服飾べしゃり力が身につく[小林学の小噺学]

「カルティエ」のトリニティとジャン・コクトーの蜜月【オーベルジュ・小林さんの服飾漫談】

服好き同士のしゃべり場で日夜繰り広げられる服飾トーク。知らなくても生きていけるネタを披露し合う瞬間こそ、服好きには至福のジ・カ・ン。ということで、業界屈指の服飾べしゃり力で洒落者を引き込むオーベルジュの小林さんを指南役に迎え、即話したくなる小噺をレッツ・スタディ♪

Profile
オーベルジュ デザイナー 小林 学さん

オーベルジュ デザイナー

小林 学さん

服飾漫談師

1966年生まれ。ヴィンテージにモードにフレンチと守備範囲は宇宙。べしゃり力も業界随一で、自身のYouTubeチャンネルでも服好き垂涎の小噺を軽快に繰り広げる、服飾亭の止め名。ちなみに題字は愛娘の小林凛さん著!

「死別した恋人を想って生涯愛用した。……なんて愛の逸話に心揺さぶられます」


小林さんがトリニティを購入した際「ピンキーは抜けやすくサイズの見極めが難しいので、コクトーはシングルをストッパーとして重ねづけしてたんですよ!」と担当者から教えてもらったよき思い出も。

男のアクセ選びって難しくないですか? ネイティブアクセが定番なのかもしれませんが、あのアメリカンな雰囲気が苦手って人も一定数いるはず。

となると欧州の歴史あるジュエラーたちに食指が動くんですが、別にお金持ち!って思われたいわけじゃないと思うんです。ロゴがドーンと目立つようなものじゃなく、わかる人だけわかる通好みなデザインで、かつ語れる背景なんかがあればなおよし! ってなわけで僕は、数年前にかねてから憧れてたカルティエの『トリニティ リング』を生涯の相棒として迎え入れました。

理由は明快です。フレンチ好きなら誰もがファッションの師と仰ぐ、かのジャン・コクトーが愛用してたから。さらにこの名作には、そのコクトーとカルティエにまつわる、ある都市伝説が語り継がれてるんですが、これがまたフレンチ好きの心をグラグラ揺さぶる!

時は1920年代初頭に遡ります。当時コクトーにはフランスの詩人、レイモン・ラディゲという恋人がいたんです。コクトーはラディゲに贈るため、カルティエにこの独創的な3連リングの製作を依頼。

ところが1923年、ラディゲはリングの完成を待たずして病死してしまうんですよね。そして、カルティエがこの『トリニティ リング』を発表したのは、翌1924年のこと。ラディゲの存在を忘れられなかったコクトーは、その後生涯にわたってこの傑作をピンキーリングとして愛用しました。晩年には小指に2つ重ねづけする姿が目撃されているんですが、その2つは自らのものと、ラディゲに贈るはずのものだったとか……。

な〜んてロマンたっぷりな逸話は、実はフィクション。現在では創業家3代目にあたる、ルイ・カルティエによって生み出され、親交のあったコクトーがそれを気に入って愛用していたという説が有力のようです。ただコクトーが長年今作を小指に重ねづけしていたのはノンフィクション。40年代〜50年代を代表するお洒落番長のトリニティスタイルは、フレンチカルチャーに心酔している者にとっては、教科書的存在!

街中でピンキーリングとして愛用している人を見かけたら、きっと魂のフレンチ兄弟として無言で通じ合えるはず。この3連リングはフレンチ好きの目印なんです。

はみだし用語解説
 

カルティエのトリニティ リング

❶カルティエのトリニティ リング
2024年誕生100周年を迎える傑作にして、世界的メゾンの代表作。ホワイトゴールドは「友情」、 イエローゴールドは「忠誠」、ピンクゴールドは「愛」を意味しているとされる。
 

ジャン・コクトー

❷ジャン・コクトー
詩人、小説家、画家、役者、映画監督などなど……あまりの多才ぶりで“芸術のデパート”とも称された、20世紀を代表するアーティスト。稀代の洒落者としても著名。

 
※表示価格は税込み


[ビギン2024年9月号の記事を再構成]スタッフクレジットは本誌をご覧ください。

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