災害に強い地域に! デンソーが作ったデジタル回覧板【プロジェクトDX】

熊本県菊池市の江頭 実市長(左)とデンソーの杉山幸一さん(右)。

数年の間に世界を一変させる可能性を秘めた「DX(デジタルトランスフォーメーション)」にフォーカスする連載「プロジェクトDX」。時代の変化やニーズにDXを通じて応える優れたサービスの開発者やその現場を訪ね、未来を変える可能性やサービスに込められた思いを紹介していきます。

今回紹介するサービスは自動車部品メーカーデンソーが開発した「ライフビジョン」。地域のくらし情報や防災情報などを住民に届けることができるDXサービスです。地域の情報は新聞やテレビでも手にすることができますが、ライフビジョンでは、そのような媒体が取り扱わない「ニッチで、生活に密着した生の情報」を発信することができます。

デンソーがなぜこのような領域に参入したのか、同サービスの立ち上げたデンソーの杉山さんと、熊本地震をきっかけにライフビジョンを導入し、今も活用し続けている熊本県菊池市の江頭市長にお話を伺いました。

プロジェクトDX ~挑戦者No.21~

自動車部品メーカーがDX事業に参入!? 挑戦を決めた理由とは?

デンソーが10年前にリリースした「ライフビジョン」。簡単に言えば、地方で利用されている回覧板をデジタル化したサービスです。

開発当時の様子を語る株式会社デンソー・自動車&ライフソリューション部 地域ITサービス事業室長 杉本幸一さん。

当時エンジン関連部品の開発業務を行っていた杉山さん。リーマンショックで世界が揺れているなか、若手社員を集めた研修に参加したそうです。研修では会社が活性化するためにどのようにしたらよいかというテーマで、各チームは新規事業などを提案。そこで杉山さんが提案したのがIT事業への参入でした。

当時、デンソーはIT事業に参入しておらず、利用者と直に接する事業も展開していませんでした。まったくの新規事業、利用者と直接関わることができる、この2つの掛け合わせで杉山さんが思いついたのが、地域の情報伝達ツールとして利用されている回覧板だったのです。

「ITを使って少子高齢化や情報弱者を救いたい」

この想いを社長に直談判。熱意が通じ、新規事業プロジェクトが発足。ライフビジョンの開発がスタートしました。

「デンソーに入社し、10年間クルマのエンジン部品一筋で仕事をしてきました。新規事業立ち上げのためにクルマの仕事に別れを告げ、部署を異動しました。これを言うと驚かれますが、異動はまったく抵抗がありませんでしたね。むしろ、こんなチャンスはめったにありませんし、せっかくチャンスを手にしたのだからやってみよう。その一心でした。」

そう話していただきましたが、やはり新規事業は課題が山積みだったそうです。

まず最初に直面したのが、利用者のリアルな声を形にすること。これまでデンソーは主に技術と向き合って仕事をしてきました。しかし今回の事業は地域の住民が利用するサービスであることから、まずは目の前の利用者の実態を知る必要があったのです。

2012年にプロジェクトがスタートしましたが、最初の1年間は利用者の現状調査に時間を割いたといいます。実際に地域に出向き、住民に話を聞き、どのような困りごとがあるか、どんなものが欲しいのかを丁寧にヒアリング。そしてリアルな声をもとに、具体的な利用者像を設計。利用者像とサービスが適しているのかを検証しては、修正。これを繰り返し行うこと2年。

そして2014年、香川県・直島に導入されたのです。

日常、非常時に機能するライフビジョン

自治体や地域の情報を届ける「地域情報配信サービス」として誕生したライフビジョン。約30のコンテンツ(機能)があり、その地域に合わせて必要なものを選択(例えば導入時は少ない数からはじめて、後から地域のニーズに合わせて追加するなど)することができますが、主要なコンテンツは「お知らせ機能」だそうです。

熊本県・菊池市で使用されているライフビジョン。菊池市民が必要な情報だけが配信されている。

新聞やテレビでは取り扱わない年末年始のゴミ収集情報、野生のサルの目撃情報。その地域に住む方であれば、必ず知っておきたい生活のニッチな情報をライフビジョンでは簡単に配信することができます。

  • ・テレビ電話
  • ・タクシーの予約
  • ・コミュニティバスの運行状況
  • ・高齢者の見守り

このような機能もライフビジョンには備わっています。ライフビジョンはスマートフォンに専用のアプリをダウンロードすることで利用できますが、写真のように専用タブレットでも利用可能です。

一見ごく普通のアプリのように見えますが、ここにはカーナビやインパネなど、クルマの人が操作する部分の開発も行ってきたデンソーだから知っているノウハウ「高齢者でも使用しやすいデザイン」が隠されているのです。ボタンが大きいためタップしやすいのはもちろんですが、無駄な部分を削ぎ落としシンプルな表示にすることで使いやすさを演出。

人間は年を取ると色の見え方が変わってくることにも配慮し、高齢者が見えにくい色やフォントは使用せず、障がいなどに関係なく誰でも見やすいように作られています。

さらに「お知らせに気づかなかった」を防ぐために、音で通知を知らせることも可能。目と耳で最新情報をキャッチしてもらえるように利用者に寄り添った機能が備わっています。

 

熊本・菊池市の導入事例

熊本地震を振り返る菊池市・江頭市長

ライフビジョンは日常の生活でも役立ちますが、有事の際も活躍するサービス。実際、自治体が導入する決め手となっているのは災害時の運用だといいます。災害時に具体的にどのような使い方をされたのか、熊本県菊池市の事例を見ていきましょう。

記憶に新しい2016年の熊本地震。菊池市も甚大な被害を受けましたが、そのなかで特に深刻だったのが被害状況などの情報を迅速かつ正確に掴むことができなかったことだったと言います。

「地震が発生してから通信網が途絶え、なにがどうなっているかわからない状況が続きました。各集落でどのような被害が出ているのか情報が入ってこず困っているときにデンソーさんからライフビジョン提供のお話をいただきました。ライフビジョンを実際に使ってみるとテレビ電話もできて、写真も撮れる。これはかなり利便性が高いなと感じましたね」と江頭市長。

「自治体の情報が掲載されているものと言えばホームページが一般的ですが、サーバーが役所にあると震災でサーバー自体がダウンしてしまう可能性が高いです。ホームページが使えないとなると、混乱を招くことに繋がりかねません。しかし、ライフビジョンのデータはクラウド上にあるため通信が途切れることなく利用できます。仮にクラウドのセンターが被災してしまったとしても、サービスが止まらないように予備のクラウドを準備して分散させています」(杉山さん)

ライフビジョンはスマホや専用タブレットで使えるので持ち運びが難なくできますし、写真の送受信も可能。GPSで位置情報もすぐに共有ができるので、どこでどのような被害が出ているのかすぐに把握できます。地震だけではなく、大雨、土砂災害など自然災害に備えるツールとしても利用されています。

行政×民間のタッグで自然災害から市民を守る。

菊池市は熊本地震後の2017年にライフビジョンを本格導入。導入当時は、スマートフォンを持っていない住民も多く、ライフビジョンを浸透させるためにさまざまな施策を行ったそうです。

「集会や講演会、団体の集まりなどにとにかく出向いてライフビジョンのコーナーを作り、市民の方に知ってもらうように動きました。地元の高校生にも手伝っていただき、高齢者の方にレクチャーしていきましたね。スマートフォンを購入された方に案内してもらえるように、携帯電話販売店にご協力いただいています。その甲斐もあり現在ではかなり菊池市に浸透してきました。」(江頭市長)

菊池市では毎月広報紙を発行しており、この広報紙もライフビジョンで閲覧が可能なのだとか。バックナンバーも閲覧できるため、ライフビジョンがあればさまざまな情報をキャッチできるようになっています。

ライフビジョンはスマートフォンでも利用可能。

また菊池市はライフビジョンの導入を皮切りに、市政のDX化を推進。「書かない市役所・行かない市役所」を掲げ、オンライン申請ができる仕組みを整えているところです。

熊本地震での教訓を活かし、菊池市では防災訓練が行われています。この防災訓練にはデンソーも参加したことがあります。まさに官民が連携して、住みやすく災害に強い地域を作ろうと取り組んでいます。

官と民の立場は違えど、見つめる先は地域住民の暮らしを守るという同じ方向だ。

ライフビジョンで地域を繋ぐ〜地域に貢献できる企業を目指して〜

サービスのリリースから10年が経過。ライフビジョンを導入した自治体は80を超えました。解約は未だゼロ。足繁く現場に通い、地域が本当に必要としているサービスは何なのかを突き詰めて、日々アップデートを重ねています。「ITを使って少子高齢化や情報弱者を救いたい」という杉山さんの想いは、地域密着のインフラとなって高齢化に悩む地域を支えています。

最後に今後の展望について伺いました。

「デンソーは地域に貢献できる企業を目指しています。買い物難民という言葉がありますが、今後は買い物ができるサービスもライフビジョンとうまく掛け合わせてやってみたいですね。商品購入後は、配送する必要がありますが、デンソーは物の輸送・人の移動などのモビリティに関することが得意な企業です。私たちの持っている技術もここで活かすことができたらと考えるとワクワクします。また、デンソーには女子バスケットボールチームがあり、日本代表の選手もいます。バスケットボール教室を開催するなど、子供たちをはじめ地域の方々に喜んでもらえる方法で地域貢献していけたらと考えています」

自動車部品メーカー・デンソーがDXサービスを開発して10年。点と点だった事業が線になる日も近いかもしれません。

(問)デンソー ライフビジョン
https://www.lifevision.net/


写真/椿原大樹 文/梨木由美

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