コンバース

蕎麦スス流 SOBA Su Su Ryu

Vol.75

四谷三丁目音威子府 TOKYO

たぬきそば
1080円

音威子府 TOKYO たぬきそば

四谷三丁目、現在の荒木町の付近はかつては天然の滝と池のある風光明媚な地形で、江戸時代には松平摂津守の屋敷と庭園があった。明治になってからはお江戸の箱根とも称される名所として池と滝を眺める茶屋がいくつもでき、やがては花街となり一帯は大いに栄えた。

杉大門通りはその荒木町に接した飲食街で、往時の花街の面影をかすかに残しながら、近年では大人の隠れ家的飲み屋街としても知られる存在である。その中ほどに2019年に開店したのが音威子府おといねっぷ TOKYO。

音威子府 TOKYO 外観
※写真は居酒屋営業時のものです


音威子府とは北海道上川地方北部に位置する村で、北海道で一番小さな村とのこと。立ち食い蕎麦好きにとっては、JR宗谷本線 音威子府駅にあった「音威子府そば・常盤軒」の方が名が通っているだろう。音威子府そばは日本一うまい駅そばとしてつとに有名だ。

真っ黒い蕎麦と濃いつゆ、そして何よりも遥か遠い北海道の地が旅情を掻き立てる。路麺ファンならずとも「一度は食べてみたい」と願う方は少なくないはずだ。筆者ももちろんその一人である。しかし残念ながらつい最近、2021年2月に常盤軒は廃業されることとなり、訪問は叶わぬ夢となってしまった。

音威子府そばの包装紙
音威子府そばの包装紙

その音威子府そばに魅せられ、東京のお客さんにこの味を伝えたい、と考えた人物がいる。音威子府 TOKYOの代表、鈴木章一郎さんだ。四谷三丁目と神田(現在は閉店)に店を構える立ち食い蕎麦店「つぼみ家」の店主であり、蕎麦と料理についてはベテラン。蕎麦の研究に余念がなく、暇をみつけては日本全国のご当地蕎麦、有名店を食べ歩き、蕎麦の知識と腕前を磨いていた。

その鈴木さんが蕎麦生産の日本最北地にあって、日本一うまいと誉れ高い音威子府そばに心を寄せるに至るのは当然のことであった。

音威子府 TOKYO 鈴木章一郎さん

自ら何度も音威子府を訪れ、常盤軒の蕎麦を食べ、ご主人と語らい、また現地の製麺工場や村役場のかたと親交を深め、店の構想を練っていった。「音威子府は遠いですよー、札幌からでも6時間かかります」と何気なく語るが、いやいやあそこまで一度行くのでも大変なことだ。北海道と音威子府村の地図を手に嬉々として旅程案内を語ってくれる横顔からは音威子府への惚れ込みようが感じられる。

音威子府蕎麦の説明書き

音威子府 TOKYO メニュー

さて、そうやって開業した音威子府 TOKYO。昼メニューは、ざる、たぬき、セット(天ぷら・ご飯・そば)、極上セット(お酒、おつまみ、天ぷら、ご飯、そば)それぞれに蕎麦は音威子府そばの「黒」か信州更科そばの「白」を選ぶことができる。)

値段は立ち食い価格ではない。また立ち食い席や券売機も存在しないので、「立ち食いそば」とは呼べないのだが、つぼみ家の仲間であり、あの音威子府の蕎麦を東京でいただけることから今回は特別に紹介してみたいと思う。筆者が選んだのはたぬきそば。

音威子府 TOKYO たぬきそば

■蕎麦: 蕎麦の実の皮を含めて挽いた蕎麦粉から打たれ、茶色というよりもほぼ黒色。甘みと香りが強い。コシのあるやや硬めの茹で具合。
■つゆ: 昆布のマイルドさを主体に、鰹節の香りと煮干しのパンチが効いた濃厚出汁。カエシはやや濃いめ。
■タネ:たぬき、わかめ、ほうれん草、かまぼこ、柚子皮、ネギ。

音威子府 TOKYO たぬきそば

まずはなんといっても蕎麦。音威子府からはるばる空輸される生蕎麦は、歯応えがあってツルツルとした食感。ひとくち噛めば蕎麦の滋味・甘味が溢れる。鼻に抜ける蕎麦の香りはワイルドだ。今回は温かくしていただいたが、ざるでならさらに香りを楽しめる。

音威子府 TOKYO たぬきそば
ざるそば。※写真は居酒屋営業時のものです

そしてつゆ。蕎麦の野性味に全く負けない濃厚な出汁とカエシ。黒い蕎麦にとって最高の相棒だ。このつゆの味に至るまでには様々な試行錯誤があったそうだ。

本家常盤軒のつゆは、というよりも北海道全般に言えるかも知れないが、個性が強く、我々が食べ慣れた東京風の蕎麦屋の味とはかなり違っている。具体的には、本場の昆布を豊富に使ってとった濃厚な出汁をベースに、煮干しで旨みをプラスしたもので、いわゆる江戸前の鰹節主体の蕎麦つゆと比べると重厚な味。慣れない人にはちょっと向いていないかも知れない。

そこで東京人向けに研究を重ねて完成したのが現在のつゆ。筆者は常盤軒の味を知らないので比較はできないのだが、音威子府 TOKYOのつゆはとても上等な江戸前の味に仕上がっている。

常盤軒の天ぷらは、鍋の中で揚げ玉を連結させて薄く円盤上にまとめたもの。製造はいっけん簡単そうでいて技術を要する。北海道で「天ぷら」といえばこれがスタンダード。なかなか面白いチープな味で筆者は好きなのだが、万人受けするかというとやや疑問が残る。つゆと同じくお客さんの好みに合わせて、ほどなく東京らしいタヌキに落ち着いたとのこと。

音威子府 TOKYO 蕎麦湯

蕎麦湯をいただいた。蕎麦湯も微妙に黒っぽく感じられる。

蕎麦の実

蕎麦の実を見せていただいた。右端の黒いのが音威子府そばの原料。たしかに黒い。この殻が混ざっていれば黒くなって当然だし、殻の渋みが独特の風味となるのもわかる。

「あの蕎麦粉の色は、黒くなっちゃったものなんですよ」と謎かけのように鈴木さんはおっしゃる。つまり、本来は製粉過程の廃棄物として捨てられておかしくないものだが、北海道の過酷な自然にあって、丹精込めて収穫したたいせつな蕎麦の実の一部である。

無駄にしたくない、捨てずに混ぜて使おう、そんな真面目な気持ちがあの黒さになったのか、と気がついた。もちろんうまい蕎麦の味もさりながら、最北端の蕎麦とそれを作った人々のご苦労に想いをはせた訪問でもあった。

音威子府 TOKYO 店内

■DATA
住所:東京都新宿区舟町3-6 今塚ビル 1F
アクセス:丸ノ内線四谷三丁目駅 徒歩2分
営業時間:11:30-18:00(時短営業のため夜の居酒屋営業は休止中 ※9月5日取材時の情報です)
定休日:月曜・祝日
評価:3点 ☆☆☆

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情報提供・監修/ケビン(平林啓一)
オートバイに乗って900軒の立ち食い蕎麦店を探訪。最盛期には年間300軒を食べ歩く。立ち食い蕎麦チェーン店・個人経営店にかかわらず食す。また、生めん・茹でめん・冷凍めんにこだわらず、どれも大好き。

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