4年に1度開催されるスポーツの祭典、オリンピック・パラリンピック。選手たちが全身全霊で挑む姿に感動し、時には勇気をもらうこともあります。記憶に新しい東京2020大会。未知なるウイルスによって前代未聞の延期、そして無観客での開催という異常事態にも関わらず、日本は史上最多のメダル58個を獲得するという素晴らしい成績を収めました。逆境を乗り越えて、涙を浮かべながらメダルを掲げる選手の姿に筆者もつい涙したものです。
そんな裏側で、各スポーツメーカーもオリンピックに向けて、熱き戦いを繰り広げていることはご存知でしょうか。全世界から注目を浴びるスポーツの祭典。最先端の技術を披露する絶好の機会を逃すまいと、総力をあげて高機能な衣料が次々と誕生しているのです。
例えば、従来のダウンジャケットの弱点だった「水」を克服し、ダウンジャケット界に革命を起こした「水沢ダウン」だって、元を辿れば2010年のバンクーバー冬季オリンピックの日本代表選手団が着用するために、デサントが新たなダウンジャケットの開発をスタートさせて生まれたもの。五輪がきっかけで生まれたテクノロジーは、やがて私たちが普段着用するアイテムとなって生活に浸透、その恩恵を享受していることも多いのです。
今回の東京2020大会で、新たな”テクノロジーウェア”にチャレンジをしたのがスポーツメーカーの「アシックス」。日本代表選手たちが表彰式や競技場の移動時などに着用していた「ポディウムジャケット」は、高温多湿な日本の夏でも快適に過ごせるようにと開発チームが4年を超える年月をかけ、身体を張って開発した努力と汗の賜物なのです。
もっとも特徴的なのが、衣服内のムレを軽減し快適に保つ「ACTIBREEZE™(アクティブリーズ)」という独自のテクノロジー。これにより、暑い夏の日でも汗などの湿気を衣服の外に逃がすことで快適に過ごせるようになっています。
今回のビギニンではそんな魔法のようなテクノロジーを生み出した松本さん・小西さんに開発の裏話を伺ってきました。
今回のビギニン
アシックス ACTIBREEZE™ 開発メンバー
松本竜文(左)・小西壮一郎(右)
左:スポーツ工学研究所 スポーツコンテンツ研究部 機能テキスタイル開発チームに所属する松本さん。アシックス一筋23年。学生時代は野球やラグビーに明け暮れるスポーツ少年だった。「選手として1番になれないなら道具で選手たちをサポートしたい」というアツい想いを胸に入社。
右:アパレル・エクィップメント統括部 プロダクトマネジメント部 ランニング・トレーニングPMDチーム所属の小西さん。ファッションアパレルの業界で5年ほど働いた後、2009年にアシックスへ入社。サッカー部だった学生時代に愛用していたのがアシックスのスパイクで、それが入社の決め手となったそう。
idea:
高温多湿な日本の夏を快適に過ごしてもらうには
アシックス スポーツ工学研究所内に展示されるかつての国立競技場のトラックの一部。
「Anima Sana in Corpore Sano(もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ)」。これは帝政ローマ時代の風刺作家ユベナリスの言葉。この言葉に感銘を受けた創業者・鬼塚喜八郎は本格的なスポーツシューズの製造に乗り出しました。ちなみに社名の「アシックス」はこの言葉が由来となっており、頭文字をとって「ASICS」としています。
以来1968年国際大会のマラソンで銀メダルを獲得した君原健二選手が着用した「マジックランナー」や、女子陸上で初めての金メダルを獲得し話題となった高橋尚子選手が着用した「マラソン ソーティJAPAN」など選手の活躍と共に数多くの名品を生み出してきました。
そんな同社がオリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーシップの権利を得たのが2015年のこと。リオデジャネイロのオリンピックが終了し、いよいよ本格的に2020年の東京大会に向けてプロジェクトが動き出していきます。
「”一番暑い夏の時期”にどうやって代表選手団をサポートしていくのか。まずそこからプロジェクトがスタートしたんです」と話してくれたのは今年で入社13年目の小西さん。現在はグローバルで展開しているメンズトレーニングアパレルの商品企画を担当しています。
「日本の夏はただ暑いだけでなく、湿度も高いので不快に感じてしまう人が多いと思うんです。そんな独特の湿気がある暑さの中で、代表選手の皆さんは長時間着用し続けないといけない。快適に過ごしてもらうにはどうすればいいのか、清涼感をどうやったら感じてもらえるのかに着眼点を当てて開発をすることになりました」。
trigger:
わからないのなら、実際に走ってみよう
「本当に何が重要なのかわからない状態だったので、まずは素材メーカー各社からいろんな種類の生地を集めるところから始めました」。そう話し始めたのは入社23年のベテランで同社のスポーツ工学研究所に勤める松本さん。
吸汗速乾に特化したもの、接触冷感素材、吸湿性または通気性が優れるものなど…。集めた数は各社の最先端素材20種類以上にも及びました。それぞれの生地を使ったテスト用のTシャツやポロシャツを持って開発チームは当時はまだ建設中だった国立競技場に向かいました。
スポーツ工学研究所の敷地を1周するトラックを軽快に走る2人。さすがはスポーツメーカーの社員だ。
オリンピック本番の環境に極力近づけて、持ってきた20種類超のTシャツを開発チームの皆で着用し、センサーを使った計測はもちろん、各人が感じたことを取りまとめていく…。連日30℃を超える2017年の東京の夏、そんな身体を張った実験を地道に行なっていったそうです。
こうして導き出した答えが「通気性の高いものが、一番快適に過ごすことができる」というもの。
「着比べテストを走る前は、接触冷感の素材が一番よいのではないかと考えていましたが、走ってみると一時的に涼しいだけになってしまう。”長時間着用してもずっと快適であること”を前提に考えていった結果でした」と小西さん。
では、通気性を高めるにはどうすれば良いのでしょうか。
「生地全体の通気を良くすればもちろん涼しくなりますが、透けてしまうだけでなく、涼しい場所へと移動をすれば寒く感じて、今度は逆に身体を冷やしすぎてしまう。どこをどうすれば着た人がより快適に思ってもらえるのかを考えていくことになりました」
松本さんは頭を悩ませつつも、ここから本格的な製品の開発をスタートさせていきます。
後編:日々繰り返す実験。そしてオリンピック延期 に続く






1年を通して衣服内のムレを軽減し快適性を保つアシックス独自のテクノロジーを生かした製品シリーズ。「アシックスボディサーモマッピング」に基づく高通気構造デザインとしなやかな吸汗速乾素材の2つの機能を融合させ、スポーツシーンだけでなく日常のシーンでも快適に過ごしやすいように設計されている。ACTIBREEZEジャカード半袖シャツ5500円(税込) ACTIBREEZEジャカード長袖シャツ6000円(税込 ※7月下旬発売予定)
(問)アシックス
https://www.asics.com/jp/ja-jp/mk/training/actibreeze
写真/中島真美 文/小佐田莉沙