シップス×Begin

金楠水産 樟 陽介さん

時代のニーズや変化に見事に応えた優れモノが、日々私たちの周りでは続々と誕生しています。そんな心を踊るアイテムは、どのようにして生み出されたのか? 本連載「ビギニン」では、そんな前代未聞の優れモノを“Beginした人”を実際に訪ね、その誕生の深層に迫ります。目からウロコな制作秘話やモノ作りに込められた思いを、まっすぐに紹介していきます。

金楠水産

じつは日本人とたこには長い歴史があります。弥生時代の遺跡から“たこ壺”に使われた土器が大量に発見されるなど、2000年以上前から日本ではたこが常食されていました。そのルーツの一つと言われるのが兵庫県の明石市です。現在、日本は世界全体で取れる漁獲量の約60%を消費している“たこ大国”ですが、明石海峡の激しい海流と豊富なエサで育った「明石だこ」は日本一の人気を誇っています。今回のビギニンは、そんな明石だこと100年に渡って向かい合ってきた老舗水産加工品メーカー「金楠水産」が舞台です。

今回のビギニン

金楠水産 樟 陽介さん
金楠水産 樟 陽介

1986年生まれ。兵庫県明石市出身。大正10年創業した水産加工品メーカー「金楠水産」の4代目。高校卒業後、築地市場の仲買「株式会社 山治」で6年間修業。魚の基礎を学んだ後、2011年、家業である金楠水産に。看板商品である「明石だこ」をメインに魚食文化の普及に尽力する。一男一女の父でもあり、休日は家族と過ごすのが楽しみ。

idea:
築地での修行を経て明石だこの凄さに気づく

タコ

交換した名刺には「たこ匠 Octopus Master」の肩書きが記されていました。金楠水産の四代目として明石だこの魅力を伝える樟さんが、たこに目覚めたのは十代後半のことでした。

「高校を卒業して築地の市場で働いたんです。『外の釜の飯を食ってこい』って感じで修行に出て、そこで初めて明石の魚やタコの美味しさを知ったんですよ。小さい頃から魚はたくさん食べていたし、父親が水産加工の仕事をしているのもわかっていたんですが、それが普通だと思っていました。で、外に出てみると比較対象がいっぱいあって、技術の差を見て実家のたこはすごいと感じたんです。築地では6年ほど働いたんですが、金楠水産に戻って、さらにいろいろ知れば知るほど『これはもっと伝えないといけないし、評価されるべきだ』と考えるようになりました」

九州産のたこ
内臓を取られ、サイズごとに分けられた九州産のたこ

実際、金楠水産の加工技術は同業者も認めるところで、取材時も九州産のたこが茹でられていました。いわば“茹での外注”で、茹で上がったたこは再び九州に送られるとのこと。プロにも選ばれる金楠水産ですが、美味しさの秘密はどこにあるのでしょうか?

美味しさの秘密、塩揉みの様子。結晶がランダムな粉砕塩を一匹づつ丁寧に塗り込んだらたこ専用の塩揉み機に投入する。一回の量は100〜180キロで、要する時間は1回あたり1時間くらい。多い日だと3トンの塩揉みをするそう。たこをサイズごとに10くらいに分け、ムラにならないよう大きいものから順に入れていく。たこの吸盤には薄い皮があり、一つ一つ取り除く必要があるのだが、たこ同士がぶつかり合うことで自然と取れる。樟さん曰く「たこはたこで洗うのが一番」だとか。ちなみに家庭で初心者が手作業で塩揉みすると、2〜3時間かかってもぬめりが取りきれない。

「たこを茹でる際、最も重要なのが“塩揉み”と呼ばれる作業です。この工程で、たこのぬめりや汚れを取り、同時にたこに含まれる水分を調整します。水が抜けると、旨味が凝縮されるんですが、やりすぎると硬くなり味が落ちてしまう。程よい水加減は、たこや季節によって日々変わるので、目で見て触って確認する必要があるんです」

塩揉みのやり方は加工所によってさまざまあるそうですが、金楠水産ではまず、たこをサイズ別に分け、粉砕塩を一匹ずつ手作業で揉み込みます。それを洗濯機のようなたこ専用の塩揉み機に投入。

「父親の代からこのやり方に変えました。それまでは他のメーカーさんと同じように、塩を塩揉み機にどさっと入れてあとは待ってるだけでした。そのほうが遥かにラクなんですけど、一匹一匹に塩が当たらず、どうしても塩加減にムラが生まれるんですよね」

たこを投入後も、樟さんは機械の前を離れず、常に状態を確認しながら水を調整します。これが金楠水産のスタイルです。

塩揉みには熟練の判断が必要で、金楠水産でも、この作業に当たるのは社長(樟さんの父)と工場長と樟さんに限られるそう。このように、たこを一匹づつ手作業で塩もみしているのは、たこの加工業者がひしめく明石のなかでも、金楠水産だけだといいます。

「このたこをもっと広めたい」

そんな思いから、樟さんの挑戦が始まります。

trigger:
茹でたての明石だこ、本当の味を届けたい

九州のタコ
茹で上がったらすぐに氷水で締める。

創業から100年間、「どうすれば、もっと美味しくなるか」を考え、たこと向き合ってきた金楠水産。細かい調整やアップデートは日々行われています。

「塩加減や揉み具合を確認するため、毎回、茹でたてのたこの味をチェックするんですが、めちゃくちゃ美味しいんですよ。一般的なたこを“プリプリ”と表現するなら、金楠水産のたこは“さくッ→ぷりりっ、ぷりりっ”って感じ。吸盤や皮の弾けるような歯ざわり、弾力に富んだ筋肉質の歯ごたえ、そして噛むほどに溢れ出す旨味。これこそが僕たちが考える本当のたこなんですが…残念ながらスーパーや小売店に並ぶ頃には、茹でたてのこの瞬間の味は少し損なわれてしまっているんです」

そこには塩揉みの他にも重要なファクターが存在すると言います。

林崎漁港
金楠水産のすぐ近くにある林崎漁港

「明石ダコが美味しいと言われるもう一つの理由は鮮度管理が行き届いてるからなんです」

言われてみれば、金楠水産と漁場は目と鼻の先。夏の最盛期になると水揚げから数分で加工場へ運ばれ、金楠水産の冷蔵庫で保管され、程なくして茹でだこになると言います。

「明石だこの魅力は、海の環境や餌が良いのはもちろんなんですが、漁師や港の職員の鮮度管理があってこそ。それを最後、どこまで高めて提供できるかっていうのが自分たちの仕事だと思ってます」

どうすればその瞬間の美味しさを伝えられるのか。本来の食感と歯ごたえを味わってもらうには、鮮度が最も高い当日の茹でたてを提供するほかない。そう考えた樟さんは、茹でたてのたこを工場で真空パックにする商品を思いつきます。

「クラウドファンディングを使い、予約注文をとって販売する形でやらせてもらいました」

海から上がったたこをすぐに茹でて美味しさを閉じ込めた金楠水産の茹でだこは、大好評を博します。しかし、それも普段、加工場で味見しているものには及ばない…。まだまだ伸びしろがあると考えた樟さんは次なる一手に打って出ます。

美味しいたこを届けたい、その一心から生まれたアイデアはまさにコロンブスの卵ともいうべき逆転の発想でした。果たして、どんな方法だったのか。後編に続きます。

後編:「100年の茹でをオープンにする」に続く

あなたが茹でる明石だこ(生・足2本・200g)
茹でていない生の明石だこを真空パック。塩揉みなどの一流の下処理は済んでいるため、あとは同封された秘伝の茹で方手順書に従って家庭で最高の茹で上がりを目指そう。きっとたこの常識が変わるはず。1杯約1kgの特大サイズの足が2本分。水揚げが最盛期となる6〜8月は冷蔵も販売。2376円(税込)

(問) 金楠水産
https://kanekusu.com/
https://shop.kanekusu.com/products/detail/27


写真/中島真美 文/森田哲徳

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