「冷たい水にも溶けて汚れを落とす洗剤を作って欲しい」。その一言で始まった洗濯洗剤の研究。洗剤なんて今まで作ったこともなければ知見も持っていなかった木村さん。せっかくやるなら「環境にやさしくて、汚れも落とす洗剤を作りたい!」。タンカーから流出した油をどのように分解するかの研究を経て、ついにすずきが1回で済む洗濯洗剤「海へ…」の開発と販売に成功します。そして、もっと海へやさしいものを目指して「すすぎ0回」洗剤の開発に挑戦していきます。
今回のビギニン
がんこ本舗 代表 木村正宏さん
愛媛県出身。子どもの食の貧困を解決するために東京農業大学に進学、経済地理学について学ぶ。大学卒業後はJAに就職、農業機械開発の部署を立ち上げ、7年間で6種類の開発を行った。学生時代から登山を行い、クライマー兼環境活動家としても各種メディアで取り上げられた経験を持つ。富士山8合目にある富士山天拝宮の神主を務めるなど、多岐にわたり活躍中。子どもが大好きで小学校への出張講座も精力的に行っている。愛称は「きむちん」。
Struggle:
革命的な技術を使ってすすぎ0回の洗剤が完成
すすぎ0回の洗剤を開発することを決めた木村さんですが、すすぎ1回とすすぎ0回とでは、難易度が全く別物だったと言います。たどり着いた答えは、生分解できる再付着防止機能を有するポリマーを発見することでした。
ここでがんこ本舗の洗剤のすごさがわかる実験の様子を紹介していきます。
2つあるビーカーの中には水が入っており、それぞれ同じ量のラー油(油汚れ)を垂らします。
攪拌機によって、ラー油が水と混ざっていきます。これは洗濯機を再現しているものです。洗濯機のようにどんどん渦を作っていきます。
ラー油が入っているビーカーの中に洗濯物に見立てた布を投入します。布にラー油が次々に付着し、一瞬で油まみれの布になってしまいました。
ここで一方にがんこ本舗の「すすぎ0回洗剤」を投入。ラー油があっという間に細分化されていきます。
攪拌機を使って洗剤の入った水を混ぜていきます。ラー油まみれになった布は果たしてどのようになっているのでしょうか。
ご覧の通り一目瞭然。がんこ本舗の洗剤を入れたビーカーから引き上げた布は、ラー油の汚れがしっかり落ちています。
色だけ取れただけかもしれないと、念のため触ってみたのですが、ベタベタどころか、ラー油のニオイも一切なし。精油のいい香りがほんのりしました。
まるで魔法のような「すすぎ0回洗剤」。実際は魔法ではなく「極性」が関係しています。布はマイナス(-)に帯電する性質があり、汚れはプラス(+)であるため、布と汚れは本来くっつきやすい性質をもっています。
そこで登場するのが独自に発見したポリマー(多孔質構造物質)です。マイナス(-)の性質を持つポリマーが汚れを包み込むことで、同じくマイナス(-)の布と反発し合い、一度取れた汚れが再び衣服に戻ることはありません。超微粒子化とポリマーによる再付着防止機能により、すすぎ0回が叶うことになったのです。
ここで重要なのが、この再付着防止機能を有するポリマーが生分解しやすいものであるということ。すすぎ0回を実現しても、環境中で分解が遅かったり、または分解が早いものでも多量に使用しなければ機能しないものでは、木村さんの目的は果たされません。
2019年に発売された「海へ…Step」は、国際(OECD)基準で「易生分解」と認定される、”ボトル中の原液が28日以内で 70%以上分解される”という基準に対して、7日間早い21日間で達成。紛れもなく海に優しい、すすぎ0回洗剤となったのです。2023年6月には泥汚れ、帯電防止などの性能がアップした「海へ…Fukii」にアップデート。そして今月、「THE 洗濯洗剤 Think Nature」が、OEMとして初めてのすすぎ0回洗剤としてリリースされました。
家中使える多目的洗剤になる!
がんこ本舗の洗濯洗剤は、食器洗いや風呂、床や窓の掃除にも利用することができます。用途に合わせて水で希釈するだけ。例えば食器用洗剤なら20倍に希釈すればOKです。これ1つで家全体をキレイにすることができるのです。次の実験をご覧ください。
皿に口紅で汚れをつけています。そこへ某食器用洗剤、サラダ油、20倍に希釈したゼロ(すすぎ0回の洗濯洗剤)を垂らします。見た目には変化がないように見えます。
指で口紅とそれぞれの液体を混ぜてみます。左の一般的な洗剤と真ん中のサラダ油は、汚れが皿から浮いてきました。右のゼロは、なんと汚れがポロポロと剥がれ落ちてきます。そして驚いたのはその感触。ベタベタ感がなく、水で洗い流したかのようにサラッとしています。サラダ油はもちろん、某食器用洗剤も油のヌメリを感じます。20倍に希釈してこの分解力、恐るべしです。
Reach:
洗剤のパウダー化と地域の環境活動を支える地域洗剤を目指して
これまで環境にやさしい洗剤のために奮闘してきた木村さん。OEMも含めて、がんこ本舗で手掛けた洗濯用洗剤のシェアがざっくり1%(同社の推計値による)に達していることに気がつきました。大手メーカーがひしめくなかで、それだけ消費者に認められ、売上も伸ばしてきたことを指しますが「そろそろこの辺で辞めなければ」と思ったそうです。
その理由を問うと環境のことを最優先している木村さんらしい回答が返ってきました。
「東日本大震災がきっかけで今は拠点を福岡に移しています。福岡で作って全国に商品を届けるということはCO2を撒き散らすことと同じです。そうではなく、原料を地域に送って作ってもらった方がCO2の排出を減らすことができますよね。だから私たちの洗剤もそれぞれの地域で作れるようにできればと思っています。地域の特色を生かした地域洗剤です! 地域の製造者はただ洗剤を作るのではなく、その地域の環境活動家として自分たちの手で自分たちの街の自然を守っていく」
木村さんはさらに続けます。
「私達は今、がんこ本舗福岡本社がある新宮町の松林清掃とビーチクリーンに力を入れています。防風・防砂の役割を担っている松林ですが、実は手入れが大変なんです。美しい松林を守るために清掃活動を行うと目につくのが、廃棄される大量の松葉、松ぼっくりでした。『拾った松ぼっくりからエキス(精油)を抽出して洗剤にできないかな?』と考え、誕生したのが『新宮町 まつぼっくり洗剤』です。地元の新宮マルシェやがんこ本舗福岡本社で販売していますが、同じように地産地消の洗剤が今後増えていってくれたら嬉しいですね」
企業として利益を得なければいけないことはもちろんですが、あくまで利益は二の次で環境のことを最優先していると語ってくれた木村さん。最後に今後のビジョンについて伺いました。
「私が目指しているのは、子どもたちの衛生環境を守ることです。今でもこの地球上には、水不足と電気のない生活を余儀なくされている地域がたくさんあります。もともと私は子どもたちの飢餓問題をどうにかしたいと思い、大学に進学しましたし、子どもが大好きです。洗剤を作りながらも、そんな子どもたちの未来がずっと気になっていて。電気のない地域でも使うことができるパウダー状の洗剤が必要だと考えています。だから私達の液体洗剤をパウダーにする研究を進めています。パウダー化すれば輸送時のCO2排出も大幅に減らせるんです」
「理想としているのは、洗剤を水に入れたら対流が起こり、洗濯物に触らなくても勝手にきれいになる洗剤です。あとは環境活動家としてビーチクリーンも続けていきたいですね」
環境活動家、洗剤の研究者として第一線で活躍する木村さん。次はどんなことで私達を驚かせてくれるのでしょうか。毎日の洗濯のたびに作り手の顔を思い出してしまう洗剤なんて、初めて出会いました。
がんこ本舗が製造を手掛けるTHEオリジナルの洗濯洗剤。「すすぎ1回タイプ」は2014年の発売以来の大ヒット商品だったが、この度「すすぎ0回タイプ」がついに発売。汚れと界面活性剤を微粒子化するナノテクノロジーを採用することで、一般的な洗濯洗剤の6分の1の量でも優れた洗浄力を発揮する。新たに採用した再付着防止剤の効果により、すすぎ0回でも洗濯可能になった。THEオリジナルの数種類のラベンダーを組み合わせた精油が配合されており、柔軟剤を使わなくても、静謐で爽やか、それでいて印象に残る香りで気持ちよく洗濯することができる。国際(OECD)基準では、ボトル中の原液が28日以内で 70%以上分解されると「易生分解」と認定されるが、これを21日間で達成。紛れもなく海に優しい洗剤だ。油分の再凝集がないため、排水パイプの異臭や詰まりの心配もなくなる。使用量の目安は、タテ型式(水量)30L/ドラム式(洗濯物量)2kgにつき5ml。ボトル(500g)3480円。詰め替え用(450g)2980円。
(問)THE
https://the-web.co.jp/products/the-laundry-detergent-think-nature
(問)がんこ本舗
http://www.gankohompo.com/
※表示価格は税込みです
写真/椿原大樹 文/梨木由美