デイパックの歴史を変えた二大巨頭「ケルティ」と「グレゴリー」を知る

【デイパックの歴史を変えた二大巨頭を知っておく】
休日はおろか、通勤で使われるのも当然となったデイパ。歴史はどれくらいのものかというと、まだ100年にも満たない。まずは、歴史を変えたこの2つを知っておこう!

デイパックのご本尊たる
ケルティ

KELTY[ケルティ]
デイパック

上部のマチを薄く、底マチを厚くとったティアドロップ型。パンパンに荷物を入れたとしても、それを感じさせない美しいフォルムを形成する。三角ロゴや〝ブタ鼻〞形状のピッケルホルダーだけという顔つきも、オーセンティックなデイパック像そのものだ。容量18ℓ。W33×H48×D18㎝。1万3200円(アリガインターナショナル)

現行は500Dのコーデュラナイロンで耐久性をアップデート

ショルダーハーネスは厚さ10㎜のEVA入りでフカフカ

底面にもブタ鼻を2つ配置している

 
KELTY[ケルティ]
1952年に南カリフォルニアで、ディック・ケルティが自宅のガレージを工房にし、500ドルの借金を元手にバックパック作りをスタート。1970年代にソフトパック型のコンパクトなバックパック=デイパックを打ち出し、今日の常識を築き上げた。クラシックな面持ちながらも現代生活に適応したバッグを作り続けている。

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ガレージからやがてエベレストまで

ケルティの原点にあるのは、ディック・ケルティ夫妻の手仕事。1952年当時、彼は本業の大工のかたわら自宅ガレージでアルミフレームを自ら曲げて溶接し、妻のニーナが台所でミシンを踏んでナイロンの袋を縫い合わせていたという。素材には第二次大戦の余剰在庫である航空機用アルミやパラシュート生地を流用し、軽くて丈夫なバックパックを生み出した。

鳴かず飛ばずだったものの、とある通信販売のカタログに掲載すると、東海岸の若者を中心にヒット。バックパッカーという文化が誕生する契機となった。1963年にエベレスト西稜ルートからの初登頂において背負われていたという逸話もあり、アメリカ史を語る上でも欠かせない存在である。

前代未聞形状のカバンは次第に憧れの的に

ディック・ケルティ自身が生粋のアウトドアマンだった

デイパック界のロールスロイス
グレゴリー

GREGORY[グレゴリー]
デイパック

ティアドロップ型のシルエットに、太めで立体的なショルダーハーネス、レザージッパープル付きの大型ジッパー、ボトム部分の補強といったディテールを組み合わせることで「クラシックなのに背負っても疲れにくい」バランスを実現している。容量26ℓ。W40×H45.5×D16㎝。2万9700円(グレゴリー/サムソナイト・ジャパン)

コーデュラナイロンで日々ガシガシ使える

人体構造に合わせてセンターで屈曲するバックパネルも当時と同じ

ショルダーハーネスは身体を包み込むように沿う

象徴的なレザージッパープル&丈夫なYKK社の大型ジッパー

 
GREGORY[グレゴリー]
1977年、バックパックデザイナーのウェイン・グレゴリーがサンディエゴで開始したバッグ専業ブランド。「〝背負う〞のではなく〝着る〞べきものだ」という思想のもと、サスペンションとフィッティングの革新で支持を広げてきた。その極上の背負い心地は、「デイパック界のロールスロイス」と称されるほどである。

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全ての始まりは14歳のボーイスカウトの課題

ウェイン・グレゴリーが最初のバックパックを作ったのは、まだ14歳のボーイスカウトの頃。スカウトの課題としてバックパックを自作したことがきっかけだった。その後地元サンディエゴのアウトドアショップ「アドベンチャー16」に出入りするようになり、素材を買いながらパック作りの経験と知識を蓄えていったという。

1970年には、妻のスージーらと共に外付けフレームパックブランド「サンバード」を立ち上げるが、やがて外付けフレームの限界に不満を抱き、3年でブランドを畳んでしまう。そこから「身体にフィットするパック」を改めて追求し、1977年に自身の名を冠した「グレゴリー」を設立。伝説への一歩を踏み出した。

生涯で初めて製作した木製フレームパック

妻のスージーと共に二人三脚で開発に邁進した

 
※表示価格は税込み


[ビギン2026年2月号の記事を再構成]スタッフクレジットは本誌をご覧ください。

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