布の概念が変わる!? スマートテキスタイルの最前線は町工場にあり[前編]【ビギニン#40】

FABRINICS ファブリニクス

生活を便利に一変させたアレも、かつてない楽しさを提供してくれたコレも、すべてのモノには始まりがあり。本連載「ビギニン」は、時代のニーズや変化を捉えた前代未聞の優れモノを“Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。

今回取材に訪れたのは、江戸川区の町工場「三機コンシス」。元々空調設備を扱っていたこの会社はいま、繊維が秘める新しい可能性を拓く旗手として注目を浴びています。三機コンシスがつくる「FABRINICS(ファブリニクス)」は、伸縮するニットにさまざまな手法でヒーターやクーラー、ときにスピーカーなどの機能を付与したもの。奇想天外な繊維が生まれたいきさつやその可能性を、ビギニンである社長の松本正秀さんに伺いました。

今回のビギニン

三機コンシス 代表取締役 松本正秀さん

三機コンシス 代表取締役 松本正秀さん

1964年生まれ。空調を扱うダイキンでの勤務を経て、父が創業した三機コンシスへ入社。空調設備の施工事業を受け継ぎながら、ヒーターの開発に着手する。布製ヒーター「HOTOPIA(ホットピア)」の開発を皮切りに、先進の機能を備えた繊維技術「FABRINICS(ファブリニクス)」の開発に邁進。「ワクワクした気持ちで仕事に臨む」がモットー。

Idea:
出会いに導かれ、空調からヒーターへ

三機コンシス 代表取締役 松本正秀さん

東京の最東に位置する江戸川区。小さな工場が建ち並ぶエリアの一角に、三機コンシスはあります。設立は1963年。空調設備の工事会社としてスタートし、後にヒーターの設計に着手。現在は布製ヒーターをはじめ、多彩な機能を付与した繊維の開発を行っています。

「空調設備からスタートした会社がなぜヒーターを?とよく聞かれるのですが、弊社は印刷や半導体工場のクリーンルームの空調を手掛けていたんですね。それで、あるとき顧客の印刷工場さんが印刷技術を活かしたフィルムヒーターを作ることになり、一緒に作らないか?と設計を手伝ったのが発端でした」。

90年代の半ばには、培った技術を活かして熱帯魚水槽用のフィルムヒーターを開発。バックスクリーンのように水槽の外側に貼る、空焚きによる火災の危険が少ない画期的なものでしたが、これがまさかの売れなかったんだそう。

「一般的な水中投げ込み式のヒーターが1000円くらいで買えるのに、ウチのは3万円したんですね。この値段じゃ売れないと卸業者が扱ってくれなくて。貼ったときに空気が入らないようエンボス加工したり、いろいろな工夫をした商品だったんですけど、とにかく売れなかった(笑)」。

しかし“災い転じて福となす”とはよく言ったもので、熱帯魚ブームはすぐに下火に。一方でこのフィルムヒーターが特殊な工業分野で注目を浴びるようになり、今も売れ続けているロングセラー商品の誕生に繋がります。チョコレートやドレッシングなどに用いる油を袋の外側から温め、溶かす「四枚連結ヒーター」。大手食品会社からの受注もあり、かくして三機コンシスはヒーターメーカーとしての階段を一歩ずつ登っていくのでした。

そして再び、大きな転機が訪れます。

四枚連結ヒーター
チョコレート用の油が入った袋などを温める、変わった形状の「四枚連結ヒーター」。

「だんだん類似する商品を扱う会社が増えてきまして。あるとき大阪の展示会にウチのヒーターを出したら“こんなんドコでも作ってるけど、おたくは何が違うの?”なんて言われるんです。だから“どんなヒーターだったら欲しいですか?”と聞いたら、3人くらいの人から同じように“布のようなヒーターが欲しい”という答えが返ってきた。これは需要あるぞ!とピンと来ました」

さらに、展示会では運命を左右する出会いも。

「宇宙飛行士の山崎直子さんが履いた“宇宙の靴下”という製品があるんですが、これを編んでいる会社さんと知り合いまして。すると、たまたま先方も布のヒーターを作ろうと思っているというじゃないですか。意気投合して、共同開発しようという運びになったんです」。

布のスペシャリストと、ヒーターのスペシャリストの出逢い。世の中を変える布ヒーターの開発が、ここに始まりました。

Trigger:
画期的な伸縮する布製ヒーター、誕生

素材見本

「最初はカーボンファイバーを用いた織物のヒーターを作りました。編物ではなく織物だった理由は、当時は漠然と繊維=織物という認識しかなくて。もうパリパリに固い触感でしたね。

で、いざ電気を流したら、カーボンファイバーの織物は全然温まらずに、電線として補足的に付けたリボンが発熱してしまった。ヒーターとして考えると、電線が温まってしまうシステムは失敗です。でもそのときの温かさというのが、肌に非常に優しい温かさだったんですよ。それなら待てよ、と。カーボンファイバーじゃなくて、リボンのほうをヒーターにしたほうがイイんじゃないか?と閃いた」

組織も伸縮性のある編み組織とし、晴れて原型となるヒーターシステムが完成。さらに電線となるパーツも、伸縮する“伸縮電線”として展示会に出したところ、これが大反響を呼び、オンワードなど大手アパレル会社との契約をもたらします。三機コンシスの代表作「ホットピア」が、ここに誕生したのです。

三機コンシス 代表取締役 松本正秀さん

しかし、ホットピアの製品化までの道のりは険しかったと松本さんは言います。ホットピアの中核素材は、ナイロンに銀コーティングを施し通電性を持たせたもの。最新版はステンレス繊維を編んだものなのですが、さておき、製品として売るには、風合いはもちろん、電気抵抗などの値も一定に保つ必要があります。これを電気のプロフェッショナルではない繊維業者に理解してもらうのが、とても難しかったのです。

ホットピアのテクノロジーを用いたベスト
「ホットピア」のテクノロジーを用いた同社オリジナルのベスト。背から腰に掛けて、じんわり優しく温めてくれる。専用アダプターを通じて、汎用のバッテリーを使用することも可能だ。1万9800円~(受注生産。詳しくはお問い合わせを)。

「繊維業界のモノづくりって、いろんな業者さんを通さないといけないんです。糸ができたらそれを売って布にして、その布をまた売って加工して、と。するとすべての工程で、電気製品にはおよそしてほしくないようなことが起こるわけです(笑)。たとえば編むときの引っ張り具合とか、そういうものによってちょっとずつ布の風合いが変わってくるんですが、風合いが変わるだけならまだしも、引っ張れば引っ張るほど導電性が上がる。引っ張らないと導電性が下がる。それが安定しないとマズいんですが、安定してくれないんですね。

ホットピアのファブリック
電磁波防止素材として用いられるナイロンに、導電素材である銀をコーティングを施したホットピアのファブリック。糸の一本一本が発熱する。最新版ではステンレスの糸を使用。

さらにこれを洗ったりとか、難燃防止加工とかいろいろやるんですけど、するとまた数値が変わっちゃう。もう毎回毎回変わっちゃうんですけど、この糸ってめちゃめちゃ高価なんですよ。1キロ当たり10万円近くする。それが出来上がった段階で使い物になんない、っていうことが頻発しました……。

補助金をいただいたりとかして多少は救われたんですけど、お金のかかる開発ばかり進めていって。最初の5年間は、100作って1売るぐらい。いいとこだけ取って売るみたいな形になっていましたね」

三機コンシス 代表取締役 松本正秀さん
ニット工場から買い取った横編み機の前で。「今では編み機の調整も自分たちでしています。1種類しか編まないから、何とか技術を習得できた」と松本さん。工場には撚糸を行う機器も。

結局、お世話になっていた工場が商売をたたむというピンチもあり、松本さんは編み機などの機器を購入し、自前で撚糸から編みまでを行うことを決意。試行錯誤により、安定した品質のニットを編めるようになりました。

現在、三機コンシスの1Fでは、丸編みで幅広のニットが編める横編み機や、特殊な編み方のできる縦編み機が稼働しています。

編み機

編み機
特殊な用途の縦編み機で「伸縮電線」を編んでいるところ。企業秘密が詰まった部分だ。

後編:温めるカバン、近づくと光る服、奏でる布!? に続く

三機コンシス

アライアンス先、募集中!
三機コンシスは、先進的な機能性素材の研究開発しながら、一緒に製品開発できるアライアンスの門戸を開いている。今年、品質・環境マネジメントシステムの「ISO9001」を取得。アパレル業界が抱える服の大量廃棄の問題についても、そこにヒーターを組み込んでアップサイクルする、といった事業を検討しているのだそう。本記事を読んでアイデアを思い付いた方はぜひアプローチを。

(問)三機コンシス
https://www.sankiconsys.jp/

※表示価格は税込みです


写真/日高奈々子 文/秦 大輔

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