カモフラの歴史とお国柄がわかる!?迷彩の正しい明細書、教えます!(前編)

ストリート全盛の今、一番気になる柄がカモフラ。’90年代から’00年代初頭の日本でも大流行したカモフラが再び脚光を浴びているから。身近なようで意外と知られていないカモフラの歴史と現在について深掘りして解説します。後編ではコーディネート実例集も!

カモフラの歴史とお国柄がわかる!? 迷彩の正しい明細書、教えます!(前編)

 

カモフラはいつ、どこで生まれたのか?

言うまでもなくカモフラージュとは、周囲の風景に溶け込むようにして、敵の目を欺くこと。動植物が自然を生き抜くための擬態と同じく、兵士が戦場を生き延びるために生まれたのがカモフラ(=迷彩服)なのです。歴史上初めてカモフラが出現したのは、第一次世界大戦時。航空機が実戦採用され、空からの索敵と写真撮影が可能になったから。そこで、大砲や戦車などが発見されにくいようにタール塗りの防水布をかぶせたり、兵器そのものをブラウンやグリーンで塗装したりして、周囲の地面に似せるようにしたのです。当時の写真はモノクロだったため、色そのものよりも、明暗の組み合わせと柄の形が重視されたそう。

軍装品として初めて採用されたカモフラは、1929年にイタリア陸軍に支給されたテントでした。当時としてはあまりに奇抜だったため、周囲の国からさほど注目されず、さらに“敵の目を欺くなど不名誉だ”と反発する将校も少なくなかったといわれています。イギリス、フランス、アメリカは見向きもしなかったのですが、唯一カモフラの効用を発見し、独自に研究したのがドイツでした。国防軍とは別のナチス党軍事組織であったヒトラーの武装親衛隊(SSという略称でも有名)が、カモフラについて詳細な研究と新たなカモフラの開発を行ったのです。

 
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近代迷彩服のルーツはナチスドイツにあり

近代迷彩服のルーツはナチスドイツにあり

その中心となったのが、ヨハン・ゲオルグ・オットー・シック教授。葉が生い茂った夏、枯れ葉が落ちる秋の様子を丹念に調査し、数多くの迷彩パターンを開発。今日、世界の軍隊がシック教授の基本原則に則った迷彩服を採用しているほど。その効果をさらに高めるべく、さまざまな軍装品や軍服を開発したのが、SSスポーツ部の工学博士ヴィルヘルム・ブラント大尉とギュンター・エッケ中尉でした。こうして、ドイツ国防軍で1931年に制式採用されたのが、スプリンターカモを施したテント兼ポンチョ。1枚で雨除けのポンチョとして、4枚つなぎ合わせると4人用テントになるという、高い汎用性を誇るものでした。

さらに親衛隊独自の迷彩としてポンチョに続き採用されたのが、野戦服の上に被るスモックでした。しかも春夏と秋冬を兼ねるリバーシブル仕様というのも驚きです。ブラント大尉によるフィールドテストの結果、カモフラの軍装品や軍服によって、負傷者が15%も低下するであろうという有用性が確認されたのです。ドイツではその後もさまざまなパターンが開発され、現在のドイツ軍で採用されているフレクター迷彩の原型であるビーパターンや、赤外線暗視装置に対しても迷彩効果を発揮するライバームスターなど、先進的なカモフラがすでに開発済みだったのです。

 
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