ミュージアム名品を通してアートを楽しむ[博ブツ観]

フランスのヴァンス村に思いを馳せる マティス展のグッズ

ミュージアムグッズは、単なるお土産品にあらず。旅好きのグッズ愛好家・大澤夏美さんによる、掘れば掘るほど面白いグッズとアートのお土産バナシをどうぞ。

Profile

ミュージアムグッズ愛好家 大澤夏美さん

ミュージアムグッズ愛好家

大澤夏美さん

博物館経営論を軸に、全国の博物館を訪ねてグッズも研究。著書に『ときめきのミュージアムグッズ』(玄公社)など。昼間はeスポーツ専門学校の講師として活躍する一面も。

〝ありのまま〞を 極限まで追求した 長い旅路

フランスに想いを馳せる マティスを巡る旅へ

マティスを巡る心の旅に出る……。2023年4月27日に、東京都美術館で開幕する「マティス展」とミュージアムショップはそういう場所なんだろう。

マティス、すごく好きなんです。作品からあふれ出るリズムと身体性がたまらず、《イカロス(版画シリーズ〈ジャズ〉より)》の熱や光に焼かれゆく黒い身体を見ると心がうずきます。身をよじるような人間の姿は、晩年、病気の影響で絵筆を持てなくなったマティスが、ハサミで手塗りの色紙を切り抜いて製作した切り絵。マティスの紙を切る動きがあの躍動する身体を生み、絵筆を持たずとも止められない彼の創造性のリズム。私の心や体が共鳴していく喜びで胸がいっぱいになります。

2023年3月某日、本展覧会の特設ミュージアムショップの企画、運営、グッズ製作を手がける株式会社East(以下East)に取材をし、「マティス展」のグッズを一足先に拝見しました。目の前に並ぶ色とりどりのグッズをうっとりと眺め大きく深呼吸をすると、肺の中に南仏の熱い風がなだれ込んでくるよう。既にこの時点で欲しいものだらけ、よだれが止まりません。

「世界中の人が作っている《イカロス》のTシャツ、Eastが作るならやはりマティスの色紙の濃淡や、切り絵の立体感も表現したかったんです」

代表の開永一郎さんが広げたTシャツは、転写紙に作品をプリントし圧着させる転写プリントではなく、布の生地にインクを直接染みこませるインクジェットプリントを採用しています。これによりTシャツ本体と作品との間に緩やかな調和が生まれ、紙を切り貼りした際の重なりの具合も再現されます。《イカロス》の画面の大部分を占める青い色彩も、本物をよく観察すると色紙の色の揺らぎが見て取れますよね。Tシャツでもばっちりその揺らぎは表現されています。これもインクジェットプリントのなせる業。その一方で、マティスの《オセアニア》のトートバッグは、麻素材の布地に転写プリントを施し白色が布になじまないようにしています。グッズの製作プロセスひとつをとっても、作品の質感の再現に心血を注いでいることが伝わりますし、マティスの作品の本質をつかむことができるなんて。物作りへの矜持に心が躍ります。

「マティスは日本では著作権が切れているけれど、フランスではまだ切れていないため、トリミングも文字を上から載せることもできない。細かな制約がある中で、フランスのポンピドゥー・センターやマティス財団と粘り強く交渉して実現させました」

開さんの手のひらにはマティス作品のマグネットが。よくあるマグネットは角が丸くなっているのだけど、作品をそのままマグネットにすると角の部分がトリミングされたことになってしまう。なので作品の周囲に余白を付けるよう指示されます。

「でもその余白こそ余分ですよね。だから、角が丸くならないようきれいな長方形のマグネットを作ったんです」

確かにこのマグネットは角が直角で、各作品ごとにサイズが異なっていました。そういえばと思い、先述の《オセアニア》のトートバッグをもう一度よく見ると、横長の作品が途中で切れてしまわないよう、バッグの両面にまたがるように作品の布地がカバン本体に縫い付けられています。こちらもマティスへのリスペクトを工夫と品質という誠意で示しているんですね。

「マティスはもう20年、日本で展覧会が開催されていないんです。本物を観る機会がないので、印刷物や画面だけで彼の作品を見て『マティスの作品ってシンプルなんだなあ』と感じた方も多いかもしれない。本物を観ると驚きますよ。今まで観ていたものはマティスじゃなかったと思うでしょう」

店内にもマティスが描いた植物をイメージしたアーティフィシャルフラワーを用意し、マティスのベッドに飾られていたランプの復刻版も販売されるとか。マティスに恥ずかしくない物作りができないとリスペクトが示せない。マティスへのおもてなしの精神ですよね。彼の喜ぶ顔が浮かび、私まで嬉しくなってしまう。

ミュージアムショップのテーマは「Life with Matisse」。来館者の暮らしや人生の中にマティスという存在を位置づけるのが狙いだそう。展示室だけではなくミュージアムショップでもマティスの人生や作品にアクセスし、私たちの人生と繋げることができるんです。展覧会を見終わっても、マティスを巡る心の旅の最中にいられる。一来館者としてこんな嬉しいことはない!

もしかしたら、来館者の中から未来のマティスが生まれるかもしれないですよね。だって20年ぶりの本物のマティス。彼に嫉妬して憧れたピカソのように、展示室で誰かの身体に天啓が降りてくる。そんな奇跡だってあり得ます。ミュージアムグッズも本物の魅力を伝えるためのメディアとしての機能を全うすれば、これから出会う誰かの心の中に永遠にマティスの作品は架けられる。心からそう思います。

最後に見せていただいたTシャツは、マティスが設計から装飾まで関わった、南仏にあるロザリオ礼拝堂の上祭服がモチーフ。こちらはシルクスクリーン印刷で黒の艶は控えめに調整されています。元の上祭服は布地を切り貼りして作られているので、Tシャツも白い模様の立体感の再現に心を尽くしています。現地には礼拝堂の隣に資料館があり、上祭服の下絵や設計図面などが展示されているとのこと。手に取れば現地に思いを馳せ、なんならこのTシャツを着て現地に行きたい! 最後に購入できる有料のショッパーは、礼拝堂のステンドグラスを再現しています。ガラスの質感を出すために素材の色合いを調合するので、ショッパーを光にかざすとステンドグラスのように輝くそう。南仏の太陽光はもっと強い。ステンドグラスを通じて、その一部を感じられるでしょう。

パリで絵を学び、ニースとヴァンスでその人生を生き抜いたマティス。ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し。ならばまずはマティス展とミュージアムショップで、現地の熱い風を頬に感じるような、マティスを巡る心の旅に出るしかないですね。

 

マティスがデザインした上祭服のTシャツ(1枚目)と《イカロス》のTシャツ(2枚目)。切り絵という手法を再現するため、転写プリント、インクジェットなど複数のプリント方法を重ねたそう。《オセアニア》のバッグ(右)は、作品が途切れないよう裏表にまたがって縫い付けられている。

マティスが手彫りで製作した、ロザリオ礼拝堂の扉をデザインした手ぬぐい(上)と、余分な余白をなくし角がきちんと直角なマグネット(右)。手ぬぐいは伊勢の型紙職人が手作りした型を使った注染

ミュージアムグッズから学ぶ博識キャプション
アンリ・マティス[Henri Matisse]1869~1954年。若い頃に盲腸炎を患い、療養中に画材を手に取ったことを機に「色彩の魔術師」と称されるまで上りつめた。一時期300羽の鳥を飼っていたこともある生粋のバードウォッチャー。
ロザリオ礼拝堂[Chapelle du Rosaire]「生涯の最高傑作」と自身で話す、マティス設計によるヴァンス村の礼拝堂。切り紙絵をモチーフにしたステンドグラスや、 白タイルに描かれた聖母子像は、 20世紀キリスト教美術の代表作ともされる。

※表示価格は税込み


[ビギン2023年6月号の記事を再構成]写真/丸益功紀(BOIL) 文/大澤夏美 イラスト/TOMOYA

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