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Nov-15-2023

ニューツブロって何?「深川蒸留所」のクラフトジンの深~い味わい

深川蒸留所

ウォッカ、ラム、テキーラと並ぶ世界四大スピリッツのひとつ、ジン。ここ何年か、ちょっとしたブームなんだとか。確かに、各メディアでクラフトジンをお題にした特集が組まれているのを、時折目にするようになったかも。長期熟成を待たなければならないウイスキーと違い、ジンは熟成せずともすぐに販売できて収益化しやすい――そんなビジネス面でのメリットもブームの背景にはあるようです。

ところが、そんな業界一般の事情とは、だいぶ角度の異なる「職人仕事の創出と継承」を目的に、クラフトジンの蒸留所を立ち上げちゃった人たちがいると聞きつけ、さっそく話を聞きに行きました!

下町情緒と気鋭のショップが混じり合う“深川”に蒸留所を設立

関谷幸樹さん(左)と小林幸太さん(右)
蒸留所を立ち上げた関谷幸樹さん(左)と小林幸太さん(右)。

最寄駅の清澄白河から歩いて10分ほど、表通りから奥まった場所にお目当ての「深川蒸留所」はありました。この辺りは東京都の東、古くから“深川”と呼ばれてきた一帯。江戸の昔より木材の集積地として栄え、かつては数多くの材木店が軒を並べていました。

毎年8月に行われる「深川水かけ祭り」では、沿道の人々が神輿の担ぎ手に、清めの水をバシャバシャ浴びせる様子を見物すべく、毎回50万人もの観衆が詰めかけるといいます。まさに下町の風情が息づく地域。しかも、そうした文化と混ざり合うように、お洒落なカフェやセレクトショップがあちこちに店を構えているのもこのエリアならでは。今や若い人たちの町でもあるんですね。

そんな深川で2023年3月に開所した「深川蒸留所」。訪れた我々を出迎えてくれたのは、蒸留所を立ち上げた二人のキーパーソン、関谷幸樹さんと小林幸太さんです。いったいどんな経緯で蒸留所立ち上げに至ったのか? それは8年前に遡ります。

8年前に理化学製品のセレクトショップをオープン!

関谷理化ならびにリカシツ代表の関谷幸樹さん
関谷理化、リカシツの代表でもある関谷幸樹さん

関谷幸樹さんは、理化学製品の卸業を生業に、日本橋で90年続く「関谷理化」の三代目。理化学製品には、ビーカー、フラスコ、試験管などガラス製品が少なくありません。生産を担うのはスキルを持ったガラス職人たちですが、ご多分に漏れず、この仕事にも高齢化の波が押し寄せています。

「そうした高齢の職人さんに新しい仕事を作ってあげたい。職人の仕事を増やすことで、ひいてはガラス職人を目指す若い人たちを増やしたい。これを最初の目的に2015年、清澄白河に開いたのが『リカシツ』という名のお店でした」

『リカシツ』は、理化学+インテリアをコンセプトに、研究者が研究室で実際に手にするプロユースの理化学製品をインテリアとして提案するセレクトショップ。BtoB専業だった「関谷理化」が、BtoCに踏み出したアンテナショップともいえます。

ビーカーやフラスコ、メスシリンダーなどの理化学製品が並ぶカウンター背後の棚

「店を続けていくなかで、常連のお客さまだったアロマテラピーの先生からある日、エッセンシャルオイルが手軽に作れる家庭用の蒸留器が欲しいとリクエストされまして。さっそく職人さんと協議し開発したのが、シンプルな構造の家庭用蒸留器『リカロマ』でした」

せっかく出来た新製品『リカロマ』、それを欲する人には使い方をしっかり伝えたい――そんな思いから定期的にワークショップを開催。すると始めこそアロマを目的にする人ばかりだったのが、次第にレシピのためにボタニカルを蒸留したいと望むバーテンダーなどが参加するようになっていったといいます。

「そうした参加者の中に、『ジンフェスティバル東京』の主宰者であり、日本におけるクラフトジンの第一人者である三浦武明さんがいらっしゃいました。その方との出会いが、僕にとってはクラフトジンを知る大きなきっかけになりましたね」

クラフトジンなるものを知った関谷さん、でも、それを作ろうと思い至るには、小林さんとの出会いを待たなければなりませんでした。

郡上八幡で見えた蒸留所立ち上げの可能性!

バー「NICO」のマスターにして、「ニコ酒店」代表の小林幸太さん
バー「NICO」のマスターにして、「ニコ酒店」代表の小林幸太さん

小林幸太さんは、ジンとカレーに特化した清澄白河のバー「NICO 25 TO GO(ニコ トゥー ゴー)」や、同じ建物に暖簾を出す角打ちできる酒店「ニコ酒店」などの代表。関谷さんとは、昔ながらのお祭りの重鎮と新規事業者の交流を目的にした地元開催のトークイベントで知り合い意気投合。仕事柄もあり蒸留所を見学してまわることが好きだった小林さんは、クラフトジン好きなら知らぬ者はいないというほど有名な岐阜県・郡上八幡の辰巳蒸留所の見学に、関谷さんを誘います。

「ニコ酒店」を始め、深川の主要酒店で購入できる。
「ニコ酒店」。深川蒸留所のクラフトジンは、同店ほか深川の主要酒店で購入できる。

「素晴らしいクラフトジンを作ることで評判だった辰巳蒸留所の蒸留器を目の当たりにして、二人ともちょっと驚いたんです。とてもシンプルでクラシックだったから。早くも帰りの電車の中で、リカシツの家庭用蒸留器『リカロマ』にスタイルが似ていましたね、このスタイルで素晴らしいクラフトジンが作れるのなら、我々にもできるかもしれませんね、という話になりました」

「深川蒸留所」の立ち上げは、クラフトジンのレシピを考えるよりも先に、まずはそれを作り出す蒸留器のスタイルを問うことから始まったというわけです。

世界的にも珍しいクラシカルな構造の「ニューツブロ蒸留器」

「元々、職人さんの仕事を増やしたいとの想いで『リカシツ』をオープンしていますから、蒸留所を立ち上げるにしても、どこかの会社が作った既成の蒸留器を買って据える、というやり方ならば、うちがやるべき仕事ではないと考えていました」(関谷さん)

自社でイチから設計し、ガラスの部分にはもちろん、理化学製品由来の耐熱ガラスを使って、他にない蒸留器を作ること。それで美味しいクラフトジンを作ること。この2つができれば、事業として成立するかもしれない、関谷さんはそう考えたといいます。

にしても、自ら課したとはいえ、素人目にもかなり高いハードル。それでも試行錯誤を繰り返しながら遂に完成に至ったのが、中央に200リッターの丸底フラスコを備える「ニューツブロ蒸留器」。江戸時代の日本に伝来した粒露式蒸留器を参考に設計されたもので、世界的にも珍しい、かなりクラシックな蒸留器だとか。

「構造は粒露式と同じですが、昔は陶器や木材だった素材をガラスや金属に置き換えているので、ニューツブロと名付けました」(関谷さん)

念願の蒸留器が完成したところで、お次はいよいよクラフトジンのレシピ決め。とはいえ、当時はジンについてそこまで詳しくなかった関谷さん、知識も豊富でネットワークも広範な小林さんを頼って、レシピの相談をしたといいます。

深川にちなんで選ばれたボタニカル、青森ヒバ

ジンは主に次の3つの要素で構成されています。ベースとなるアルコール。ヒノキ科の針葉樹ジュニパーの球果=ジュニパーベリー。ボタニカルと呼ばれる香草や薬草。ベースとなる蒸留酒にジュニパーベリーやボタニカルを加え、再蒸留することで香りづけしたものを一般にジンと呼んでいますが、じつは3要素の中で厳格な規定があるのは、ジュニパーベリーを必ず加えなければならないことだけ。

ベースの蒸留酒が何かは問われないし、ボタニカルに何を使うかも自由。一部例外はあるものの、他の酒類に比べかなり自由度の高いお酒なんです。逆にいえば、自由度を活かして、どう個性を打ち出すかは作り手のセンス次第。ここにクラフトジンの醍醐味があるといえます。

さて、深川蒸留所で作るクラフトジンのレシピをどうするか? 小林さんがまず念頭に置いたのは、地域の総称である“深川”の要素を盛り込むことでした。

「ご当地グルメの深川飯にちなんで、アサリを蒸留してみようか(笑)なんて話も出ましたが、よくよく検討した結果、材木で栄えた深川に相応しいということで、地域ボランティアでもご一緒している長谷川萬治商店の長谷川泰治社長が紹介してくれた“青森ヒバ”をまずレシピに加えました」

ヒバとは、ヒノキに似た清涼感あふれる芳香成分を大量に含有するヒノキ科の樹木。メインのボタニカルは、青森ヒバに決まったものの、それだけというわけにもいきません。さて、他に何を加えるべきなのか?

深川蒸留所の蒸留家 瀧 徹和さん
深川蒸留所の蒸留家 瀧 徹和さん。

ここで登場するのが第3のキーパーソン、深川蒸留所の蒸留家、瀧 徹和さんです。現在の職に就くまで、小林さんが営むバー「NICO」のバーテンダーだったという瀧さん、深川蒸留所が無事開所できるよう、地方に赴き一流の蒸留所で修行に励みながら、クラフトジンの知見を深めていた陰の功労者。

しかも、その修業先というのが岐阜県・郡上八幡の辰巳蒸留所。旧式の蒸留器で極上のクラフトジンを生み出すあの蒸留所です。これほど理想的な修業先も他にないでしょう。小林さんいわく、修行期間はわずか3カ月だったけど、劇的に変わって帰ってきたとか。

濃密な修行期間を経て、ようやくレシピが決まる!

右端が青森ヒバ、その左隣りがベチバー、左端がジュニパーベリー。

「めちゃくちゃ楽しい修行期間でした」

そう語る瀧さんですが、クラフトジンの蒸留について学ぶだけでなく、酒類全般に対する知識を深めたほか、何が必要で何が不必要かといった基本的な価値観まで鍛えてもらったといいます。

そんな瀧さんが、青森ヒバと調和するように選んだボタニカルーーそれが大葉とベチバー。青じそとも呼ばれる大葉は、青森ヒバの強すぎる香りを適度に抑制しながら、爽やかな香りを加えてくれます。ベチバーは、昔からアーユルヴェーダの薬草として知られるインド原産のイネ科の草本。シャネルの5番にも使われていて、ほのかな甘さを感じさせます。

ようやく決まったレシピ。開所前月の2023年2月23日には初蒸留を実施。かくして深川蒸留所を代表する中心銘柄が誕生しました。その名も「FUEKI」。

深川に根ざしたクラフトジン「FUEKI」と「深川粒露」

「NICO」の小林さんがクラフトジンに盛り込みたいと語っていた“深川”の要素。じつは青森ヒバの他にも、2つの要素が盛り込まれています。ひとつは「FUEKI」という銘柄名。松尾芭蕉が見出した俳諧の理念「不易流行」に由来するもので、それを踏まえた“変わらぬことの中に新たな変化を取り入れること”が「FUEKI」のコンセプトになっています。「おくのほそ道」の起点になるなど、深川は松尾芭蕉ゆかりの地として有名です。

もうひとつは、ボトルを飾るラベルのデザイン。グラフィック処理されているので抽象画のようにも見えますが、じつはコレ、水しぶきの写真。毎年夏になると50万人もの見物客を集める「深川水かけ祭り」のワンシーンを切り取った写真なんだとか。どこまでも深川に根ざしたクラフトジンなんですね。

「FUEKI」に続き、季節のボタニカルを使った数量限定シリーズ「深川粒露(ふかがわつぶろ)」も販売がスタートしています。蒸留家のアイデア次第で、さまざまなフレーバーが出揃うクラフトジンの世界。バラにイチゴにカモミールとな? ボトルを前にして指を咥えているなんて無理。全部味わいたくなっちゃうじゃないですか~。

理化学製品のガラス職人の継承のために始めた活動は、インテリアからクラフトジンにまで結実。不易流行の旅路はまだまだ続きます。

深川蒸留所のクラフトジン
「FUEKI」 500ml/47度。5200円。「深川粒露 加密爾列」 500ml/47度。5500円。「深川粒露 苺」 500ml/45度。5500円。「深川粒露 薔薇」 500ml/47度。5500円。
※季節限定の「深川粒露」シリーズは、商品によって売り切れの場合あり。

(問)深川蒸留所
https://fukagawa-distillery.tokyo/

※表示価格は税込みです


写真/伏見早織 文/飯島秀明

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