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危機感の服/【COVEROSS】と語るミライ服vol.2

OpenAIがChatGPTを公開して以降、急に身近な存在となったAI。ナノテクノロジー、コールドフュージョン、タイムトラベル……。先端技術が今、実際のところどこまで進んでいるのか、研究者でもない私たちが知る機会はなかなかない。
一方、私たちが毎日着ている「服」も、最近ずいぶん進化しているような気もするが、相変わらず夏は暑く、冬も外へ出たくない。洗濯も面倒だ。しかし、もう少しすると35℃の真夏でも快適にゴルフができて、氷点下でも外出がしたくなる、しかも洗濯不要! そんな服が当たり前になるかもしれない。
そんな“新しい当たり前”を作らんとするブランドが、機能服のテクノロジーを日々前に進め、ファッションだけでなく産業界や行政からも話題を集めている「COVEROSS®(カバロス)」。我々の「衣」がこの先どこに向かって、今はどこまで来ているのか? Beginは密着取材を通してカバロスに聞いてみることにした。

密着取材するのは……

hap 代表取締役社長 鈴木 素さん

繊維商社に7年間勤めた後、2006年に「hap(ハップ)」を設立。アパレル製品のOEM等を手掛けながら、世界初の快適多機能素材「COVEROSS®(カバロス)」シリーズを開発する。2023年1月には、さまざまな機能性をカスタマイズしながら付与・除去できる後加工技術を駆使した「カバロスのサーキュラーファッション」が第11回技術経営・イノベーション対象【内閣総理大臣賞】を受賞。座右の銘に「一日一生」。

取らなきゃ世界に取り残される!?
グローバル認証の大切さを知る

我々が密着取材する「カバロス」は、後加工によって布地や洋服へさまざまな快適機能を付与できるテクノロジーの名称であり、ブランド名でもある。前回のVol.1(10の機能を持つ服)では加工や薬剤にスポットを当てその先進性を説いたが、今回はもう1つ、そのテクノロジーを通じてカバロスが実現しようとする「サーキュラーファッション」や、取得を進める「グローバル認証」について、カバロスを手掛けるハップの鈴木社長と、共同研究を行っている信州学部繊維学部の学部長を務める村上 泰教授への取材を交えてフォーカスしたい。

ミライ服 共犯者 No.3

信州大学 繊維学部 学部長 村上 泰さん

工学博士。2007年に信州大学の教授となり、2024年、繊維学部長に就任。国内唯一の繊維学部のトップとして、世界の繊維分野に貢献できる人材育成に邁進。繊維業界が直面する環境問題の解決にも心血を注ぐ。

サーキュラーファッションとは、近年注目を浴びる「サーキュラエコノミー(循環型経済)」のファッション版というべき概念だ。大量生産、大量消費を伴う従来の「原料→生産→使用→捨てる」という一方通行のファッションの消費モデルでなく、廃棄物や汚染を可能な限り抑え、製品や素材を使い続け、「循環させることで、自然の再生を促す」のがその目指すところである。目指す先には、人権への配慮を通じた持続可能な生産活動の構築も含まれる。 2022年1月、フランスでは企業が売れ残った新品の洋服を償却したり埋め立てるなどして廃棄することを禁じた、衣類廃棄禁止法が施行。売れ残った洋服に、リサイクルや寄付が義務づけられたのも記憶に新しい。

詳細は別の機会に述べるが、カバロスが持続可能なオーガニックコットンを重用するのも、衣服へ機能性という高い付加価値を与えるのも、薬剤を最小限に抑える技術を確立したのも、サーキュラーファッションの実現と密接な関係がある。その重要性にいち早く気づくことができたのは、ハップが環境先進国であるフィンランドに拠点を設けていた(2024年3月まで)ことも大きいという。

ハップは2019年から2024年3月にかけてフィンランドに研究開発拠点を置き、フィンランドのサーキュラーエコノミー開発団体「telakeju」に日本企業で唯一加盟していた。

ファッションのビジネスに携わるうえで、ヨーロッパではこうした概念が必要不可欠なものとなっていると村上教授はいう。

「環境に配慮した生産を行うのは、いまや当たり前。エビデンスを示すのも常識となっていて、これが示せないとグリーンウォッシュといわれ糾弾されてしまいます。そして、エビデンスを示すのに重要となるのが『グローバル認証』です」

認証とは、平たくいえば第三者の機関によって“この企業は人権や環境に配慮した経済活動をしていますよ”というお墨付きのこと。
「GRS認証(※1)」、「GOTS認証(※2)」のグローバル認証が代表的であり、ハップ鈴木社長の言葉を借りれば、「これからの時代はグローバル認証がないと世界に出て勝負ができない。認証はパスポートや運転免許証みたいなものになる」とのことだ。

※1 “Global Recycled Standard”認証の略語。リサイクル原料の含有率や、生産に不適切な化学物質を用いていないか、従業員を不当に扱っていないかなどを厳しく検証する。
※2 ”Global Organic Textile Standard”認証の略語。オーガニック繊維やそれを用いた製品について、その含有率や、非オーガニック製品との混合や汚染がないかなどのプロセスが厳しく検証される。

ハップは現在、GRS認証、GOTS認証の双方の取得に向けた申請を行っている最中だが、日本ではまだまだ申請する企業が少なく、認証取得が進まない現状があると村上教授は続ける。

「申請が煩わしかったり費用が掛かるのも認証取得の進まない理由ですが、そもそも日本から世界へ輸出している企業が少ないんです。日本だけでビジネスをするならまだ大丈夫とはいえ、これから先、どんどん人口が減り規模が縮小してきたら、日本の繊維業界はどうなるのか。率直に言って、そのときではもう遅いという危機感をもっています。認証がない時点でヨーロッパの企業とは取引してもらえませんから」

ちなみに、グローバル認証には、メーカーや紡績工場、縫製工場といった生産する「企業」にまつわる認証と、「製品」にまつわる認証という2つの側面があり、後者、製品にまつわる認証を取得するには、「関わるすべてのサプライチェーン」が認証を取得していなければならないという。だからこの先、日本の繊維業界が世界で勝負をしていこうとなると、メーカーのみならず工場にいたるまで認証を取得する必要がある。ところが、細かい例を1つ挙げれば、廃水を産業用とトイレで分けなければならないなど、古くからの設備を使う事業者にとっては決して低くないハードルがあったり、となかなか進まないというのが実態なのだそうだ。

「認証は、積み重ねによって得る作業。一気にやろうとしても難しいから、いま着手しないと日本は手遅れになる。世界情勢に照らし合わせれば、最後のチャンスだと思っています」というのが村上教授の見立てである。だからこそ、カバロスに、ハップに期待しているのだと村上教授は熱を込める。

「鈴木さんはいろいろなことに好奇心旺盛で、知りたいというだけでなく実現させようとする力がある。ぜひいろいろな人を巻き込んで“世界を変える”原動力になってほしいと思っています」

研究者と二人三脚で進める
産学連携のモノづくり

なお、ハップが共同研究を行う信州大学 繊維学部には「Fii(ファイバーイノベーション・インキュベーション施設)」という建物がある。ここは信州大学の研究者が企業の製品開発をサポートする、繊維に特化した産学連携の場。ハップもここにラボラトリを構え、前出の村上教授や、後に紹介する上條教授らとともにさまざまな研究を行っている。ちなみにハップの鈴木社長は、2024年4月より信州大学繊維学部の特任教授を務めていたりもする。

施設内には、試作に用いる撚糸機や織機、編み機などの繊維や服作りに欠かせない各種機械が並び、“試作から評価”までがスムーズに行えるようになっている。極めて専門的な装置も備え、部屋のなかには“完全無響室”なんていう、音の反響を最小限にした部屋もある。
余談だが、カバロスでは布をスピーカーにした“奏でる服”の開発も行っているのだそうだ。洋服のミライには、我々が想像するナナメ上を行く驚くべき機能が備わっているのかもしれない。

完全無響室。中で会話すると音が全然響かない違和感に驚く。なお隣の部屋は反響が響き渡る残響室になっていて、2室の組み合わせによって繊維を用いた遮音材料や吸音材料などの試験が行われているという。

人が最もリラックスできる!
感性工学が導く皮膚温度+2℃の服

2023年の11月13日(水)〜14日(木)の2日間、金沢にある石川県産業展示館4号館にて「北陸ヤーンフェア2024 サステナブルな繊維の未来〜新たな絆へ〜」と題したイベントが催された。ハップと共同研究を行う信州大学 繊維学部もブースを出展。ミライ服の一端が垣間見える展示を行っていた。技術が実装されるのは少々先とのことだったが、研究を行う「感性工学」の専門家である上條正義教授の言葉とともに、その様子をダイジェスト的にお伝えしたい。

ミライ服 共犯者 No.4

信州大学 繊維学部 教授・副学部長 上條正義さん

工学博士。先進繊維・感性工学科 感性工学コース所属。2009年より現職を務める。主な研究分野は、感性工学、感性計測。衣服の着心地やベッドの寝心地など、“心地を人に伝わるコミュニケーション情報とするための計測技術の開発”等に注力する。

そもそも「感性工学」とは何であるか? その道のパイオニアである上條教授は、次のように解説する。

「感性工学は英語ではKansei Engineeringといわれ、1986年に自動車メーカー『マツダ』の社長をされていた山本健一さんが初めてこの言葉を使ったとされています。性能や品質にプラスαした、“人に訴えるモノづくり”をするにはどうすればいいのか?を追求するのが感性工学。服づくりでいえば、“アナタが着るのだから、ここをこうしたほうが気持ちよく着られますよね”というように、着る人への思いやりを製品へ埋め込んでいくのが、感性工学的なアプローチといえます」

そして、感性工学を数値などのデータとして可視化するのに用いるのが「感性計測」。感性という目に見えないものを人に納得をしてもらうためには「評価」が必要であり、評価を得るためにさまざまな計測を行うというわけだ。

そんな感性工学にまつわる知識を踏まえたうえで、信州大学繊維学部の展示ブースで注目を集めた、“リラクゼーションを誘発するスマートウェア”をご覧いただきたい。

ハップと信州大学繊維学部、ヒーター生地などのスマートテキスタイルで知られる三機コンシスの共同開発によるこのウェアは、通電により発熱するニット生地やセンサーを用い、人間の上腕、前腕、太腿、ふくらはぎを「皮膚の表面温度+2℃」に温める機能を備えたミライ服だ。テクノロジーについての解説は別の機会に譲るが、開発には感性工学および感性計測の手法が用いられているという。上條教授は語る。

「リラックスの評価にあたっては、まずどの温度になったとき人は一番心地よく感じるのか?という調査を行いました。ただ、人間はときに判断できない場合もある。だから、温度の変化によって心拍数や脳の血流にどんな変化が生じたか?の生理反応についての計測も、併せて行います。これにより、副交感神経が優位に働いているかどうか、リラックスしているかどうかがわかるんです。それで温度刺激を入力、結果として生理反応がどう変わるのか?を出力として計測し、何度が最もリラックスできるかを調べた結果、皮膚温度+2℃であるとの評価が導かれました」

カタチのない文系属性である感性と、理系属性であるデータ──。鈴木社長曰く、カバロスというブランド名には「相反する」という意味が込められているというが、これら両極の要素が融合して生まれるこのウェアは、じつに“カバロスらしい”存在といえる。

展示されたスマートウェアを羽織るスタッフ。スイッチを入れると導電性のあるニット生地が発熱してじんわりと温かくなる。洗濯もできるという。

ちなみに、取材したスタッフが実際にこの服を羽織り皮膚温度+2℃の世界を体験してみたが、優しくハグをされているようなそんな気持ちになった。じんわりと温かく、たしかに落ち着く。脱いだあとに、ちょっぴりさみしい気分になったのはナイショである。

さて、前回(Vol.1)と今回の2回を通じて、カバロスのさわりをお伝えしてきた。カバロスが目指すミライ服の全貌はまだまだこれから。次回は、洋服の後加工サービス「カバロスランドリー」。拠点へ潜入してその秘密に迫る。

問い合わせ先/カバロス
https://coveross.jp/
info@hap-h.jp

※表示価格は税込みです


写真/田邨 隼人 中島真美 文/秦 大輔

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