THEのTHE 醤油差し

時代のニーズや変化に見事に応えた優れモノが、日々私たちの周りには続々と誕生しています。そんな心を踊る進化を遂げたアイテムは、果たしてどのようにして生み出されたのか? こちらの連載「ビギニン」では、そんな前代未聞の優れモノを“Beginした人”を実際に訪ね、その誕生の深層に迫ります。目からウロコな制作秘話やモノ作りに込められた思いを、まっすぐに紹介していければと思っています。ビギニンの発想、言葉、生き方に触れれば、そのモノがより魅力的になるだけでなく、きっと私たちの生活のヒントになるでしょう。

突然ですが、皆さんが今使っている醤油差しのキレはどうでしょう? 刺身や卵焼きを食べる際、醤油でテーブルを汚してはいませんか? 藪から棒に何故こんな質問をしたのかといいますと、連載2回目の今回登場するビギニンが、そんな日常のストレスを解消する“全く液だれしない”「THE 醤油差し」の生産を一手に請け負う、北洋硝子の工場長だからです。

さて、“これぞ”と呼べる新定番を生み出し、定番と呼ばれる品の基準値の底上げを図っているブランド「THE」の依頼により開発がスタートしたその醤油差し、液だれしないということのほかにもう一つ、通常の醤油差しとは異なる特徴を持っています。それは“クチバシなしの滑らかなボディ”であるということ。現代の食卓にも違和感なく馴染むスタイリッシュなデザインも注目すべき特徴の一つです。

その生産過程を見学するため取材アポを取ったのは、東北新幹線の終点、新青森駅から車で10分とかからない場所にある、北洋硝子の工場。年季の入った佇まいで我々の高揚感を高めてくれる現場に到着すると、今回のビギニンは、挨拶も早々に津軽ならではの柔らかなイントネーションで工場案内から制作秘話まで懇切丁寧に教えてくれました。初回に続き、今回も前編と後編の2部に分け、その内容をしっかりお伝えしたいと思います!

今回のビギニン

北洋硝子 工場長 中川洋之 氏
北洋硝子 工場長 中川洋之 氏

約35年前、北洋硝子に入社。色の調合や硝子の溶融からキャリアをスタートし、2012年にはその高い技術力が青森県から認められ、製造業の振興、技術の継承、人材育成を通じてものつくりの基盤技術を支える優れた技術者である“あおもりマイスター”に認定される。現在は同社の工場長として現場を取り仕切る。趣味の釣りでは7年越しの思いが叶い、先日見事マグロを釣り上げたんだそう。

idea:
見たことのないカタチの依頼に応えようと考え抜いた

北洋硝子

最も醤油差しらしい醤油差しを、現代のライフスタイルにも上手く溶け込むようなデザインで作りたいと考えた“THE”の人たち。そのアイデアを実現してくれる工場探しは、全国各地で販売されている、およそ40もの醤油差しを実際に検証するところから始まりました。使用感や美しさに対して徹底的に研究を重ね、「ココしか出来ない」とその技術に惚れ込みアイデアを持ち込んだ先が、北洋硝子だったのです。

(ABOUT北洋硝子)

北洋硝子の外観

北洋硝子は1949年に青森市で創業した、青森県の伝統工芸品にも指定されている“津軽びいどろ”の生産工場です。従業員の多くは青森市出身者で、その中には青森県伝統工芸士が3名在籍しています。全国的にも有名な“ねぶた祭”など、県の行事や四季を豊かな色使いで表現した硝子製品は、多くのメディアで取り上げられ日本だけでなく世界からも注目を集めています。

原点は漁業で使用される浮き玉

そんな北洋硝子製品の原点となっているのは、漁業で使用されるガラス製の浮き玉。大小様々なサイズがあり、1973年には国内でトップのシェアを誇っていました。プラスチック製品が主流になる中で、花瓶などの工芸品の生産にその事業を拡大。現在は9種類もの生産技法を駆使しながら、主に食器を中心とした硝子製品を展開中です。

“THE”から届いた醤油差しのデザインは、誰もが思い浮かべることができる定番の形、“赤い蓋”の醤油差しの形状を参考にしたもの。ただしその図面には、注ぎ口である“クチバシ”を排除するという、今までにないアイデアが盛り込まれていました。“シンプルでスタイリッシュ”であることは、醤油差しを現代の食卓に馴染ませ、不自由なく使えるための絶対条件、それが“THE”のモノづくりに対するこだわりでした。

もとより切れ味のいいクチバシ付きの醤油差しを販売していた北洋硝子。当時から工場長を務めていた中川さんも前例のない要求に困惑。

「自分たちが作っている製品より優れているものは、新たに生み出せないという固定観念がありました。」

それでも“THE”からの度重なる熱い要望に「こんなのできるかな……」と半信半疑のまま、製作をスタート。そう、この醤油差しの誕生ストーリーは始まりから決して平坦なものではなかったのです。

trigger:
経営判断として一度はあきらめたが、現場は反発

北洋硝子の工場内

そんな不安な気持ちを抱えたまま、至極シンプルな醤油差し作りがスタート。「圧迫成型」という硝子製品作りの手法(※下記参照)がとられましたが、デザイン案を受け取った際の第一印象の通り、案の定簡単にはうまくいきません。しかも、実はクチバシのない蓋以上に難しかったのが、柄のない器部分の成型でした。「なんとかして意地でも完成させてやろうと思ったが、研究しても研究しても思うように生産性が上がりませんでした。ビジネスとしては赤字だし、どうしようもなかった」。通常の醤油差しに比べ、製品として出荷できる精度の品は同じ時間を要しても半分ほど。中川さんは管理職として「このままでは会社にとって損失になる」と、製作チームに中止を提案。しかしながらその提案に現場は反発、「やりたい!」という声が多数上がったのです。

圧迫成型の流れ

 

1Fから2Fを貫くでっかい炉

北洋硝子の工場内にある炉

硝子の原料を溶かすために構えられている炉は、工場の1Fから2Fを貫通する超巨大サイズ。下部に設置された四方の空気穴から約800度の熱を持った空気が入り、上部の温度を1500度まで上昇させます。炉はその温度を保つため、24時間フル稼動。2Fの工場内は夏場であれば約40度(体感温度は確実にそれ以上!)。数分立っているだけなのに汗がダラダラ流れる状況でしたが、職人たちは慣れた様子で作業をしていました。

どこらへんが難しいの?

ご覧の通り、大変スタイリッシュな見た目をしているこちらの「THE 醤油差し」。末広がりのシルエットは、細い部分と太い部分で厚さを均一にすることが大変難しく、底面を水平にするのもまた困難。彫刻による柄がまったく施されていないのも、ちょっとしたキズや気砲が目立つ原因となってしまいます。それに加えて、蓋が本体に嵌合(かんごう=軸と穴がはまり合うこと)する部分の作業も難航。研磨する際、クチバシがないために醤油差しを固定することもできませんでした。

様々なアイデアを取り入れながら、職人たちと一緒に試行錯誤を繰り返すものの、やはり案ずるより産むが易しとはいきません。そのような困難な状況に粘り強く立ち向かい、見事完成へと漕ぎ着けるまでに一体どれくらいの月日を重ねたのか。後編では、現在も製作に携わっている二人の職人にもお話を伺いながら、完成までの道のりに迫ります。

THEのTHE 醤油差し

THEのTHE 醤油差し
美しく、かつ絶対に液だれしない醤油差し。全てのパーツには、ガラスの中でも特に透明度の高い「クリスタルガラス」を使用している。実容量は、鮮度が落ちないうちに使い切ることができる80mlに設定。底が厚く、倒れにくい設計になっているのも◎。Φ(底部)47×H113mm。3500円。(デザイン:PRODUCT DESIGN CENTER)

(問)
THE SHOP SHIBUYA ☎ 03-6452-6221
THE 公式サイト https://the-web.co.jp

※表示価格は税抜き


写真/宮前一喜 文/妹尾龍都

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