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数年の間に世界を一変させる可能性を秘めているDXにフォーカスする連載「プロジェクトDX」。時代の変化やニーズに、DXを通じて見事に応える、優れたサービスの開発者やその現場を訪ね、未来を変える可能性やそこに込められた思いを紹介していきます。

今回取り上げるのは、スポーツ分野でのDXです。近年いろんなスポーツにデジタル解析技術が取り入れられるようになり、選手やチームのパフォーマンスを向上させることに成功しています。いったい、どんなことが起こっているのでしょうか。

プロジェクトDX 〜挑戦者No.12〜パッティングにもデータ革命がある

ゴルフスタジオ「GPC恵比寿」でヘッドコーチを務める大本研太郎さん。

MLBでは2015年から「スタットキャスト」というデジタル解析技術が使われています。これはドップラーレーダー追尾技術を応用したトラックマンという機器と、高性能カメラによる解析を統合した野球専用のデータ解析システムです。打者がホームランを打ったときの打球角度、打球速度、飛距離、投手の投球速度、変化球の曲がり度合い、ボールのスピン量、進塁の到達時間など、プレー中のあらゆる事象をデータ化して、即座にテレビの中継画面に映し出せるようになっています。

こういったデータは、「大谷翔平が打球速度186km140メートル弾のホームランを打った!」なんていうふうに視聴者を楽しませるものになっていますし、チームが選手を評価するための指標にもなっています。もちろん、大谷選手がベンチ内でタブレットを確認するシーンが報じられるように、自分自身の技術確認に使われ、練習にも活かされます。

ゴルフでもドップラーレーダーや高速度カメラを用いた計測器が使われていて、近年ではレッスン施設やショップなどでもよく目にします。スイング時のクラブ軌道が分かる計測器を使ったレッスンを受けられたり、スピン量や飛距離や計測してから購入するクラブを選ぶなど、アマチュアにとってもデジタル計測機器が身近になっています。屋外の練習場でも飛距離や曲がり幅を画面で表示してくれる「トラックマン・レンジ」や「トップトレーサー・レンジ」といったシステムを導入する施設が増えていて、これもまた人気を集めています。

ゴルフをする方ならご存じだと思いますが、ゴルフには「ドライバー・イズ・ショー、パット・イズ・マネー」という格言があります。この言葉は、最大飛距離を得られるドライバーショットには華があるけど、実際に勝敗を分けるのはグリーン上のパッティングであるという意味です。ゴルフ上達においてはショットやスイングばかりが注目されがちですが、スコア向上にはパッティングの上達も欠かせないはず。そこでパッティングにはどんなデータ解析があるのかを知るために、ゴルフスタジオ「GPC恵比寿」の大本研太郎さんのもとを訊ねました。

 

大本さんは、2012年からパッティング専用の解析機器を用いてパターレッスンを行ってきたプロコーチです。これまでのレッスン生は3000人を超え、プロゴルファー300人以上のパッティングを診断し、現在はツアープロ13人のパッティングコーチを務めています。おもに使われている機器は、「パットラボ」と「クインテック」の2種類。「パットラボ」は超音波計測技術を用いたパッティング診断システムで、構えたときのフェース向き、インパクト時のフェース向き、ストロークのヘッド軌道、打点位置、加速度など多くの項目を計ることができます。「クインテック」は、高速度カメラによってボールの転がりを細かく計測できる装置。この機械は、大本さんがアジア圏で初めて導入したのだそうです。

 

「一般的にパッティングのストロークは、ショットのスイングとは異なる別物だととらえられています。でも、実はそうじゃありません。“道具でボールを打つ”という動作は同じ。だからパッティングのミスは、ショットのミスとほぼ同じになります」

大本さんいわく、パターで右に打ってしまう人は、ショットでも右に打つミスが出やすく、逆もまたしかり。さらに、大本さんからは驚きの発言がありました。

パッティングは、すべてのショットに通じる

「パッティングが上手になれば、アプローチが良くなるし、ショットまで良くなります。ゴルフにおいては、すべてがつながっているんです。10年以上もこのスタジオでパッティングの計測をしていると、今ではプレーヤーがショットを打っているのを見なくても、パッティングの計測だけでショットの傾向が分かるようになりました。小さい動作のパッティングが、大きな動作のスイングにも影響してくる。もちろん、その逆もあって、大きな動作のスイングが小さな動作のパッティングにも影響します。ゴルフの動きを良くしたいなら、小さな動きのパッティングから修正したほうが正しい動きを身に付けやすいです」

自然なクラブの動き方を教えてくれた。

 

では、パッティング(とゴルフスイング)を上達させるためには、具体的に何をどうすればいいのか。ボールをまっすぐに転がすためには、ヘッドをまっすぐ引いて、まっすぐ出せばいいのでは? でも、スイングだとそうもいかないような……。

「ゴルフクラブとカラダの構造上、ヘッドをまっすぐに引いて、まっすぐに出すのは不自然な動きになります。理想的なストロークとは、ショットと同じ自然な動きのなかで“イン・トゥ・イン”になる円弧のヘッド軌道。ここで使っている計測器『パットラボ』は、実際のストローク中のヘッド軌道がどうなっているのかを知るために役立っています。あくまでも自分が自然にストロークしたときに“イン・トゥ・イン”の軌道になるといいのですが、なかなかそうはいかないので、そこが難しい。『パットラボ』を使うことで、まず自分の現状でのストロークやクセを知っておくことが大切。それだけでもパッティング向上のヒントになります」

フェースアングルの推移を見ることが可能。バックスイングでは5.9度開き、インパクト後は3度閉じていることがわかる。

ヘッド軌道が円弧になるように意識して、手首や指先を使って操作してしまうのもNGとのこと。自分で「こうやろう」と意識した動きは、とくに緊張した場面では再現性が低くなってミスを誘発してしまうそうです。

「ボールの転がりを詳細に計測できる『クインテック』には、ツアープロの平均値から得られた数値があり、それが理想的とされています。けれど、理想値が一概にベストとも言い切れません。なぜなら、パッティングの名手と言われているプロのなかには、理想的とはいえないボールの転がりをしている選手がたくさんいるからです。要するに理想的な転がりには個人差があり、ストロークの再現性さえ高ければ、パッティングがうまくて強い選手になれることも事実なんです」

上のモニターではストロークのタイミング。下のモニターではボールの転がりを見ることを詳細に知ることができる。

デジタルなデータを知ったうえで、感覚に落とし込むようにアナログに指導する

2つの計測器を使うことで細かいデータを確認しつつも、その数値のすべてを直接プレーヤーに伝えることはないと大本さんは言います。

「ゴルフは人間がやるものだから、どこかを固定したロボットのような動きができません。ゴルフの場合、理想の数値だけを追っかけて求めるのには無理があるんです。ゴルファーが自然な動きのなかで、なおかつ再現性を高く保てるように、正しい動きをゴルファーの感覚に落とし込む作業が必要です。その手助けをするのが、コーチの役目です」

ゴルフは、繊細なスポーツだとも言われています。パッティングでは“タッチ”なんて言葉が使われますが、強くボールをヒットするだけでなく、ゴルファーの感覚に頼り、ボールに触れるだけのようなセンシティブな一打が必要な場面も出てきます。計測した数値を伝えるだけなら誰でもできますが、それを理解したうえで、どう改善すべきかの方法を知っていて、それをプレーヤーに感覚としてアナログで伝えてくれるのがコーチという職業のようです。

データを数値のまま話しても選手には伝わらない。データを体の動きに落とし込んで、いかに分かりやすく伝えるかが重要と教えてくれた大本さん。

大本さんの話を聞くと、今後どんなにスポーツ界でDX化が進んでも、AIが人間のコーチに取って代わることはないように思えました。ちなみに家でもできるパッティング上達の効果的な練習法は、60cmの距離を確実にカップインできるようになること。タッチを揃える練習法は、10メートルの距離をずっと打ち続けることだそうですよ。

カップから60cmに貼られたシール。レッスンでも、この距離を重要視する。
取材協力:GCP恵比寿(https://gpc-ebisu.com/

写真/宮前一喜 文/鶴原弘高

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