ケビンス・仁木恭平に聞く! 舞台で“革靴とジャケット”をまとう理由
なぜ、男たちは今なお“革靴とジャケット”を身にまとうのでしょうか? 働く服装がグッと自由になった現代において、スニーカーに比べたら歩きにくい“革靴”と、スウェットに比べたら動きにくい“ジャケット”は、合理的とはいいづらいもの。
“革靴とジャケット”のイメージが強い漫才師だって、最近は衣装も様々。一挙一動が注目される職業ゆえ動きやすくてナンボですし、面白ければなんだっていいはずですから。
でも、それでもなお“革靴とジャケット”をまとって舞台に上がる漫才師は根強く存在します。いったい彼らはなぜそのスタイルを貫くのか? 次の舞台に向かうまでの束の間に、革靴を磨きながらお話を伺いました。
今回のゲストは、ケビンスの仁木恭平さん
いくつかのコンビを経て、2021年にケビンスを結成。2023年には結成2年目にしてM-1グランプリ準決勝に進出した。ピンでもR-1グランプリ準決勝に2度進出するなど、マルチな笑いの才能で一目を置かれている。1991年生まれ、北海道出身。吉本興業所属。
仁木恭平が、舞台衣装にこだわる理由とは?
飛ぶ鳥を落とす勢いとは、まさにこのこと。
パッと明るいオーラを放つボケの山口コンボイと、センスあふれるムードを醸すツッコミの仁木恭平。互いに10年ほどの芸歴を重ねてから出会った2人でしたが、2021年初頭にケビンスを結成すると瞬く間にライブシーンの人気者に。注目の芸人が多数所属する劇場である「ヨシモト∞ホール」でも、既にトップレベルの動員力を誇っています。
そんなケビンスのブレーンである仁木さんに、舞台衣装のこだわりを伺いました。ケビンスのキャラクター戦略は大方狙い通りハマってきたようですが、現状は意外にも迷いがあるようです。
相方の明るいキャラとコントラストになる衣装を
——この連載では、ジャケットと革靴をまとって舞台に立つ漫才師の方に、舞台衣装にかけるこだわりを伺っています。仁木さんの青いスーツはお笑いファンにはすっかりおなじみになった感もありますが、あらためて今日の衣装を簡単にご紹介いただけますか?
ジャケットとパンツは「洋服の並木」で仕立ててもらったものです。多くの芸人が衣装を作ってもらっているおなじみのお店ですね。
明るいキャラクターの相方の隣に立ったときのコントラストと華やかさが欲しくて、この色を選びました。これまでも青っぽい衣装だったけど、もっとわかりやすい青にしようと決めたんです。ただ、それはそれで良い部分も悪い部分もありましたね。
——それまではどのような衣装を着用されていたんですか?
ケビンスの結成当初は、当時一緒に住んでいたひわちゃん(ママタルトの檜原洋平さん)のお下がりを着用していました。その後に着ていたのは、家の近所で見つけて一目惚れした1930年代のヴィンテージのスーツです。青みがかったグレーのスーツで、少し太めのシルエットがよかったので。けど、もう少し体型に合ったものにしようと考えて、今のスーツに至っています。
——サイジングに気を遣った理由とは?
動きがハッキリと分かることで、大きな動きをした時の面白さが増すんですよ。あと、同じ衣装であっても劇場で直に見るのと、テレビで画面越しに見るのとでは、印象が変わります。テレビって小さい頃から観ている訳で、無意識のうちに綺麗な人しか出てこないという先入観ができあがっていると思うんですよね。だからサイジングされていない衣装で出ると、思っている以上にみすぼらしく映ってしまう気がして。
——なるほど。ちなみに、現在の衣装に変えたのはいつ頃ですか?
2022年のM-1に臨む際に変えたので、もう1年半ぐらい前ですかね。ネクタイはスーツに合わせて買ったもので、ジャケパンの青色にマッチする黄色系のネクタイを探して、何本か買ったうちの1つです。ヨシモト∞ホールの近くにある渋谷パルコで買った、「コム デ ギャルソン・オム ドゥ」のネクタイですね。
靴は「オニツカタイガー」の革靴で、ソールのクッショニングが良いのと軽くて動きやすいので選びました。靴下は「ラルフ ローレン」のもので、全体の色のバランスを見て白にしています。
——ネクタイピンのワンポイントも素敵ですね。
このネクタイピンはファンの方からいただいたものです。その方はもうライブには来てくださってないのかもしれないんですけど、僕の名前がフルネームで刻印されていて気に入っているので、大切に付けさせてもらっています。
自分に相応しい衣装はいまだ模索中
——先ほど、今の衣装に良い部分も悪い部分もあったと伺いましたが、具体的に良い部分とはどんなところですか?
まず、単純に覚えてもらいやすいですね。ひとりの芸人を思い浮かべるってなったときに、いつも笑顔のイメージがあるとか、特徴的な衣装を着ているとか、ある程度情報が絞られた方がいいと思うんですよ。そうしてキャラクターが認知されれば、笑いのフリになったりもするし、向いているライブ企画とかも明確になるし、バラエティでも役割を与えられやすい気がして。
——とあるインタビュー記事では、衣装は色だけでパッと決めたと仰っていましたね。色以外の要素で衣装によるキャラ付けをしようとは考えなかったんでしょうか?
衣装によるキャラ付けは、まずは相方であるコンボイでしっかりやろうという意識が強かったんですね。コンボイのキャラクターをしっかり打ち出してツカミにしたいと思って、白ジャケットと赤いシャツを着させました。シティハンターの冴羽 獠みたいなコミカルな感じで。多くの場合、漫才の入りでは「こいつはこういうキャラクターで」って言葉で説明しますけど、それさえも省きたくて。
ただ、コンボイの衣装でそれが達成できたので、自分はそこまでキャラ付けにこだわらず、「2人で並んだときにわかりやすければいい」くらいの感覚で選んでいるのが実情ですね。
——ケビンスというコンビはコンボイさんの明るいキャラクターありきで、それを生かすための仁木さんという位置づけである、と?
そうですね。けど、僕の衣装はまだ模索中でもあって……。実は最近は黒っぽいスーツで舞台に立つこともあって、その衣装だとカチッとしすぎると思って避けていたんですけど、思いのほか評判がいいんですよね。
青のスーツはポップでキャッチーではあるものの、色の明るさとか生地の質感だとかで悪く言えばチープに見られたりするんです。その点では、ちょっとやりすぎたかも、とは思っています。コンボイがポップさとキャッチーさを担ってくれているので、僕はそうでなくてもいいのかもしれない……。マジで皆さんのご機嫌を伺っているところです(笑)。
——漫才衣装はニン(人柄)を伝える役割もありますよね。そもそも仁木さんは、自身のキャラクターをどう伝えたいと考えているんでしょうか?
よく言われる漫才のセオリーに照らし合わせれば、コンボイみたいな自由奔放なボケに対しては困ったり振り回されたりした方がいいはずなんです。ただ、本来の僕の性格や2人の関係性から言えば、コンボイのやることにそんな困らないんですよね。普段からコンボイにマジギレしているくらいなので(笑)。
——確かに。普段の性格や関係性と乖離しすぎると、違和感が生じるかもしれませんね。
バラエティのお仕事とかをいただいたときも、アレっと思わせちゃうかもしれない。だから、嘘のキャラクターを伝える気はないんです。けど、いざ自分のキャラクターを問われてみると、客観視はなかなか難しいですね。
——衣装の良い部分を伺いましたが、逆に悪い部分とは?
さっき少し話した「チープさ」に繋がる話で、ネタのせいもあるとは思うのですが、芸人に見られる場面でケビンスはけっこう弱いんですよね。特に先輩芸人の方々の目とお客さんとの間に温度差があって、「あれっ、もっとウケるはずだったのにな」と思うことが多くて。
——お笑いファンからすると仁木さんは芸人評価が高いように映るので、意外です。
近しいところでは面白がってくる人はいるけど、割と上の先輩方には本当に弱いですね。
たしかにケビンスはパッと見、フロントマンとしてのボケがいて、対極的なツッコミが「なんかすいませんね、変な奴連れてきて」みたいにスカす笑い、自分で連れきたボケに連れてきた当人が「やれやれ」みたいにしている笑いのコンビに映ると思うんです。でも僕はそういう笑いはやりたくないし、やっていないつもりなんだけれど、今の衣装はまさにそういう笑いっぽくなっている気もするというか。
だから、今もどうしたらいいんだろうと試行錯誤しているところですね。僕自身のキャラクターが明確になれば、相応しい衣装も見つかるのかもしれません。
代名詞となるような笑いを残したい
——ケビンス以前の仁木さんは、セットアップやセーターのように、スーツにこだわらない衣装でした。漫才師=スーツというコードは、どれくらい意識しているのでしょうか?
僕はM-1に感化されて芸人になったタイプではないので、以前は漫才自体をどこか甘く見ていたかもしれません。M-1とか漫才師のかっこよさを感じ始めたのも、近しい先輩たちがM-1の決勝戦に行くようになってからなので。
漫才で飯を食っていくんだって思ったのもケビンスになってからで、それまではただお笑いをやれているだけで満足していました。でも吉本興業に入って劇場に出るようになると少なからずお給料が発生するので、漫才師という自覚も自然と高まってきて。それで漫才師にも職業なりのユニフォームがあるという発想に思い至り、「最低限スーツは着よう」という意識になりました。
——ただ、仁木さんはR-1グランプリでも結果を残し、大喜利やライター活動などにおいても活躍されてきたマルチな方ですよね。そもそもの話、仁木さんは自分自身を漫才師と捉えているのでしょうか?
確かに、「俺は漫才師だ」と強く思ったことはないかもしれません。もちろんやるからにはこだわって漫才をしているんですよ。漫才だったらこの言葉遣いがいいなとか、この衣装がいいな、この温度差がいいなとか、このキャラがいいなとか。でもそれは、もともと理屈っぽく考えることが好きという自分の気質からくるもので、漫才師としての自分から出てくるものとは違う気がします。
——そうすると仁木さんの当面の目標は、必ずしも漫才師としての達成ではない?
もちろん漫才師としてM-1で結果を残すことは大事だと思います。けど、すごく局所的でもいいけど、例えばネタ中のひとボケでいいので、クラスで一番お笑いが好きな奴、高校生の頃の僕みたいな人間に刺さるようなウケ方をするのが目標です。
ワンフレーズでもいいので、マユリカの「へんてこしっこ」みたいに「ケビンスと言えばコレ!」みたいな笑いを残したい。それはネタに限らず、テレビ出演時の発言でも何でもいいんです。
喩えるなら、お笑い界の寄せ書きみたいなものがあったとして、そこに小さくでも書き記せるものを生み出したいですね。
——それは仁木さん1人で成立する気もするのですが、ケビンスで目指す目標と考えていいのでしょうか?
はい。僕が考えたにしても、コンボイが言ったことにしたいので。
——すべては仁木さんのコントロールの下で(笑)。
コンボイは、どう笑いをとりたいとか、こう売れたいとかのこだわりがあまりなくて、楽しいことができればOKな奴なんですよね。だからケビンスでは、キャラクターも衣装もボケも全部僕が考えて、コンボイにやってもらっています。もちろん押しつけではなくて、彼に向いている方向性を教えるってニュアンスですけど。
だからまあ、言ってしまえば山口コンボイも僕の作品です。その作品に、ケビンスの代名詞となる笑いを書き加えたいんです。
いつかは相方と揃いのスーツで
——衣装の面で、今後の目標はありますか?
近いうちに衣装を新しくして、3つボタンのダブルのジャケットを導入しようと考えています。Vゾーンが狭くてネクタイしか見えないようなジャケットにすると、迫力が出る気がするんですよね。もちろん僕だけではなく、コンボイの衣装も徐々に変えていこうとは思っています。
——ちなみに仁木さんから見て、衣装がカッコいいと思う芸人は誰でしょう?
年始の番組くらいでしか見ないんですけど、おぎやはぎさんとかはそれぞれのキャラクターと体型に合ったスーツでかっこいいですよね……。2人ともオシャレだなって思います。
あとはENGEIグランドスラムとかで爆笑問題さんが揃いのスーツで立っている姿もカッコいいですよね。たぶん完全オーダーだと思うんですけど、上等な生地をしっかりサイジングした贅沢な衣装で。やっぱり迫力がありますよね。
——漫才師としての風格があるし、説得力を感じます。
そうですね。だから先々の目標となると、爆笑問題さんのように、2人でビシッと決めた揃いのスーツを着ることでしょうか。今ケビンスは山口コンボイのキャラクターが先行して認知されている状況だと思うので、いつかそれが浸透しきったら、キャラ付けに縛られない衣装で舞台に立ちたいです。
——想像するだけで新生ケビンスって感じがしますね!
揃いのスーツになったら、「ケビンスは芸人としての格が上がったんだな」と思ってください。「仁木も漫才師になったんだな」と思ってもらって大丈夫です(笑)。
靴磨き終了!
——革靴がピカピカになりましたね。舞台に立つにあたって、革靴がきちんと磨かれているかは笑いに影響するものですか?
もちろんです。自分自身の気分が上がるというのもありますし、お客さんからは靴はなかなか目に入らないと思いますけど、周りの芸人は見ていますから。良い靴を履いているのかとか、きちんと磨かれているかとか。
——チープに見られないことを願っています!
ありがとうございます。普段から熱心に靴を磨くタイプではないので、やっぱりこれだけきれいになるとめちゃくちゃ気分が変わりますね。自然と目が行っちゃいますし、買ったときのことを思い出してうれしくなりました!
撮影協力/千葉スペシャル 丸の内店
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電話番号:090-3502-5469
写真/吉岡教雄(BURONICA) 文/あすなろ組