時代のニーズや変化に応えた優れモノが日々誕生しています。心踊る進化を遂げたアイテムはどのようにして生み出されたのか?「ビギニン」は、そんな前代未聞の優れモノを”Beginした人”を訪ね、深層に迫る企画です。
和歌山県に本社を構える島精機製作所は、ファッション業界で知らない人はいない世界的なリーディングカンパニー。その地位を決定づけたのは1995年に同社が開発した「ホールガーメント®横編機」でした。継ぎ目のない立体的な無縫製ニットを編み上げる史上初の技術で、現在もハイメゾンから国民的カジュアルブランドまで、多くのアパレル企業に採用されています。島精機の名前に聞き覚えがなくても、ホールガーメント®で編まれた製品を手にしたことのある方は多いはず!
島精機がほこるホールガーメント®横編機。無縫製で50万通りの編み方が可能。生地をカットしないので原料のロスも一般的な生産方法と比べ約30%削減できるそう。
会長の島 正博氏は「紀州のエジソン」と呼ばれていますが、イノベーションを生み出す精神は脈々と受け継がれています。今回のビギニンは、そんな島精機が生んだ世界初のリサイクル紙糸「REPAC™ /リパク」を紹介します。
今回のビギニン
岩崎伸哉さん
1992年生まれ。和歌山県出身。島精機製作所に入社して8年目。システムエンジニアとして編み機のソフトウェア開発に従事。2020年、社内ベンチャーの取り組みとして、当時前例のなかった原料にリサイクル紙を使った糸の開発プロジェクト「ReMateri®/リマテリ」に着手する。趣味は写真。商品の物撮りも手がけます。
Idea:
社内ベンチャー制度に応募する
島精機はセーターやニットを作る編み機の開発製造会社。機械の頭脳というべきソフトウェアを開発していた岩崎さんに転機が訪れたのは、2020年のことでした。
「社長発信で何か新しいことにチャレンジしようと社内ベンチャー制度が始まったんです。島精機には『世の中にないものを作る』というテーマが存在します。それに加えプロジェクトには『世の中の困りごとを助ける』という課題が与えられました」
岩崎さんは街中を走るゴミ収集や古紙回収車を見て、人が嫌がる仕事や、捨てられる物からビジネスが出来れば面白いと考えます。
「最初は単純に、紙を回収して何かに繋げられないかと思ったんです。このプロジェクトは段階的な審査が設けられいて、そのなかでだんだんと具体化していきました。1人ではなく2人でやりなさいということで営業の担当者にも手伝って貰うことになったり…。その担当者は編み機も使え、商品サンプルを編んでもらったり本当に幅広く助けてもらいました」
ちなみに、この社内ベンチャー制度には約60件の提案があり、現在、岩崎さんのプロジェクトに加え、和歌山の特産品を取材するECサイトや、英語が学べる小学生のアフタースクールが進行中だそう。
「事業を多角化していく。そういった活動が本業に寄与する部分はあるし、我々も企業の中の一社員として言われたことをやっているだけではダメだと。自ら企画書を書きビジネスとして考える習慣も身につきました」
サラリーマンの方は共感する部分も多いのではないでしょうか。
Trigger:
古紙リサイクルとアパレルの課題を解決する
古紙のリサーチ始めた岩崎さんは、リサイクルの構造的な問題を見つけます。
「国内で回収した紙が行き場を無くしていたんです。日本はリサイクルで集めた紙の20%を海外に輸出していて、その内の7割を占めていたのが中国だったんですね。ネット通販が増え梱包用ダンボールが必要になり、その原料として、中国は日本から古紙を輸入していました。でも全てがリサイクルできるわけではありません。使えない紙も沢山混じっていて、ゴミも一緒に輸入する形になっていた。中国も大量生産大量消費からSDGsやサスティナブルの転換期で、2020年に法規制が行われ、日本から中国への古紙輸出は半分に減ったんです」
中国がクローズした分の古紙は、アジア諸国に振り分けられる形で輸出されていますが、中国以外の国も輸入を減らす方向へシフトしているそう。
「今は、国内循環に切り替えていく調整段階だと思うんです。使えるものを無駄なく再利用するのはもちろん、どのようにリサイクルしていくか新しい可能性も含めて考える場面。2020年はSDGsが注目されるようになり、アパレル業界が多くの課題を抱えていると指摘されていました。古紙で作った糸で服ができたら、リサイクル紙とファッション両方にメリットがある。世の中の困りごと──課題解決の一助になると考えたんです」
当時、古紙をリサイクルした糸は太番手のロープのようなものしかありませんでした。岩崎さんは、アパレルで使える細番手の古紙糸を開発目標に設定します。
一般的な紙糸は、表面に小さい穴が無数あり、同サイズの綿糸と比べ60%ほど軽くなります。穴は水分を吸収し、繊維が長く乾きやすいため、吸放湿性に優れます。生地にすると紙特有のシャリ感が出て、春夏向けのシャツやパンツ、テントの帆布、マット、下着などにも利用されています。
アパレル製品に使う場合でも、紙糸の長所は活かしきりたい。岩崎さんは考えますが、素材選びは一筋縄ではいきません。
「古紙というと、新聞紙やダンボールを思い浮かべられる方が多いかもしれませんが、あれはリサイクルを繰り返した紙の最終形。繊維にダメージが蓄積されているから、糸にすると強度が出ずアパレルの原料としては不向きなんです」
様々な試行錯誤を経て、辿り着いたのが牛乳パックでした。
「日本の古紙回収率は80%を超えていますが、家庭から出た牛乳パックの回収率は30%前後と低く、それに加えコロナで回収を止めたスーパーも増えていて問題になっていると知って。実は牛乳パックって、表裏に貼られたラミネートを剥がすと、新品に近い上質な紙が現れるんです。糸に使っても強度が出せる最適な原料なのに、普通ゴミとして捨てられている。そこで、牛乳パックで糸を作り製品化すれば、回収意識も高まるのではないかと考えました」
というわけで、紙パック糸作りに乗り出した岩崎さんですが、島精機製作所は編み機とソフトウェアの会社。紙も糸も製造経験はなく全ては白紙からのスタートとなりました。
後編:世界初! 牛乳パックの糸でソックスを作ったビギニン に続く
(問)ReMateri®
https://remateri.com
※表示価格は税込み
写真/中島真美 文/森田哲徳