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CHI-ICH 千市の跳び箱

実は2000年以上前の古代ローマ時代に起源を持ち、数多の文明を超え現代へ伝わってきた“跳び箱”。そこには人間の性質に通じる不思議な魅力が備わっているような気がします。今回のビギニンはそんな跳び箱を、おそらく日本ではじめてオブジェにした市川友祐さん。家具作りを志し、北欧、木工所、そして家業のガソリンスタンドを経て、実家から10分の場所で“跳び箱”との出会いを果たします。後編はいよいよ市川さんの跳び箱作りが始まります。

前編はこちら

今回のビギニン

千市 市川友祐
千市 市川友祐さん

1978年、羽曳野市に生まれる。近畿大学卒業後、木工所で家具製作の経験を積む。家業であるガソリンスタンドの運営を経て、2020年5月、念願だった自身の木工ブランド、千市(CHI-ICH)を立ち上げる。跳び箱、オーダー家具をメインに製作中。今後は、革を使ったオブジェや小物も取り扱う予定だそう。二児の父で、趣味はゴルフ。

struggle:
跳び箱職人としての腕を磨きながらも悶々とする日々

「おっちゃんに訊くと、昔は大阪の八尾に工場があって、最盛期は職人も5人くらいいたそうです。公園に置く木の遊具なんかも作ってたんですが、経年劣化すると危ないという理由で外置きの木製遊具があかんくなった。それで、跳び箱をメインにして羽曳野に工場を移して、一人でやったはったんです」

跳び箱を個人で買う人は少なく、取引先は体操教室、体操用品専門の工務店、幼稚園などがメインだそう。ちなみに小中学校は入札制で、おっちゃんの跳び箱工場は参加されていません。

「2日目にやるか?と誘われ、そのまま『作り方覚えて』と言われて。で、家具なら考えられないんですが、図面がないんですよね。おっちゃんがベニヤに寸法だけ書いて」

こうして市川さんは跳び箱作りが始まります。

CHI-ICH 千市の跳び箱

跳び箱は123と番号が記された側が正面で、その正面の台形を形作る板を「妻板」、サイドを「横板」と言います。サイズには文部科学省規格があり、小型が長さ80cm高さ100cm、中型は長さ100cm高さ120cm、大型長さ120cm高さ135cmと決まっています。

“おっちゃん”の跳び箱工場では、材料にアガチスが使われていました。軽軟で肌目が緻密なことからドアや、家具の引き出し、将棋盤などにも利用される木材です。

千市 市川友祐

一般的な跳び箱の製造工程は、まず所定の長さに板を切り出し、ルーター盤という機械を使って、横板の内側に補強材を入れるための溝を掘ります。次に一段目の妻板に持ち運びで使う“手掛け穴”をあけ、妻板と横板が組み合わさる溝をロッキングという機械を使って削り出します。

CHI-ICH 千市の跳び箱 ロッキング構造
こちらがロッキング構造。櫛歯を思わせる接合部は強度と装飾性を併せ持つ。

それが終わると、妻板の2段目から8段目に、これまた持ち運ぶ際に使う“手掛け溝”を作ります。中間補強材を切り出したら、材料が全て出揃います。ここから組み立てに移ります。まず中間補強材を横板にはめ、そこから横板と妻板の溝を噛み合わせて接着します。フレームが完成したら、2段目〜8段目の角に“スミ木”と呼ばれる留め具を取り付けます。これがないと、飛んだときに跳び箱が崩れるのでとても重要なパーツです。その後、各フレームの下段角にゴム性のクッションを取り付けたら、仮組みし表面を塗装。ステンシルで番号が描きます。

跳び箱のクッション部分に使われる帆布
標準の跳び箱のクッション部分に使われる帆布。

塗装が終わったら、一段目の頭部を作ります。クッションとなるウレタン材に帆布を被せ両サイドをしっかり密着させてエアタッカーと釘で固定。余分な部分をカットし、保護ビニールをかけ、鋲で止めて完成となります。

千市 市川友祐

“おっちゃん”の元で跳び箱製造を学んだ市川さん。幼児用に軽い跳び箱を作ったところ、それが羽曳野市のふるさと納税の返礼品に選ばれたり、スポーツイベントで使う33段のモンスターボックスの製作依頼が舞い込んできたりと、跳び箱職人としての腕を磨いていきますが、同時に、悶々とする日々を過ごします。

「跳び箱の工場には2年半程いたんですが、おっちゃんは歳やし、『もう辞める』といつも言っていたんですよ。年末になったらそういう話になるんですが、年が明けるとズルズル続いて。おっちゃんも身体の調子があるので9時から16時で帰る。こっちはバイトみたいな時給なので給料が少ない…。で、このままやと無理やとなって、毎日行くのはやめて、知り合いの大工さんを手伝ったり。で、こういう生活がいつまで続くんかなと。それで2年目の年末に、失礼やけど、いつ辞めるんですか?って聞いたんです」

そこで、衝撃の事実。(ここでは詳細は割愛しますが)工場をやめられない理由を知らされます。

「めっちゃ良いおっちゃんとおばちゃんで、うちの子供も孫みたいに接してくれて。毎年クリスマスプレゼントもくれるし、なんやいうたらお菓子とかバナナをくれて。事情を聞いたら仕方ないと思ったんですが、やっぱりズルズル引っ張られてたことには腹が立って。それで辞める事になったんです。でも、お世話になってるし、自分も跳び箱は好き。なので、跳び箱は作りには来ますと。それで独立して、作業できる場所を探し始めました。しばらくして、ガソリンスタンドのお客さんで僕が木工してるのを知ってる人から、良い物件があるよと紹介されたのがここ。製材所だったんですが、一目惚れして、2020年の5月に引っ越しました」

木材

独立し、南河内郡太子町に自分の木工所を構えた市川さんは「千市(CHI-ICH)」という屋号で木工作品を発表。その第一号が跳び箱でした。

Reach:
可愛いと北欧が結実し「ミニ跳び箱」が完成

「『千市』を始める前から、小さい跳び箱があれば可愛いやろなと思ってたんです」

CHI-ICH 千市の跳び箱

跳び箱をモチーフにした棚やオブジェは見かけますが、職人が本物と同じ材質、製作方法で、構造も同じミニサイズの跳び箱を作ったのはおそらく日本初、世界でも例がないかもしれません。

「ぼくが好きな可愛いものと、北欧家具からのインスピレーションで、本体の色をカラフルにしたり、上に貼ってる布を革にしたら面白いかなと思って作りました。だから製作背景にストーリーがないんですよ」と肩をすくめる市川さん。ミニ跳び箱は、2021年の6月、知り合いを呼んで行った『千市』のオープニングレセプションで初披露されました。

CHI-ICH 千市の三角跳び箱
市川さん曰く「好奇心から作った」という三角跳び箱。北欧の三角屋根のようにも見える。

「やっぱり跳び箱って懐かしいのか、みんな寄ってきてくれて。『小さいのはどう使うの?』と聞かれてオブジェですと。飛ぼうと思えば飛べるけど安定感がないので飾りなんですよ。ちょっとした踏み台とか、オットマンとか、スツールとか好きに使って欲しいと。そしたら3つ売れて。まさか買ってくれる人がいるとは思ってなくて値段もきちんと決めてなかったんですが」

製作現場を覗いたところ、通常の跳び箱と同じ機械を使用するため、小さいほうが手間が掛かる(特にノコギリを使った工程は危険度が上がる)ようでした。また、師匠の“おっちゃん”譲りで、市川さんも跳び箱に関しては、図面を引かずに作るそう。本体の色やクッション素材の合わせもインスピレーションで、プロダクトというよりは、一点ものの作品という印象が強く、レセプションでは6万円という価格が付けられました。

CHI-ICH 千市の跳び箱 一段横長タイプ
ローベンチソファーとしても使える一段横長タイプ。

順調に見えた滑り出しでしたが、実はもう一つ大きな問題が…販売の流れが決まってないというのです。

「ビギニンの取材のために、一応BASE(ネットショップ)とかは始めたんですがあんまり進んでなくて。実はそういうのが苦手なんです。今まで、家具も作ってきたんですが、それも自分で営業を全くしてないんですよ。あいつはヤバいからとみんなが紹介してくれて、それに助けられてたんです。でも、跳び箱は今後も続けていきたいから頑張らないといけないですね」

千市 市川友祐

跳び箱を作るにあたってストーリーはないと市川さんは言います。しかし、ミニ跳び箱を目にすると、跳び箱自身がストーリーを語る、そんな不思議な感覚を味わいます。それは、アートを見たときと同じ。気になる方は「インスタにDMをください」とのこと。

CHI-ICH 千市の跳び箱

千市 / 跳び箱
一般的なスツールの高さ45.5cmに合わせて作られた4段の跳び箱。北欧家具にインスピレーションを受け、トップのクッション部分には豚や牛の革を使用、鋲は真鍮メッキ加工が施され高級感が漂う。素材や構造は、本物の跳び箱と全く同じなので、段を低くすることも可能。腰をかけたり、一段目を単体で踏み台にしたり使用方法は様々。本物の跳び箱に比べると安定性に欠けるため、跳び箱として使うこと(手を突いて飛び越えたり、飛び乗ったり)はNG。あくまでオブジェとしての跳び箱。受注生産6万6000円~(税込)

(問)千市
https://www.instagram.com/chi.ich/
https://chiich.base.shop/


写真/中島真美 文/森田哲徳

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