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本間昭光さんの靴

本間昭光

本間昭光

プロデューサーとして、アレンジャーとして、作曲家として、誰もが口ずさめるヒットソングを数多く生み出してきた本間さんは、大のモノ好き。興味を持ったらとことん!な性格から、あらゆるモノに深い思い入れがあります。そんな本間さんの愛するモノの中から、音にまつわるアイテムにフォーカス。その魅力&エピソードを語っていただく連載、#03は革靴&スニーカーです!!

ジェイエムウエストンのローファーで知った「足元を見られる」の意味

ボクは基本的にスニーカーばかり履いています。革靴は演奏会だったりVIPの方に会うときだったり、テレビに出演するときだったりと、ここぞのときにしか履きません。ただ、革靴という造形物に対する憧れが若い頃からあって、学生のときは素敵な革靴を履ける大人になりたいと思っていました。スーツに革靴という出で立ちでロックンロールをやっていた初期のビートルズも、やっぱり格好よく映りましたね。

初めて買った革靴は『リーガル』のローファーでした。成人式のタイミングで、喜び勇んで履いたものの案の定、靴擦れを起こしましてね。ボクは足に出っ張っているところがあって、どうにもそこが擦れてしまうのです。それで革靴は難しいと諦めムードだったのですが、憧れは憧れとして残っていました。

そして10年ほど時が経ち、パリへ行ったときに門を叩いたのが『ジェイエムウエストン』。ローファーを買って帰り、慣らしが必要ということでなるべく多くの時間を履いて過ごしました。でも苦痛を感じるくらい靴擦れがすごくて……。(※注 当時のパリのジェイエムウエストンは将来のジャストフィットを見越してギュウギュウのサイズを薦めることで有名でした)

ジェイエムウエストンのローファー
ジェイエムウエストンのシグニチャーローファー。1946年誕生以来、職人の丁寧な手仕事で作り続けられている名品。写真は本間さん私物。10万円(ジェイエムウエストン 青山店☎03-6805-1691)

でも我慢して履いて松任谷正隆さんのところへ打ち合わせにうかがった際、一言目に「それを履いているなら仕事も順調だな」と言われたのは驚きでした。足元を見られるってこういうことなんだと(笑)。Beginさんが紹介しているモノもそうだと思うのですが、しっかり作られたモノのよさというのはどのジャンルでも、わかる人には一目でわかるものなんですね。やっぱり要所ではちゃんとしたモノを身に着けないと……と思う経験でした。

先日他界された筒美京平先生(『また逢う日まで』『ブルー・ライト・ヨコハマ』などの名曲を数多く作曲)との打ち合わせにうかがう際も、先生は常にスーツにネクタイという装いでしたので、自分も背伸びしてもいいから先生に見合った格好をしようと思い、革靴を履いて行っていました。

ジェイエムウエストンのローファーはさんざん履いて、結局は足に馴染んだのですが、馴染んだ頃にはキズだらけになっていた……というのもいい思い出です。

その後はモードブランドの革靴も試しましたが、やっぱりコンサバなほうが好きですね。ジル サンダーとシルヴァノ・ラッタンジィがコラボした靴や、ジョン ロブのパウラ・ジェルバーゼ(アーティスティックデザイナー)さんがデザインした靴は、今もここぞのときに履いています。

ジョンロブの革靴
ジョン ロブ初のアーティスティック・ディレクター、パウラ・ジェルバーゼ氏が最初に手掛けた2015年コレクションのホールカットローファー。当時の販売価格は21万円。

ビリー・ジョエルが教えてくれたトレトンの履き心地

最初にお話したようにスニーカーは好きで、ハイテクからローテクまでいろいろなスニーカーを持っています。でも一番のお気に入りを挙げるとすれば、スウェーデン発のブランド『トレトン』の一足です。

トレトンのスニーカー
トレトンの人気シリーズ「NYLITE(ナイライト)」の一足。本間さんは写真のレザータイプのほかに、キャンバスタイプも所持。

出会いはビリー・ジョエルのアルバム『ニューヨーク52番街』のジャケットでした。1978年の作品なのですが、ジャケットの中でビリーは、ブルーグレーのジャケットにジーンズ、白のキャンバススニーカーという出で立ちをしているんです。それがなんともカッコよくて、どこのスニーカーなんだろう?と調べに調べたらトレトンだとわかった。でもどこにも売っていないので困っていたところ、どうも関西学院大学の生協に売っているらしいぞ!と聞き、晴れて入手することができました。

ビリー・ジョエル ニューヨーク52番街
ビリー・ジョエルの6thアルバム『ニューヨーク52番街』

驚いたのは履き心地のよさ。一度履いたらやめられなくなっちゃって、履き潰しては買ってを繰り返しました。でもあるとき(輸入)代理店がなくなって10年以上に渡って買えなくなってしまった。最近はまた買えるようになったみたいですが、ボクは2010年頃からまたデッドストックを探しては買い、履き潰しては買い、を続けて今日まで履き続けています(※注 2020年で契約が終了し、2021年1月現在また代理店不在となった)。今手元にあるのは2足。インソールがふかふかなキャンバスアッパーのほうがお気に入りですね。

ビリー・ジョエル

ちなみにビリー・ジョエルは、1981年に大阪府立体育館でライブをしていて、ボクも観にいきました。遠目だったのでどのスニーカーを履いているかはわかりませんでしたが、やっぱりジャケットを着てスニーカーを履いていたのは覚えています。ものすごくユルいライブで、面白かったですよ。途中、ビリーがMCをしているときにおじいさんがフラフラっとステージ前に行き、大阪弁で「ビリーさん、ビリーさん! 一緒に写真撮ってもらえます?」というんです。するとビリーさん、おじいさんをステージに上げて、警備員にカメラのシャッターを押させていた(笑)。観客みんなでオッ〜!!となって拍手を送ったのを覚えています。

ヴォーカリストにスニーカーが多いのには理由がある!?

トレトンのスニーカー ジェイエムウエストンのローファー

革靴とスニーカーについてお話しましたが、じつはミュージシャンには靴を衣装だけでなく、音響の一部と捉えている人が多いんです。ボクの経験則でも、革靴を履いてピアノを弾くと、ペダルを通して音がすごく体へ響く。スニーカーのゴム底は、この”鳴り”を止めるんですね。

だから、たとえば舞台の振動も含めて楽器に伝えたいというヴァイオリニストは革靴を好みますし、”鳴り”を声に乗せたくないヴォーカリストは、スニーカーを好む人が多い。逆にバンド編成のヴァイオリニストには、ドラムの振動をヴァイオリンに伝えたくなくてスニーカーを履くという人もいます。

ミュージシャン

もちろんTPOもありますしケース バイ ケースですが、ミュージシャンはこういう細かいところにも、自分なりのこだわりを注ぐものなんですね。

本間昭光

本間昭光(ほんま あきみつ)
1964年大阪生まれ。’88年に「マイカ音楽研究所」に入学。松任谷正隆氏に師事し、作曲アレンジを学ぶ。’89年、上京とともに「ハーフトーンミュージック」に所属し、アレンジャーやサポートミュージシャンとしての音楽活動を開始。’96年に自身のプロダクション「bluesofa」を設立する。

’99年にak.homma名義でポルノグラフィティのトータルプロデュース・作曲を担当。「アポロ」や「サウダージ」等のヒット曲を数々生み出す。2009年には、いきものがかり「なくもんか」の編曲を担当し、その後も「ありがとう」など、多くの楽曲のサウンドプロデュースを担う。2020年にバンダイナムコアーツとともに立ち上げた「Purple One Star」レーベルでは、レーベルプロデューサーを担当。80’sの世界観を完全に再現した第一弾アーティスト、降幡 愛が話題に。2020年12月には、2ndミニアルバム「メイクアップ」がリリース。「メイクアップ」のリードトラック「パープルアイシャドウ」のMVはこちら↓↓↓

降幡 愛オフィシャル YouTube Channel
https://www.youtube.com/channel/UCWfhLoV53Rwdc9WGw735IUg

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