Feb-15-2024

生ける芸術、盆栽の本懐とは?


コロナ禍のさなか、人との触れ合いを制限せざるを得ず人々は家にいながらどう日々を過ごしていくかを自問自答した。
そのなかで、心の拠り所として手にする機会が増えたモノのひとつが、盆栽だ。
ともすれば枯れてしまう生ける芸術に、自分を重ね、癒やしを求めた人が多かったという。
今回は、盆栽の一大生産地である香川県高松市へ。
奥がめちゃくちゃ深い盆栽ワールドのトビラを開く旅をお届けします。



本来、香川旅の目的はうどん!かもしれないが今回の本題は盆栽。じつは香川県高松市は、松盆栽日本一の生産地(国内で売られている松盆栽の8割!)なのだ。始まりは200年以上前の江戸時代。全国からこんぴらさんにお参りに訪れる人たちへ野山に生えた木を器に植えかえてプレゼントしたことが始まりといわれている。また、香川県は寒暖差や降水量が少なく、水はけのよい土壌が松の生産に適していたことや、元来果樹の生産で培われてきた接ぎ木のノウハウを盆栽に転用できたことも大きいとされている。

高松空港から車で30分弱、向かった先は国分寺・鬼無きなしという盆栽業を営む農家が集結するエリア。1970年代には300軒以上の盆栽農家があったそうだが、現在は60軒ほどになっている。まずは“盆栽のエントリースポット”としての役割を果たす『JA香川県 高松盆栽の郷』へ。ココは、各農家さんが生産した盆栽を同時に見ることができたり、体験スペースが設けられていたり、お客さまの趣味趣向からどの盆栽園に行けばよいかなどをアドバイスしてくれる盆栽初心者の駆け込み寺。『専松園』にて盆栽を生産する傍ら、ココの職員としても働く橋本正博さんに、早速盆栽ってナニ?について答えてもらった。

「まず盆栽とは、植物を鉢のなかで手入れをしながら育てることです。ただ鉢に植えただけなら、それは鉢植えですね。盆栽は、放っておくと上に伸びたり横に広がったりしていくのですが、そこに手を加えることによって鉢のなかで植物の個性を活かしながら、自然美を愛でる。人によって言い方はさまざまですが、盆栽とは“生ける芸術”といえるのではないでしょうか。絵画や焼き物は作品をそのまま鑑賞できますが、盆栽は日々手を加え続けなければなりません。そこには同じ芸術といえど大きな差があるように思います」

実際、盆栽を育てることは容易なことではない。日当たりがよく風通しのいい場所に置き、夏は1日2~3回、春・秋は毎日1回、冬は2~3日に1回水をやり、肥料を与えたり芽切り・古葉取りに剪定etc.と、子供を育てるかのように真剣に向き合わなければ、数週間で枯れてしまうことも。
ただ、ご安心を。『高松盆栽の郷』では、橋本さんをはじめ、職員さんたちが盆栽の育て方を教えてくれるだけでなく、必要な道具も揃えられるし、買ってからのアフターケアの相談にも乗ってくれるからだ。盆栽のイロハを学んだら、盆栽園巡りへGO!

①幹肌が黒く男らしい佇まいが魅力の黒松は、盆栽界の永世定番!
②赤松は、黒松に比べて葉が柔らかく、幹肌が赤いためマイルドな印象を持つ。
③コルク状に割れた幹肌を持つ錦松は、接ぎ木によって国分寺エリアで盛んに生産されている。
④短い葉が芽から五本出ていることに由来する五葉松。葉の色が優れているのも持ち味だ。
⑤真柏はなんといっても、舎利(白く朽ちた幹)と神(白く朽ちた枝)が特徴で無二のオーラを放つ。

①真っすぐ伸びた幹を直幹というが、斜幹のほうが風格が出る。
②鉢の底より下に頭が垂れ下がった懸崖は、厳しい自然環境を感じさせる樹形。
③全体のバランスが心地よい模様木。ちなみに盆栽の正面は、枝や葉が向いている方向なので、ご注意くださいませ~。


住:香川県高松市国分寺町国分353−1
営:9:30〜17:00
休:年末年始
tel:087-874-2795
https://takamatsu-bonsai.com/
インスタグラム:@bonsai.takamatsu



利用者から絶大な信頼を寄せられ“ぼんさい110番”を掲げる一方、盆栽のクラシックなイメージを払拭してくれる盆栽園が『花澤明春園』。園主を務める3代目・花澤登人さんは、“季節を遊ぶ”をテーマに自由な発想で盆栽の楽しさを広めることに尽力し、さまざまな工夫を凝らしている。そのひとつが苔玉作り体験で、今回は娘であり、ともに園を切り盛りする花澤美智子さんに話を伺った。

「苔玉は、手軽で可愛らしいという理由で園芸店が始めたもので、20年くらい前に父が盆栽に取り入れるようになりました。根がパンパンに張り巡らされた状態になった盆栽は、鉢から取り出しても土が崩れないので、そのままでも育つ。盆栽界では、これを“根洗い”というんですが、それを苔で巻いたものが苔玉盆栽というわけです。体験は、まずお気に入りのベースを選ぶところからスタートします。予め私が300くらいあるなかから、ある程度チョイスしていますが、もっと見たい方は田んぼへ探しにいっていただいてもOKですよ」。
このベース選びがとにかく楽しい。微差こそ大差とはまさにこのことで、ちょっとした違いが全体の印象を大きく左右するのだ。但し、ハマると終わりがないので最後は直感で!(笑)。全体の所要時間は1時間くらいなのだが、体感時間は10分くらい。普段別々に動いている頭と体が一体化している感覚でとにかく没頭できるのだ。

さらに、固定概念を覆す形の盆栽に出会えるのも醍醐味。「盆栽って、どこか敷居が高いイメージをお持ちの方もいると思うのですが、肩肘張らずにただ単純に楽しんでもらいたくて、最初は数字の形をした盆栽を作るところから始めたんです。試行錯誤を繰り返しながら、今ではローマ字やハートなどバリエーションも徐々に増やすことができています。また、最近では小豆島名産のオリーブの盆栽も作り始めていて、小さいオリーブで“colive”って名づけました(笑)」と花澤さんは、大きな笑顔で話してくれた。

①好きなベースを選んだらポットから苗を取り出し、ピンセットで朽ちた土を落としながら丸形に整える。
②水持ちがいいケト土・水を吸収する赤玉土・空気を通しやすいボラ土をブレンドした苔玉用の土をオニギリを握るようにギュッと! 
③鉢替わりにもなる苔を土が崩れないように巻きつけ、糸で縛る。
④苔玉に水をやるときは、水を張ったバケツに浸す。ぷくぷくと出る泡がなくなったら吸水完了。水やりは、冬は2~3日に1回、夏は毎日2回を目安とし、屋外の半日向に置いて育てる。
⑤約1時間で完成! 要予約なので、花澤明春園もしくは高松盆栽の郷に事前問い合わせをお忘れなきよう!

住:香川県高松市鬼無町鬼無748-3
tel:090-8977-8300
http://www.hanazawa-bonsai.com/
インスタグラム:@hanazawa_bonsai


高松で活動する作家で唯一20代なのが、『山地山松園』の山地孝政さんだ。まずは、山地さんに盆栽作家となった経緯をお聞きした。
「もう、小学生のころから盆栽で食べていくっていうのは決めてました。親父が海外の人たちに盆栽の魅力を発信する背中を見て育ったので。大学卒業後は、山梨県にある『秋山盆栽園』の秋山実さんに師事しました。秋山さんは、盆栽の作風展というプロたちの協議会にて最年少で内閣総理大臣賞を受賞されている方で、地元では得られない多くのことを学びました。5年間は修業を行い、最後の1年間はお礼奉公をするという江戸時代の丁稚奉公と同様の制度で6年間師事した後、地元に戻り作家活動を開始しました」

TOPで掲載した盆栽は、山地さん作の真柏。大胆かつ繊細な趣はどのようにして生まれるのか。「まずベースに選んだ真柏の真骨頂は、舎利(白く朽ちた幹)と神(白く朽ちた枝)で、死生観だったり侘び寂びを表現することができます。そして、枝の方向を矯正する技法である針金かけを行い、枝のバランスを調整しながら理想の形に仕上げていく。針金は、きつくかけすぎると枝に跡がついてしまうので慎重に行うことが大切で、大体1~2年で枝は固定します。常に、作為のなかの無作為を意識しています。後はやっぱり楽しむこと。詰まるところ盆栽は趣味のものだと思うので、息を詰めるのではなく肩の力を抜きながら。そういう意味では、盆栽への興味が“なんかカッコイイ”でも全然いいと思っていますし、これから若い世代を盛り上げていって、高松盆栽を日本全国、そして世界に発信していくことに尽力したいです」

盆栽を育てていくうえで、重要なことも教えてもらった。
「3つだけ覚えてほしいことがあります。2つは水と日光。そして3つ目は愛情です。愛情があれば、なんでも気づいてあげられますよね。そうでなければ盆栽は、言葉無くして枯れていってしまいますから」

盆栽の新たな魅力を発信している山地さん。高松市内にある高松初のネオバーバー『LENGEN』にインテリア感覚で盆栽を展示している。高松盆栽の旅のシメに、ココでサッパリしてみては?
インスタグラム:@lengen.barbershop

住:香川県高松市国分寺町新居3425-1
tel:080-1997-6640 087-874-1378
インスタグラム:@yamaji_sansyoen



盆栽業は、“創作”もしくは“生産”に大別される。旅の最後は盆栽の生産をメインに行っている『綾松園』を訪れ、綾田正人さんに生産者としての仕事について伺った。

「簡単にいうと、盆栽の基になる素材=苗木を作るのが仕事で、接ぎ木という技術を用います。接ぎ木とは、2つ以上の植物の形成層を合わせて接着して1つの植物にすることで、ベースとなる植物を台木、接着するほうを穂木と呼びます。例えば黒松を台木とし、五葉松を穂木とした場合、その個体は五葉松として育つ。接ぎ木をする理由は、いろんな品種を増やせるだけでなく、種を蒔いてそのまま育てるより個体差をなくすことができ、優秀な苗木を作ることができるからです」。
綾田さんの父親は接ぎ木の名人として知られ、今は正人さんが主体で行っている。台木にするのは病害虫に強い黒松がほとんどで、まずは松ぼっくりから採った種を畑に蒔き、2年間育てる。その後、接ぎ木を行い穂木が半年後に活着したら台木の幹を切り取り、穂木に栄養が行くようにする。そうして種を蒔いてから約4年で商品となる苗木が完成するのだ。

盆栽園自体が減少傾向にあるなか、この“生産業”を営む園の割合は年々高まっているという。
そもそも苗木があってこそ、創作活動ができ、盆栽の未来へと繋がる。
旅の最後、綾田さんにとって盆栽とは何か?を問うと「……生きる糧、ですかね。」とぽつり。
その一言に、盆栽の本懐があったように感じた。


住:香川県高松市国分寺町新居2804
tel:087-874-0316
https://takamatsu-bonsai.com/story/ryosho.php

 

 


写真/松島星太 文・編集/増井友則

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