服飾べしゃり力が身につく[小林学の小噺学]
『タクシードライバー』におけるM-65とタンカースの隠された意味
服好き同士のしゃべり場で日夜繰り広げられる服飾トーク。知らなくても生きていけるネタを披露し合う瞬間こそ、服好きには至福のジ・カ・ン。ということで、業界屈指の服飾べしゃり力で洒落者を引き込むオーベルジュの小林さんを指南役に迎え、即話したくなる小噺をレッツ・スタディ♪
オーベルジュ デザイナー
小林 学さん
服飾漫談師
1966年生まれ。ヴィンテージにモードにフレンチと守備範囲は宇宙。べしゃり力も業界随一で、自身のYouTubeチャンネルでも服好き垂涎の小噺を軽快に繰り広げる、服飾亭の止め名。ちなみに題字は愛娘の小林凛さん著!
《『タクシードライバー』から紐解くミリタリー》
「M‐65とタンカースは平穏と狂気の切り替えスイッチ?」
モヒカン × M-65の狂気スタイルが強烈すぎて目立たないけど、隠れ名品のタンカースもトラヴィスの象徴的アイテム。
『タクシードライバー』といえば、アメリカンヴィンテージ好きにとっては教科書的名画。自分も服飾の専門学生時代に研究対象として初めて見て以来、これまで何度も見返してきたけど、ず〜っと不思議に思ってたんですよね。なんでスコセッシ監督はデ・ニーロ扮する主人公トラヴィスに、何度も何度もM-65とタンカースを着替えさせてんの!?って。
あの映画って、多分ほとんどの人がM-65に身を包んだモヒカン頭のトラヴィスを思い浮かべると思うんですけど、実はタンカースジャケットもアイコン的に使われてるんです。でもあれって第二次大戦頃に使われてたジャケットだから、ベトナム戦争後を描いた映画の主人公が着るにしちゃあ、ちょっと古すぎるんですよ。じゃあなんでトラヴィスにわざわざ着せたのか。それも何度も何度も。
そう疑問を抱きながら繰り返し見た結果、導き出した自分なりの答えが、タンカースは“正義のアメリカ”の象徴として、M-65は“退廃したアメリカ”の象徴として使われてるんじゃない?ってこと。タンカースが現役だった第二次大戦は、アメリカにはいかにも戦勝国らしい大義名分があったと思うんです。正義はここにあり、的な。
でもM-65が投入されてたベトナム戦争時のアメリカには、戦うための大義名分がなかった。利権を求めて他人の喧嘩に乗っかって、戦う理由を求めて戦ってた部分もあるんじゃないかなって。だから劇中で平穏にタクシーを流してるときはタンカースを着てるのに、狂気を帯びて悪に鉄槌を落とさんとしてるときには、必ずM-65を着てるんです。
噂によると、ほぼ同い年で同じ境遇で育ってきたスコセッシとデ・ニーロは、あの映画を細かいシーンごとに二人で話し合いながら撮ってたんだそう。だからきっとタンカースとM-65も、二人が主人公の心を切り替えるためのスイッチとして使ったんじゃないかなと。
な〜んて妄想を膨らませながらだと、繰り返し見た名画でもまだ見ぬ景色が広がるってもん! ちなみに平穏を取り戻したかに思えたラストシーンで、タクシーのバックミラーに一瞬トラヴィスの狂気の目が映るとき。あえて、タンカースを着せるという演出が、個人的には一番ニクいな~と思ってます。
❶タンカースジャケット
1941年に米陸軍の防寒野戦専用ギアとして登場。主に戦車搭乗員に支給されたため“タンカースジャケット”と呼ばれることに。正式名称は「ウィンター コンバット ジャケット」。
❷M-65フィールドジャケット
1965年で米軍に採用された野戦用ジャケット。30年以上使用されたうえ、他国の戦闘服にも多大な影響を与え、ファッションの定番としても浸透している不朽の名作。
※表示価格は税込み
[ビギン2024年10月号の記事を再構成]スタッフクレジットは本誌をご覧ください。