服飾べしゃり力が身につく[小林学の小噺学]
マルタン・マルジェラが裏返したM-47から気づけたこと【オーベルジュ・小林さんの服飾漫談】
服好き同士のしゃべり場で日夜繰り広げられる服飾トーク。知らなくても生きていけるネタを披露し合う瞬間こそ、服好きには至福のジ・カ・ン。ということで、業界屈指の服飾べしゃり力で洒落者を引き込むオーベルジュの小林さんを指南役に迎え、即話したくなる小噺をレッツ・スタディ♪
オーベルジュ デザイナー
小林 学さん
服飾漫談師
1966年生まれ。ヴィンテージにモードにフレンチと守備範囲は宇宙。べしゃり力も業界随一で、自身のYouTubeチャンネルでも服好き垂涎の小噺を軽快に繰り広げる、服飾亭の止め名。ちなみに題字は愛娘の小林凛さん著!
「ただ裏返しにしたかったんだろうなぁ。縫製技術うんぬんはさておいて……」
1998年の「アーティザナル」コレクションでM-47を裏返してリボーン!
かのマルジェラがフランスの縫製技術の高さを世界に知らしめるため、ランウェイでモデルにM-47を裏返して穿かせた……。このエピソード、服好きなら一度は聞いたことありますよね? でも多分これ、後付け話なんじゃないかなって思うんです(苦笑)。
というのも、そもそもマルジェラは“M-47そのもの”を裏返して穿かせたわけじゃないんですよ。自身のブランドのなかに、古着を加工して新たな作品として再生させる「アーティザナル」コレクションというのを創設してるんですが、M-47はその98年度の秋冬シーズンに、裏返して新たに縫い直したり、ポケットを付け足したり、“再生して”登場させてたんです。
で、このときベースにM-47の“前期”と“後期”の両方を採用してたから、その逸話は間違いなんじゃないかなって。だって本当に縫製技術をアピールするのが目的なら、“前期”だけをベースにするはずなんですよ。この頃までは縫い代がパイピング処理されてたり、裾が手まつりされてたり、丁寧に仕立てられてるから。
でも“後期”になっちゃうとパイピングなんてないし、要所もロックでガガ〜ッと縫われてる。だから恐らく、縫製技術うんぬんは単なる後付けで、マルジェラ先生は案外“ただ裏返したかっただけ”だったんじゃないかなって(苦笑)。でも、服作りに携わる身としては、そんなロマンを打ち消す分析だけで終わっちゃもったいない!
もっとアカデミックにM-47を分析してみると、“意図せずお国柄が出てる”ってのが、この名作軍パンのユニークな部分なんじゃないかと。そもそも第二次大戦後のフランス軍の装備品は、アメリカ軍の装備品から強い影響を受けて設計されてました。
でも同じように設計してても作り方は正反対。アメリカは大規模な工場を建てて、誰が作っても速く、同じクオリティで作れる生産ラインを整えたのに対して、フランスは言っちゃえば小さい町工場の職人たちが集まって、各々“紳士服とはかくあるべき!”って腕を振るってた。
ファストフードの国アメリカは、“どうせ軍パンだから”。シェフの国フランスは、“たとえ軍パンでも”。奇しくも、巨匠がM-47をひっくり返してくれたことによって、両国のモノ作りの違いに気づけたんです。
はみだし用語解説
❶M-47 フィールドパンツ
服好き垂涎のフランス軍パン。47年から50年代まで作られていた“前期”と、60年代に作られていた“後期”に大別される。ウエストに2つボタンを備えているのが“前期”の目印。
❷マルタン・マルジェラ
1957年にベルギーで誕生し、1988年に「メゾン・マルタン・マルジェラ」を創設。1997年から2003年にかけては、かの「エルメス」のデザイナーも担った超レジェンド。
※表示価格は税込み
[ビギン2024年8月号の記事を再構成]スタッフクレジットは本誌をご覧ください。