ってみたんですが、どれだけ店を回っても知らぬ存ぜぬの一点張り。なんで教えてくれないんだろうって悔しくてね。今から思えば、商売敵を増やすことになるからって気づけるんですけど、その時は雪駄業界がどんな状況なのかも知らないでしょ?」
「1番大変だったのは、材料のオモテを売ってるところに入りこむこと」と続ける壽ん三さん。
本来、高級な雪駄に使われるオモテは、九州のある地域でしか採れない、白いタケノコの皮を編み込んで作られています。江戸時代から、その地域を治める藩の特産品として重宝されていて、情報が漏洩しないように竹林は厳重に守られてきました。しかし、いまや雪駄はメインストリームではなく、タケノコの皮の需要も減少。今では、そもそも採取すらされないケースがあります。
「九州まで行って、実際にタケノコの皮を取ってきました。本当はコレを使ってオモテを自作したいんですが、売り物として販売できるまで技術が身についていない。喧嘩雪駄は山形県の職人さんが手作りしてくれているオモテを使っていますが、オモテを卸してくれるところを見つけるだけでも大変だったんですよ」
下駄や雪駄を分解して、ある程度の構造は自力で理解していた壽ん三さん。鼻緒すげ(本体に鼻緒を取り付ける作業)も習得していましたが、どうしても素人の荒い手仕事になってしまうため、正しい道具選びや細かいディテールの仕上げ方を職人に教えてもらう必要がありました。
ただし、こちらも素材や道具と同じく、全く情報を入手できない状況。問屋のおばさんに「私が教えたって絶対に言わないでね」なんて念押しされながら、壽ん三さんは、やっとの思いで東京に2人、大阪に1人の合計3人の職人に辿り着きました。
「会えたのはいいんだけど、結局ていねいに教えてくれる人はいなくてね。自作した雪駄に対して意見が聞きたくて自宅に伺っても門前払い(苦笑)。もう少しでいいから新しい人に優しくできたら、雪駄の文化が続いて広まっていくのになーって思いましたね」
職人に煙たがられても、壽ん三さんの雪駄への情熱は燃え尽きることなく、アプローチをさまざま変えて、職人から少しずつ伝統の手法を教わりました。
まず、オモテにヒノキで作られた芯をあてがい、プレス機にかけてクセをつけます。しっかりと反らせたら、底面のレザーを革包丁でカットしてオモテと縫合。コバを処理したり、ベタガネをつけたり。雪駄の顔となる鼻緒すげの工程は最後の大仕事。使い込まれた道具を駆使して、完成に向けてていねいに仕上げていきます。
「革包丁すら使ったことがなかったから、道具を手に入れたら研ぐところからはじめました。1年くらいしたら人に渡せるレベルまで到達したんだけど、そこから極めていくのが大変。なんかうまくいかないんだよなっていうのが、いまだにありますね」
基本を身につけた壽ん三さんは、作業効率や実用性のアップを目指して、自己流の作り方を編み出していきます。たとえば縫製の工程では、パスタほどの太さのある針を分厚いオモテとレザーに貫通させるため、畳職人の使う布キャップを手に装着します。こうすることで針が真っ直ぐ刺しやすくなり、手にも優しい。おまけに、使う糸はアウトドア仕様の丈夫なものに変更。耐久性を高めて、長く履けるように工夫されています。
自力でたどり着いた雪駄師の道。基本が整ったら、次はオリジナリティを追求する番。壽ん三さんは、ケンカで武器として使用されたという本雪駄の、パンクなバックボーンを棟梁履きに落とし込んだ、喧嘩雪駄を考案します。
Reach:
血飛沫を表すパンクアレンジ。我流で伝統を未来へ
壽ん三さんが作った喧嘩雪駄とは、棟梁履きの粋なデザインに本雪駄の本格的なディテールをプラスした、鈴木さんのオリジナル。壽ん三さんのこだわりには、大きく4つのポイントがあります。
1つ目はギュンと反らせたつま先部分。棟梁履きの特徴的なデザインのひとつで、前ツボはオモテの中心寄りに。“ツボ下がり”と呼ばれるこの仕様を、喧嘩雪駄ではさらに強めています。
2つ目はアウトソールの素材選び。現代の棟梁履きでは一般的にゴム底が使われますが、本雪駄をリスペクトして、喧嘩雪駄には本革を採用しています。ソールの張り替えもできるので、足になじんだころに泣く泣く処分……なんて心配はありません。
3つ目は自作の鼻緒。喧嘩の返り血をイメージした赤い刺しゅうであしらいをプラス。オモテの踵部分にも刺しゅうを施し、オリジナリティを出しています。ちなみに、参考にした棟梁履きの刺しゅう糸は水色が基本です。
4つ目は自作した鉄製のベタがね。カジュアルな雪駄の多くはゴムや樹脂で作られていますが、それでは歩行時にチャラチャラという音が鳴りません。
喧嘩雪駄は鼻緒部分に足股を軽く引っ掛けるようにして履きます。かかとが飛び出てしまいますが、それが雪駄の正式な着用スタイルです。
「栃木に拠点を移してからは製作に専念できているんですが、正直、作るそばから売れている感覚です。パンク性を強調したデザインが、これまで雪駄に興味のなかった人にも好評で、切腹ピストルズのファンからも問い合わせが来たりして。この間びっくりしたのは、雪駄を見せてくれって、20代の若い男の子がお店に来たんですよ。日本の文化に惚れているっていうんで、話も盛り上がりました」
雪駄愛が止まらない壽ん三さんの新作は、本藍染めしたディアスキンを鼻緒に採用した一品。山間地域で害獣として扱われている鹿の皮を剥ぎ取って使います。
「鹿の皮は人の皮膚の質感にとても近いんです。だから鼻緒にするにはちょうどいい。野生の鹿なので、傷がついているものもありますが、鼻緒にしたらそれもいい味になります。実際、昔の雪駄にもよく使われているんですよね。足なじみもいいですし、染めているので履きこめば経年変化も楽しめますよ」
壽ん三さんの雪駄が買えるのは、切腹ピストルズのオンラインショップか寿々木商店のインスタグラムアカウントからDMを送るかの2択。商品を消費者に直接届けたいという、壽ん三さんの思いが売り方にも現れています。
「雪駄というと、誰でもなんとなくは思い浮かべることができると思うんです。だけど、パンクな側面があるなんて普通は知らないんじゃないかな。実用性だけでなく、雪駄は歴史もおもしろいんですよね。それに、天然のものを使って、ていねいに手作りするとやっぱりいいものが出来上がる。業界的にはどんどん縮小傾向にありますが、日本の文化をつなげていくためにも、まだ日本人に知れ渡っていない雪駄の隠れた魅力を伝えていきたいです」
反り返ったつま先部分が印象的な棟梁履きをベースに、ソールを本革にアレンジ。オモテは山形県で編まれている野崎白型で、履き込むほどに柔らかくなり足になじむ。白い牛革を使用した鼻緒や踵に施された赤い糸の刺しゅうで飛び散る血の飛沫を表現。“雪駄が喧嘩の際に武器として使われた”というエピソードから着想を得たデザインで個性を演出する。八寸三分(24.5cm〜)九寸(26.5cm〜)。3万5000円。