特集・連載
スケスケドリンクと透明消しゴムが行列をつくる理由【文房具グルメvol.9】
文房具マニア・ヨシムラマリの文房具(グ)ルメ 国内外のブランドがひしめき、文房具大国といわれる我が日本。高級品が威厳を放つ一方で数百円の筆記具がイノベーションを起こすなど、貴賤上下の別のない世界はラーメン店がミシュランの星を獲得するニッポングルメと相似関係にあり。というワケで、文房グルマンのイラストレーター、ヨシムラマリ氏がその日の気分とお腹のすき具合でさまざまな文房具を食リポしちゃいます。描き下ろしイラストとともにご賞味あそばせ! この記事は特集・連載「文房具マニア・ヨシムラマリの文房具(グ)ルメ」#09です。
“味”と“色”が必ずしもイコールでなくなったのは、はたしていつ頃からだったかと、「い・ろ・は・す みかん」や「ヨーグリーナ&サントリー天然水」などの、いわゆるフレーバーウォーターと呼ばれる清涼飲料水を手にとるたびに思う。
私が子供の頃には、少なくともジュースには“味の色”がついていた。柑橘系ならオレンジ、りんごなら黄金、ぶどうなら紫、ヨーグルト系なら白と、色を見れば飲まずともある程度は味の想像がついたものだ。それが今では、すっかり“透明”の占める割合が大きくなった。コンビニなどで「水!水!」と思ってあわてて買うと、口をつけてから「甘ぁ!」となることもしばしばで、私のような慌て者には慎重さが求められるご時世である。
フレーバーウォーターがヒットした背景には、日本人の「余分なものが入っていないもの」や「スッキリしたもの」を好むという性質があるといわれている。しかしまさか、飲料に続いて“透明化”でヒットするのが“消しゴム”になるとは、どんな経済アナリストも想定していなかったに違いない。
シードから発売された透明な消しゴム「クリアレーダー」は、まさに今夏の文房具業界の話題の中心であった。7月に発表されるや否やSNSで瞬く間に拡散し、8月に大阪で開催された「文紙MESSE」の新製品コンテストでは、発売前にもかかわらずデザイン部門の最優秀賞を受賞。9月に入っていよいよ発売!となってからも各地において大人気で、品薄の状態が続いているとのこと。
だって、ねぇ。誰も想像すらしていなかったから。消しゴムが透明になるなんて。
厳密には、今までも透明な消しゴムというものがまったく存在しなかったわけではない。だが、どちらかといえば実際に使うというよりは見て楽しむものであり、ファンシー雑貨の一種という印象だった。クリアレーダーは見た目も性能もまさに実用品であるという点で、これまでの透明消しゴムとは一線を画している。
私自身、「透明な消しゴム=消えない」というイメージが強かったので、初めてクリアレーダーを手にしたときには、透明な見た目と、普通の消しゴムとしての使い心地が生み出すギャップを脳が処理しきれず、思わず笑ってしまったほどである。
この際だからハッキリいってしまうが、消しゴムが透明である必要がどこにあるのかと聞かれれば、「必要はない」と答えざるを得ない(一応、「消しているところの字が見やすい」などと理由をつけられなくもないが)。ただ、“消しゴムが透明である”という事実が、ただそれだけのことが、私たちの心をとらえて離さないのである。
一体なぜだろうと考えていたときにふと思い出したのが、冒頭のフレーバーウォーターと私の出会い、1990年代後半に「ヒューヒュー」のフレーズで大ヒットした「桃の天然水」のことである。多感なティーンエイジャーだった私たちは、学校帰りのコンビニでCMを見て知った「桃水」を買って、「水なのに桃の味がする」というただそれだけのことで、大騒ぎしながら大爆笑したものだ。
今でこそ“透明の水に味がついている”のは当たり前になってしまったが、そうだった、あの頃はそれだけでおもしろかったんだった。「思ってたんと違う」という“いい意味での裏切り”は、水であろうが文房具であろうが、脳にとってはある種の快感なのだ。
さすがに、コンビニの冷蔵ケースのように、文房具店の消しゴム売り場が透明化する……ということはないかもしれないが、クリアレーダーは「消しゴムといえば色がついているもの」、「不透明なもの」と思い込んでいた私たちにとって、実に刺激的なアイテムであることは間違いない。
100円(クリアレーダー100)、150円(クリアレーダー150)
http://www.seedr.co.jp/eraser/clearradar.html
※表示価格は税抜き
ヨシムラマリ
神奈川県出身。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。現在は会社員として働くかたわら、イラスト制作や執筆を手掛けている。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)。