アーバンリサーチ



ここ数年、人々の生活はガラリと変わった。今までの常識は通用せず、メダカのように川の流れに逆らうことも難しく、身を任せざるを得なかったり。葛藤の連続だったように感じる。そんななか、家のなかに一つ、本物の木で作られた一枚板テーブルを置いてみる。すると、なぜだかほんの少し、ホッとするのだから、不思議だ。子供が無邪気に抱き着くように、“木は言葉じゃ表現できない気”を秘めているようだ。鳥取で一枚板テーブルを制作する「鳥ノ木」。一本気に木と向き合う職人さんたちと木を巡り、耳を傾け、香りを嗅ぎ、触れてみる。1泊2日で、一生モノの“気の合う木”と巡り合う、そんな旅を提案します。




「鳥取砂丘コナン空港」(鳥取県は作者の出身地!)に着くと、すでにポツリ……。山陰地方の名のごとく、曇りの日が続き、降水量も多いのが鳥取の特徴だ。日本で一番人口の少ない都道府県は、自然もめっちゃコンパクト! 右を向けば海、左を向けば山という具合に。森の湧き水は、コンビニに鎮座する“どこぞの天然水”よりもバツグンにおいしい。
ところで、鳥取県の観光地といえば? 0.1秒で“鳥取砂丘”と答えるだろう。ボクもその一人。一瞬の晴れ間を狙い向かった鳥取砂丘も、その端から見える海も絶景だが、10分ほどで見納め、そこから車で10分。細~い脇道に入ると……ポツンと一軒家。ここ「鳥ノ木」が、この旅の大トリだ。

「鳥ノ木」は“一枚板テーブル”を制作・販売するショールーム兼ショップ。この場所に1年半ほど前に移転したが、その歴史は30年にのぼる。使うのは、鳥取で育った天然木オンリー。“数百年・数千年”生き続けた木を使い、さらに膨大な時間を費やして(後ほど詳しく!)制作された一枚板テーブルは、驚くほど静かで、力強い。まずは、「鳥ノ木」に携わる2人のキーパーソンに話を聞いた。





そもそも、なぜ建築士をしながら、一枚板テーブルを制作するに至ったのか、単刀直入にその経緯を太一郎さんに聞いてみた。
「兵庫県の建築会社で働いとったんですがねえ、33歳くらいのときに、ある保養所の建設を担当したんです。使用する木は決まっていて、それが120万円~240万円/㎥だった。相場からしたら相当高い! 確かに、一般的にキレイはキレイなんですよ。木の杢目がプリントみたいに均一で、節なんて一切ない。でも、それがどうしても、“ええもんや”て思わんかった。個性がないんです。まだ木が小さいときに、節が出ないよう枝を切ったりして、いわば人が作り上げた“養殖の木”に価値があるっちゅう構造全体に違和感を感じて。それで、すぐ会社を辞めて地元にね。自分で原木から買い付けて、製材所に赴き、適切な価格でお客さんに木の家を届ける。それが、本当にやりたいことやと思ったんです」。
実際に木をちゃんと理解して、建築に携わっている人は少ないらしい。太一郎さんは、“材”としてではなく、生き生きとした“木”に触れ、対峙していくなかで、導かれるように一枚板テーブルの制作を始めるようになっていったという。

確かに、ショールームで目にした一枚板は、一つとして同じものがない。節やキズがそのまま活かされ、一枚板になってもなお、生きていた。そして、プロダクトとして単純にカッコいいのだ。「僕は大阪のヴィンテージショップで働いていたこともあり、今でも洋服が大好きです。太一郎さんが手掛ける作品を見たとき、センスあるなぁ!と思ったんです。ファッション感度の高い人たちが見てもきっと、惹かれる何かがある。もちろん太一郎さんは、意識しているわけではないですが、木の本質と向き合い、どうすれば人と木がバランスよく生きていけるのかを真剣に考えた結果が、モノ好きの心を動かすのかなぁと」(景さん)。
”コスト重視で長続きしないモノ”が世の中の一つの正義となり、本物を見る目がいつしか衰えていった昨今。太一郎さんと景さんの、嬉しそうに木について話す笑顔は、そんな大量生産・大量消費に対する、”正統なレジスタンス”のように感じた。


鳥取は、木にとって決してラクな環境ではない。むしろ、めちゃくちゃハードだ。「中国山脈があるでしょう? 南のお天道様がなかなか差し込まんから、それに耐えにゃいけん。ある意味、断食状態ですよ。だから、鳥取の木は、根が力強く張られている。養分ば~っかり摂って、光合成ば~っかりしとる木は肥えるけど、すぐ老けますけえ」(太一郎さん)。
鳥取は、北緯約35度に位置する。このラインは、冬は風や雪が激しいうえ、日照時間も短い。だから、土も痩せている。木の成長する速さを考えれば、暖かい気候の肥沃な地で育つほうが良いのは明白だ。ただ、過酷な環境下で、自然環境に揉まれながら、ゆっくり着実に成長した鳥取の木には、粘りと力強さ、そして表情に豊かさがある。鳥取の木は、全国的に評価されているものではないらしいが、その価値に気づいてほしい反面、間違った認識で広がっていくのも違うような、複雑な心境になった。

では、太一郎さんはどんな木を買い付けるのか? その基準が気になった。「“しゃーね”がなっとる木ですね」。……? 「あっ、性根のことです(笑)。木の生き様みたいなものです」(景さん)。太一郎さんは、材木市場から木を買わない。一般的に「こんな木、誰が買うんだ」と思われる木に魅力を感じるため、その類の話があれば、持ち主から直接連絡が入るという。そして、実際に立木を見に行き、“しゃーねがなっとる”と感じれば、迷わず買う。「人を見るのと、木を見るのは同じことです。凄い肩書きでも中身のない人って、いっぱいいるでしょう(笑)? イイとこの坊ちゃんはいらないし、”しゃーね”は、隠そうとして、隠せるもんじゃありませんから」(太一郎さん)。

買い付ける木の樹齢は、軽く100年を超える。「普通にいけば、どんな木でも数千年は生きる可能性を秘めとります。人間だって、暴飲暴食せずに過ごせば、240歳まで生きられるそうですよ。私は絶対ムリですけど(笑)」(太一郎さん)。写真の天杉は、推定樹齢900年。木の芯から年輪を数えていけば、900本になる。最初は、感覚が広く順調に成長しているが、端に行くにしたがって1年間での成長具合がとてつもなく遅くなっているのが見て取れる。
「長く生き延びた木は、大きな根を張る。その分、周りの木が犠牲になったという残酷な一面もはらんでいるんです。それをきちんと理解したうえで、向き合わないと。だから、人と直接会って、時間をかけて、ゆっくりと。一枚板テーブルが持つ背景も含めて、広めていきたいと思っています」(景さん)。



一枚板テーブルの制作にあたって、一番のハイライトは“自然乾燥”だ。切り出された原木は、水分を飛ばし乾燥した後、製品に使える材となる。太一郎さんは、その工程を“自然に任す”という手法で、20年以上!!!の歳月をかける。正直クレイジーすぎる(笑)と思った。
「とある製材所(丸太を挽き、整える場所)に行ったときにねぇ、まだ水分を含んだ木をアイロンにかけるんです。つるーっと出てきた木は、プレスされてキレイに形成され、既に乾燥も終わっている。ものの2時間です。……あー、こんなことされたら、木はイヤがるだろうなぁと。そんな無表情な木を、欲しいと思えますか?」(太一郎さん)。その日を境に、太一郎さんは秘密の「原木置き場」で買い付けた木を“自然乾燥”させることにした。

「魚の天日干しの味って違うでしょう? それとおんなじです。乾燥機にかけないのは、早いこと勝負したって、何百年・何千年生きてきた木を、そんなすぐ乾燥させるワケにも、殺すワケにもいかんのですよ。年月をかけたほうが、そのものが末永く伝わる。そんな、想いだけです」(太一郎さん)。奇想天外な発想のように思えたが、理由を聞くとスッと腑に落ちた。太一郎さんは、どこまでもピュアに木を思いやっているだけだったのだから。
木の種類にもよるが、なかには“自然乾燥”が完走するまで40年かかるものもあるそうだ。太一郎さんの目利きによって集められた原木は、“SECRET BASE”で雨の日も、風の日も、そこに在り続ける。「まずは、約5、6年ほどで木の表面の皮が剥がれてくる。そこが第一の目印。水分が飛んで、木自体が収縮しても、木の表面の皮は収縮しませんから。

その後製材をして、今度は木の中身を乾燥させるんです。水分が飛び始めると、木が動き、反ってくる。そしたら、反対にひっくり返します。3、4年ほどの間隔で、そのルーティンを何度も繰り返す。完全に反りがなくなるまで、15年くらいですかねぇ。そうして自然乾燥を終えると、数百年・数千年の生き様を宿したままの、材になるんです」(太一郎さん)。
ドクに泣き付き、デロリアンで20年後へ。そして、製品となった一枚板テーブルを持ち帰る……わけにもいかない。ビジネスになるまで、20年もかかる案件と向き合える根気強さは計り知れない。同じようなことをしている人がいるのか尋ねると、「そんなバカ、いるわけないでしょ」と太一郎さんは嬉しそうに笑った。


“自然乾燥”させる前、すなわち原木伐採のタイミングにも太一郎さんはこだわる。「買う木を決めたら、必ず”〇月〇日の新月の日に切ってくれ”と頼みます。そうすると、一生腐りませんから。新月伐採の木の成分は、雑菌がゼロ。要は空腹状態です。ひと月のあいだに新月が一回だけきますよね。そしたら、食事を始めて満月を越えたら今度は断食に入る。それを何百年・何千年も繰り返すのが、木のサイクルです。まぁ、それに気づくまでに10年くらいかかったから、これまで集めた木の3分の2くらいは土に還ってしもうたけど(笑)」(太一郎さん)。
そして、製材にも太一郎さんは決して手を抜かない。「一般的に価値があるとされている材は、南寄りの東西にかけて挽いたものです。南側の方がよく日が当たりますから、ラクな杢目=キレイな木目をしとるんです。養分をようけ摂るから太って、芯が北側にズレとるでしょう? 反対に北側は日が当たらず、厳しい環境で育つからキズや節が出る。でもね、力強いんです。だから私は、”南北にかけて挽く”。ラクな表情もツラい表情も一枚の板で表現したいんです。裏表があるほうが人は安心しますし、飽きがきませんから」(太一郎さん)。

推定樹齢900年の天杉には、7回もの落雷に耐えた証が刻まれている。確かに、“一般的なキレイ”とは真逆の表情かもしれない。しかし、無言で訴えかけてくる“力強さ”と“包容力”を秘めている。ただ、そこに在るだけで、尊い。
「あるお客さんの話ですがね、ここにきて、朝から晩までず~っとおって……泣いておられたんです。その姿をみて、相当悩んどるなぁと。そしてねぇ、テーブルを買った帰り際に……“もうちょっと、頑張ってみようかと思います”て。誰が何か言ったから元気が出たんじゃないんですよ。木が、無言の力を与えてくれたんです。私はね、大きなテーブルを皆さんに持って帰ってもらおうなんて思うとらんのです。たとえどんなに小さな木でもいい。それが家に入ると、偽物は本当にイヤになりますから。苦労してる人の、心の拠り所になれば、それだけでいいんです」(太一郎さん)。
取材中、何気なく言った、“木は自分の分身みたいなもん”という言葉こそ、太一郎さんの、全部だった。

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