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環境危機や社会問題に対し責任をもってビジネスを行う、「レスポンシブル・カンパニー」としても知られるパタゴニア。その起源は1972年に提唱した“クリーンクライミング”まで遡ります。“岩を傷つけずに登ること”、”自然のままの岩を登る体験を次世代から奪わないこと”を目的とした、新しいクライミングスタイルを提唱したのです。

シュイナードは1957年から独自の鋼鉄製ピトンを鍛造。クライマー友達や仲間から評判となり、クライミングギアメーカー「シュイナード・イクイップメント」を立ち上げた。カラビナの下に並ぶ道具は、岩場に支点として打ち込むためのピトンだ。

“クリーンクライミング”は今年で50周年を迎えますが、パタゴニアは改めて同じ問いを投げかけます。前回の【入門編】では、パタゴニアの若きクライマーたちに、“クリーンクライミング”の入り口となるヒントを教えていただきました。そして、今回の【核心編】では、その理念をより深く理解するため、パタゴニアで働きながらアルパインクライマーとしても活躍する、鈴木啓紀さんにインタビュー。“クリーンクライミング”の実体験から、クライマーでなくとも参考になる心得を学んでみましょう。

【原点】
楽しくてしょうがない。その思いだけに
ずっと突き動かされています

1980年生まれ。20歳くらいからアルパインクライミングをはじめ、世界各地の山や壁を登る。2004年よりパタゴニア日本支社に勤務。アウトドアのプロフェッショナルを対象にした割引販売制度、プロセールス プログラムの責任者を務める。

―鈴木さんがアルパインクライミングを始めたいきさつを教えていただけますか?

振り返ると、両親が山好きで、子どもの頃から一緒に連れられて行っていました。また子どもの頃は鳥が好きで、山ではたくさんの鳥を観られるので次第に山も好きになって。そして、高校ではワンダーフォーゲル部に所属して登山にのめり込んでいきました。アルパインクライミングを始めたのは大学生のとき。雑誌でヒマラヤ登山のグラビアを見たのをきっかけに、自分もこういう登山をしてみたいと思うようになったのです。

山梨県北杜市にあるロッククライミングでも有名な山、瑞牆山「仲秋」ルートを登る鈴木さん。自分たちで支点をセットしながら登るスタイルは、トラディショナルスタイルと呼ばれる。撮影:飯田義久

―ご両親の影響が大きかったんですね。そもそもなんですが、アルパインクライミングとはどういうものなんでしょうか?

ざっくりいうと、登山道のない自然のままの地形を登って、山頂を目指す登山です。なので、岩や氷に覆われた壁なども登攀していきます。

―なるほど、登山道がない山を登ることなんですね。では、アルパインクライミングはどのようにして始めるんですか?

もっともメジャーな方法は山岳会に入り、そこでアルパインクライミングのイロハを教えてもらうことですね。最近はボルダリングやフリークライミングを経験してから、アルパインクライミングを始める人も増えていますが、僕の場合も大学時代に山岳会に入会して、先輩から登り方などを習いました。

―素人目から見るとすごく過酷そうなのですが、楽しいことなんですか?

そう見えますよね(笑)。登っているときは……、楽しいより辛いことの方が多いですし、疲れるし寒い。でも課題をクリアしたときは、深い満足感を得られる。その経験が忘れられず、また困難なクライミングに挑戦したくなる、の繰り返しですね。登山家はみんな、そんな感じだと思います。

【現在地】
冒険性を求めると同時に
リスクマネージメント能力も必要

―アルパインクライミングはリスクも伴いますよね?

そうですね。アルパインクライミングは、天候や岩や氷の状態などに不確定要素が多く、冒険性の高さも特徴です。また何日もかけて山頂を目指すので、クライミングのなかに“生活する要素”が入ってきます。“食料や燃料はこれくらい必要だ。でも荷物が多いと登るのが遅くなる”といったことも考える。純粋なクライミングのフィジカルも大事ですが、不確実なところに踏み込んでいき、安全を確保しながら登って帰ってくるには、そういったリスクマネージメント能力が重要です。単純じゃない複合的要素を解決していくからこそ、深い満足感が得られる山登りなのです。

―なるほど、フィジカルだけじゃないんですね。危険な目に遭ったことはありませんか?

実は今まで2回死にかけたことがあって。一度目は21歳のとき、冬の谷川岳を下山中に雪の尾根から100m滑落して足首が砕けました。二度目は24歳のとき、北アルプスの穂高岳の岩壁を登るために、雪の谷を登っていたら、雪崩に巻き込まれて100m流されたのですが、奇跡的に体が雪の上に流れ出て助かった。キャリアのはじめ、若い頃にそういう怖い思いをしたので、今まで死なずに済んだのかな、と思うことはあります。リスクとの向き合い方も確実に変わっていったと思います。

―ものすごいメンタルの強さですね。

もちろん怖さはいつも隣にいますが、過酷な環境に揉まれつつ自然と鍛え上げられました。

―逆に、良き思い出となった登山を教えていただけますか?

近年の登山で印象的だったのは、2019年に挑んだアラスカのハンター北壁です。圧倒的な迫力で氷河を見下ろす標高差1200mの巨大なミックス壁(岩と氷が混在する壁)は、その美しさ、巨大さ、傾斜の強さ、また先人たちのストーリーも相まって、多くのクライマーの心を揺さぶる一大課題として知られています。悪天候と雪崩のリスクによって完登目前で撤退となったのですが、悪条件のなか、40時間以上まともに睡眠もとらず非常にタフな下降を経て、無事ベースキャンプに生還することができた。翌日、パートナーの大石明弘が「充実の登山だったな」と言ったのですが、私も素直に頷いていました。おそらく与えられた条件下での、「やり切った感」があったのだと思います。クライマーとしてコツコツ積み上げてきた技術や経験をフル活用し、厳しい自然に叩かれながら、無事に帰還する。大変でしたが、思い返すたび、にやけてしまうほど楽しくて仕方のない経験となりました。

―そういう体験が、再び山へ向かう衝動となるんですね。ところでアルパインクライミングは基本的に2人1組で登り、万が一の墜落を停止する支点を構築しながら登っていきます。鈴木さんもピトンを使わず、チョックを使っているんですか?

はい。岩壁で使うのは、基本はチョックの仲間のナッツと、カムです。ナッツは岩の隙間や穴などに、写真のように挟んで固定します。カムはもう少し広い隙間に固定することが多いもので、荷重がかかると窄んだ状態から羽根のように広がって、固定されます。氷にはアイススクリューなどをねじ込んで、支点を作る。また岩の隙間は、一つとして同じものがないため、いい隙間を見つけたり適した道具を選ぶことも、必要な要素です。

【未来】
好きなモノを守りたい。その思いが
自然と環境保護意識に繋がっていく

取材を行ったパタゴニア 東京・神田には、“クリーンクライミング”の理念を感じ取れる空間が広がる。1972年の「シュイナード・イクイップメント」のカタログに記されたエッセイや、イヴォン・シュイナードのメッセージ、さらにはリアルなクライミングギアも見ることができる。

―今年で“クリーンクライミング”が提唱されて50周年を迎えます。鈴木さんにとってはどういった理念ですか?

“クリーンクライミング”には二つの意味があると思っています。一つは、自然と真摯に向き合う冒険的なクライミングスタイルを貫くこと。もう一つは、自分たちが大好きな岩場や山を、よりよい形で後世に伝えていくこと。“クライミングスタイル”と“社会的意義”、その二つを内包していると考えています。個人的にも、自然の造形をきちんと見極めることをシビアに問われるクライミングスタイルが大好きですし、次世代のクライマーたちにも楽しんでもらいたい。そういった思いやりの心が、自ずと地球全体への環境保護意識にも繋がっていくと信じています。

岩壁を傷つけずに登るスタイルを、クライミングマナーとして浸透させたパタゴニア。“クリーンクライミング”の提唱から50年が経つが、その理念は今も生き続けている。

―実際にパタゴニアが創設されてから、環境的・社会的影響を最小限に抑えるための製品づくりなど、クライミングのフィールド以外でも環境保護に対する取り組みを行ってきました。

現在のレスポンシブル・カンパニーの姿を作る土台的な理念。物事をただ楽しむための道具を作ることではなく、いま楽しんでいることの将来を見据え、どう向き合い、アクションを起こすか? そうした姿勢が“クリーンクライミング”の核心だと思います。

―鈴木さんは個人としても環境保護活動を行っているそうですね。

山口県の上関原発建設予定地となった、「上関の自然を守る会」の活動に参加しています。上関町の長島は、絶滅危惧種のカンムリウミスズメをはじめ、希少な生態系と自然が豊富。私は岩を下降して鳥の生態や自然環境を調査していて、環境保護のレポートに役立ててもらっている。鳥が好き、岩の登り降りが得意な私には、ベストな環境保護活動といえます。

鈴木さんの「上関の自然を守る会」の活動は、まさに“クリーンクライミング”の広がりといえるもの。“自分の好き”を突き詰め、地球全体を想い、その先を見据える。そう考えると“クリーンクライミング”の理念は、何も難しいことじゃない。50周年を迎えるパタゴニアは、これからも“クリーンクライミング”のレガシーを携え、未来へとつながるラインを描き続けてくれるでしょう。

【clean climbming collections】
”これから”を考えた
サステナブルなプロダクト

“クリーンクライミング”50周年を記念したカプセルコレクションも登場。いずれもサステナブルな素材を使ったクリーンなプロダクトだ。その一部を抜粋して紹介します。

キャプリーン・クール・デイリー・グラフィック・シャツ/リサイクル・ポリエステル・ジャージー100%の機能素材は、速乾性と伸縮性に優れ、トレイルから水辺まで幅広く活用できる。ハイキュ・ピュア防臭加工済み。5060円。

ベンガ・ロック・パンツ(レギュラー)/最高のオーガニック基準を満たすリジェネラティブ・オーガニック・サーティファイド・コットンをメインに、ポリウレタンを混紡しているからストレッチ性も抜群。1万3200円。

マクルーア・ハット・クライム・クリーン/マクルーア・ハットのサイドを、リサイクルナイロンのメッシュでアレンジ。より軽く通気性に優れる仕上がりに。5500円。

パタゴニア 東京・神田は昨年の10月にリニューアル。テクニカル製品のほとんどが揃い、クライマーやアウトドアファンにも心強い店舗だ。4月17日(日)まで行われている“クリーンクライミング”のポップアップは、1Fスペースを贅沢に使って世界観を表現。直営店舗のなかでもとりわけ見応えがあるので、ぜひ足を運んでみよう。またスタッフの鶴巻さんによると、「神田ストアは登山やスノースポーツのガイドを務めるスタッフも在籍。何か疑問や聞いてみたいことがあったら、気軽に聞いてください」とのこと。ちなみに鶴巻さんは大のスノーボード好きで、海外トリップをするほどだとか。

問い合わせ先/パタゴニア日本支社 カスタマーサービス☎0800-8887-447 クリーンクライミングストーリー

写真/松島星太 文/桐田政隆 スタイリング/佐々木 誠 編集/増井友則(e-begin)

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