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文房具ルメ

約3万円の電卓、というものがこの世には存在する。

1965年に世界初のメモリー付き電卓を世に送り出したカシオが、自社の電卓発売から50周年の節目である2015年に「電卓史に新たな一歩を刻む」と、満を持して発表したプレミアム電卓「S100」がそれである。

電卓といえば、近頃は100円均一ショップでも手に入る。3万円となれば、価格にして300倍。そんな「超」高級電卓と聞いて、何を想像するだろうか? 素材にゴールドやシルバーなどの貴金属が使われている? 世界的に有名なデザイナーが手がけた? あるいは、とんでもなく複雑な計算ができるとか?

実は「S100」、見た目は「たしかにちょっと高級感がある気がするけど?」という感じで、一般的な電卓とほとんど変わらない。だが、ひとたび手にとって「電卓として」使ってみると、これがもう歴然として「よい」と直感的にわかるのだ。

まず、キーを打つときガタつきが一切ない。裏が全面ラバー貼りで、加工精度も高く凹凸がないため、机に吸いついたかのようにピタリと動かない。キーはV字ギアリンク構造。真ん中を押しても、端ギリギリを押しても、必ずキーが水平に下がる、高級なキーボードなどと同じ方式だ。さらに、キーから指を離す前に次のキーを押し始めても、次の次のキーまでしっかり認識できる3キーロールオーバーを採用。連続で早打ちしても、数字の抜けや順番の逆転といった誤認識がまず発生しない。

液晶部分には、両面ARコートという反射防止コーティングが施されている。さらに、高コントラストでくっきり見やすいFSTN液晶が使われており、蛍光灯の真下など、一般的な電卓では反射して見にくいなぁ……という場所でも、「紙か!?」と思うほど数字がクッキリ読めるのだ。

ボディはアルミの削り出し。キーの数字や記号も、通常であれば後から印刷するところを、2色成型で仕上げている。つまり、金太郎飴のように奥まで続いている……ということは、よく使うキートップがすり減って読めなくなることがほぼないといっていいだろう。

こうして「S100」の特長を挙げていくと、ひとつのことに気づく。すべては数字を打ち込んで、計算をして、結果を確認する、そしてそれを何千回も何万回も繰り返すという、「電卓の超ヘビーユーザーにとって必要なコト」をとことんまで突き詰めた結果だったのだ。

料理でもそうだが、高級なものを作るのは実に難しい。A5ランクの和牛に、トリュフとウニと金箔をのせて……と高価な食材を組み合わせれば、見た目にはわかりやすく豪華なひと皿ができるだろう。だが、「S100」はそのような料理ではない。喩えるなら、国宝級の料理人が、丁寧に丁寧に手間と持てる技術のすべてを注ぎ込んで作った、「究極の肉じゃが」のようなもの。家庭料理の定番で、何気なしに日頃から食しているからこそ、たったのひと口で「肉じゃがって、こんなに美味しくできるのか……!」と脳天から衝撃が走る、そんな料理なのである。

「50周年を機に特別な電卓を作ろう」となったときに、見た目にババーンとわかりやすくする方向にはいかず、電卓としての使い勝手を徹底的に極めようと決断したカシオに惜しみない拍手を送りたい。電卓界のパイオニアとしての矜持と職人魂の証が3万円で手に入ると思えば安い……とはさすがにいい切れないけれど、個人的にはこれからも絶対に使い続けるだろう、一生モノの道具のひとつであることは間違いない。

オープン価格(実勢2万7000円前後※編集部調べ)
https://web.casio.jp/dentaku/sp/s100/

※表示価格は税抜き

ヨシムラマリ

ヨシムラマリ

神奈川県出身。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。現在は会社員として働くかたわら、イラスト制作や執筆を手掛けている。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)。

文房具グルメとは? 価格やブランド名だけでは価値が計り知れない、味わい深い文房具の数々。フランス料理店でシャンパングラスを傾ける記念日もあれば、無性にカップ麺が食べたくなる日もありますよね? そんな日常と重ねあわせて、文房具に造詣の深い気鋭のイラストレーターが気になるアイテムとの至福のひとときをご紹介!

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