数年の間に世界を一変させる可能性を秘めているDXにフォーカスする連載「プロジェクトDX」。時代の変化やニーズに、DXを通じて見事に応える、優れたサービスの開発者やその現場を訪ね、未来を変える可能性やそこに込められた思いを紹介していきます。

人が頭の中で考えていることは覗けない。そんな当たり前のことが、AIの力によって変わろうとしています。今回のプロジェクトDXでは、伝統工芸士やトップ・アスリートの思考回路を可視化した『Brain Model®︎(以下、ブレインモデル)』についてご紹介します。

プロジェクトDX 〜挑戦者No.5〜ライツ社のブレインモデル

モノづくり大国、日本。全国各地の工場で、名もなき職人がジャパン品質を支えています。しかし、世界を襲った新型コロナウイルスと長引く戦争、慢性的な人手不足のために、多くの企業が廃業に追い込まれ技術の伝承ができない状況です。

文化や技術を次世代に継承するにはどうしたらいいのか。その課題に対する解決策を新しく提案するのが、2016年に茨城県つくば市で創業した「LIGHTz(以下、ライツ)」。日本が世界に誇る学術研究都市で、AIソリューション事業に取り組むベンチャー企業です。

ライツが開発した『ブレインモデル』は、“行動”や“判断”を起こすまでの熟練者の思考回路をひとつひとつ言語化して、ネットワーク図のような形式にまとめたものです。

そして、『ブレインモデル』を同社の製品『ORGENIUS(以下、オルジニアス)』に埋め込むと、「熟練者の考えを持ったAI」が誕生。ある特定の人と話しているような具体性や説明性のある情報を提供できるのが特徴です。その理由は、『オルジニアス』の学習する対象が熟達者から取得した教師データだから。企業や個人にコミットする個性的なAIを作ります。

一方で多くの方がイメージするAIに、オンライン通販サイトやテレワークのスターターパックサービスなどでよく見かける人口知能チャットボットがあります。こちらの多くはビッグデータを利用するため、普遍性の高い情報を提供することに優れています。

現在、『ブレインモデル』と『オルジニアス』によって提供される「熟練者の思考を持ったAI」は、さまざまな企業で技術伝承・若手育成のサポートをしています。

大手生活用品メーカー「ライオン」は、歯磨き粉の香りや味の研究に利用しています。AI化したのは、熟練のフレーバリストの豊富な知識と経験を基にした思考。味覚や嗅覚など、数値だけでは表現しきれない官能評価領域の知見を見える化しました。

そのAIはクラウドで管理され、自分が認識した言葉を手がかりとして社内ドキュメントやWebから、研究に必要な思考を見つけ出します。経験の浅い若手や考えに息詰まった開発者も簡単に参考情報を手に入れられるため、香料開発期間はこれまでの半分に短縮されました。人材育成の面においても、大きな成果が得られたんだそう。

“背中”を見て学ぶだけでは知り得なかったことを、“頭の中”も見られるようにして“気づき”を与える。何を考えながら製作しているのか理解できれば、若手の技術の上達もスピード・アップします。

複雑すぎて、マニュアル化することができなかった

株式会社ライツ 代表取締役 乙部信吾氏

ライツの代表、乙部さんが『ブレインモデル』の開発に着手したのは、2014年ごろ。日本のモノづくりを支えるコンサルタント会社の代表を務めていた経緯もあり、山形県にある老舗金型工場「IBUKI(以下イブキ)」の経営の立て直しに奔走していた頃でした。最盛期は年間で約40億を売り上げる老舗でしたが、当時は10分の1以下まで減少。240人いた従業員も、20人まで減ってしまっていたんだそう。

「企業の強みをあぶり出し、それを軸に輝きを取り戻してもらうこと」を再生コンサルにおいてのモットーにしている乙部さん。イブキの魅力を深掘りすると、高いモノづくりの技術に復活の活路を見出します。「職人は、製品の図面を見るやいなや難しいポイントを察知して、リスクヘッジを提案できるんです。ロジカルではなくて直感的に情報を掴みにいく。初めは技術をマニュアルにして伝承していこうと思っていましたが、その姿を見て無理だな、と。それならAIで図式化できないかと思って、ブレインモデルの走りとなるものを自分で作り始めたんです」

図式化は売上を回復させるためにも必要なポイントでした。というのも、クライアントとの交渉は全て見積り書ベース。業界にはどんなに補足説明しても結局は見積り書の金額と納期を重視する傾向が根強く残っており、品質にこだわるイブキの見積りは、良かれと思ってしていることが発注元にうまく伝わらず、裏目に出ている状況でした。

例えば、イブキは金型の高さと内側に流し込む物質の量を慎重にチェックします。その理由は、その差が大きいと成形後に金型を抜きづらくなってしまうから。特にプラスチックの箱型製品の場合は注意が必要で、実用性を考慮した金型製作を行わなければいけません。リスクヘッジ能力に長けているからこそ、自ずと見積り金額も高くなる。けれども、モノづくりに対する姿勢は崩したくない。その結果、早くて安く仕上げられる工場に市場のシェアを奪われてしまう。

そこで、乙部さんが打ち立てた作戦が見積りプロセスを明らかにしてブランド力を上げること。まずは金型の高さと内側に流し込む物質の量の差を表すときに職人が使う、“内壁深さ”という独自の用語の解像度を上げる作業をしました。

「“内壁深さ”を基点に、職人は頭の中で製作シミュレーションを行っているようでした。なので、その意味を一度明らかにして見積り書に記載することにしたんです。『思考を見える化することはノウハウを流出することにつながる』と、現場から心配の声が上がりましたが、実際はそれを実現できるテクニックがなければノウハウがわかっても意味がないと説得しました」

その作戦は功を奏し、乙部さんが経営に携わった7期中6期の黒字化に成功。低迷期は20件の見積りをして1件だけしか受注が取れない月もありましたが、受注率は倍以上になり、売上は当時の5倍に膨らみました。

では、熟練者の思考の可視化はどのようにして、実現されているんでしょう。そのプロセスのことを、ライツでは“汎知化”と呼んでいます。

事前のリサーチは不要。マニュアルに沿った質問攻めで思考の棚卸

“汎知化”のキーとなるのはヒアリング。基本的に熟練者に対して下調べはなし。2時間×8回の質疑応答でベースとなるファースト・ブレインモデルを作成します。

質問はライツが独自のメソッドに沿って考案。「大事なことを10個教えてください」「なぜそれが重要なんですか」など、内容は事前に用意されマニュアル化しています。客観的な問いから生まれた回答をAIツールで体系的に整理し、思考パターンを紐解きます。

そして、もし言語化できない思考が出てきた場合は、ライツがその思考に名前をつけます。例えば、加賀友禅の作家にヒアリングをしたときは、“着物を着たときの着物の形”を“着姿”とネーミング。独自で作った言葉はペーパーテストを用意して、クライアントの社員にも浸透させていきます。

「熟達者の多くは、何を考えながら製作しているかを自分で意識していないっていうこともありますが、何をどれだけ伝えれば伝承したといえるのか、その棚卸も難しいんです。ブレインモデルを作ると、点と点だった思考が線になる。加賀友禅の先生からは、30年この世界でやっているけども、こういう風にして自分の技術を見つめ直すのは今までなかった!と喜んでいただけました」と乙部さん。

モノづくりの世界から、スポーツの世界にも!

現在、『ブレインモデル』は、さまざまな企業に採用され活躍の場を増やしています。さらなる可能性を広げるべく、スポーツ業界とのコラボレーションも果たしました。

可視化に挑戦したのは、フェンシング選手の頭の中。公益社団法人日本フェンシング協会元会長、太田雄貴さんとタッグを組み、まずはコーチのヒアリングから実施。加えて、世界ランク上位者の攻撃パターンの分析結果を加味した『ブレインモデル』を参考に、対戦相手の癖を見極め作戦に落とし込んでいきます。

『ブレインモデル』の功績もあり、2020東京五輪にて、エペ団体男子は日本で史上初めて金メダルを獲得! 「すごいのは選手のみなさんです」と乙部さんは、誇らしげにサイン入りTシャツをちらり。

これから、『ブレインモデル』はどのような軌跡を描いていくのか。その未来予想図を乙部さんに伺いました。

「名もなき職人でも、それぞれの仕事ぶりのなかには必ず本にして読みたいようなことがあると思うんです。そして、ブレインモデルがその役目を引き受けられたら。パーソナルな考え方を断片ではなく思考回路として見られたり読めたりすれば、そこからコミュニケーションが生まれるはず!」

もっともっと日本の技術にコミット。AIの力で、雇用を生み出す。

岩手県盛岡市生まれの乙部さん。起業を志したのは、未曾有の複合災害をもたらした東日本大地震がきっかけでした。被災者のために、自分は何ができるのか。復興ボランティアに毎週末通い詰め導き出した答えが、“地元の歴史を紡いでいけるような、雇用を生み出すこと”でした。

『ブレインモデル』は、現在、大手をはじめとする約30社に使用されています。AIの性能を高めたり、価格を見直したり。一般化できるように、これまでよりさらにサービスをアップデートしていく予定です。目標は、5年間で1万社。『ブレインモデル』が広く普及すれば、職人の凄みが可視化され、若手が具体的に目標を描けるように。その憧れは伝染して、現場は活気づいてく。『ブレインモデル』は、日本のモノづくりがさらに成長するための循環を生み出していくに違いありません。


写真/宮前一喜 文/妹尾龍都

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