Oct-24-2023

温泉熱で熟成させた宮城の日本酒が今、世界を酔わせる!?

東京から東北新幹線はやぶさで1時間弱、在来線に揺られること50分弱・・・酒蔵大国の日本において、唯一の酒があると聞いて宮城県松山町へ取材に行って参りました。

インバウンド需要に沸く国内をはじめ、和食ブームの流れを受けて海外でも注目度が増している日本酒。複雑な製法をマニアックに楽しむ消費者も増え、全国各地の酒蔵からも次々と魅力的な日本酒が送り出されています。 

通常の醸造工程なら温めることなどはしない日本酒に、あえて温泉の熱を加えることで、新感覚の味わいを造り出したという酒蔵が宮城県にあるという情報をキャッチ。東京から東北新幹線はやぶさで1時間弱、在来線に揺られること50分弱……。日本でも有数の米どころ、酒どころのひとつ、東北地方を代表する酒蔵、一ノ蔵は1973年の創業以来、日本酒の新しい味わいを常に提案してきました。日本酒業界初となる、温泉熱を利用して加温熟成した長期熟成酒「Madena(マデナ)」は、どのようして誕生したのか? その誕生秘話をうかがうべく、鈴木社長を訪ねました。

教えてくれる人:一ノ蔵 代表取締役社長 鈴木 整さん

「このお酒の面白さは、何と言っても世界三大酒精強化ワインのひとつ、マデイラワインの製法を日本酒に応用したところだと思います。加温熟成という熟成方法を、宮城県内で人気の温泉、鳴子温泉の温泉熱を利用して行なっています。温泉熱で加温されたのち、常温で3年間寝かせて熟成を加えることで出来上がる長期熟成の日本酒なのです」

Column:酒精強化ワインってどんなお酒なの?
酒精強化ワインとは、醸造工程中にブランデーなどの他のアルコールを添加して、ワイン全体のアルコール分を高め、味にコクを持たせ保存性を高めたワインのこと。代表的な酒精強化ワインには、スペインのシェリー、ポルトガルのポート、イタリアのマルサラなどがある。製造過程で熱を加えて熟成させるものや、意図的に酸化させるものなど、通常のワインとは異なるユニークな造り方をするものも多く、同じ酒精強化ワインでもスタイルは多様ある。

 

フランスのトップソムリエたちも認めた世界の味

日本酒は、しぼりあがって瓶に詰められた後も品質を変化させることがあります。これは、お酒の中に含まれる糖分やアミノ酸が、気温などからの影響を受けて熟成を進めていくため。よって、できあがったばかりの状態と、貯蔵を経た状態では風味も若干異なります。

元来、冬場に2ヶ月程度の製造期間を経て造られ、1年間のうちに消費されて、次の冬にまた製造されるという流れが基本のサイクル。現代では、品質を保ちながら貯蔵をする環境や技術ができあがってきたので、あえて時間をおいて熟成の道をとった日本酒も存在しています。

「このお酒の色は熟成によって変化した美しい琥珀色をしています。味わいはカラメルやドライフルーツに似た、甘く芳醇な香ばしさと濃厚な甘味と酸味が調和して、深みが感じられるのです。熟成による重々しいイメージはなく、むしろリッチな甘味とコク、綺麗な余韻が素晴らしいバランスを保った上質な味わいです。これまでの日本酒の古酒とは一線を画す綺麗な味わいですから、熟成酒初心者にこそ、召し上がっていただきたいと思っています」

ワインにもヴィンテージがあるように、日本酒も季節や時間によって変化し、しぼりたての美味しさとは一風変わった味わいを愉しめるのです。「マデナ」の豊かな味わいは、フランスを代表するホテルのトップソムリエ、ミシュランで星を獲得しているレストランソムリエ、レストランオーナーなど、フランス人だけが審査員を務める日本酒コンクール「Kura Master2023」の古酒部門において、2年連続で金賞を受賞するほど。ワインの本場フランスでも高く評価されているのです。

日本酒なのに実は、洋酒の製法で作られている!?

 

酒精強化ワインは世界中で造られていますが、主に覚えておきたいのが世界三大酒精強化ワインと呼ばれている、スペインの「シェリー」、ポルトガルの「ポート」、そしてポルトガルはマディラ島の「マデイラ」。今回紹介する「マデナ」は、日本酒でありながら、何とマディラ島のマデイラワインの製法にヒント得て作られたというから不思議。

そもそも一ノ蔵が、日本酒における新たな可能性を探求するようになった理由の一つに、創業者の一人で鈴木さんの父親でもあった、故鈴木和郎最高顧問の夢がありました。

故・鈴木和郎最高顧問

日本酒の未来を常に考え続けた鈴木最高顧問は、「ヨーロッパ各地で作られている洋酒の手法が、日本酒にも応用できるのではないか」との考えのもと、世界の様々なアルコール文化を学ぶために、欧州各地の醸造所を視察。そのあくなき情熱と探究心こそが、後に一ノ蔵の看板商品となって行く日本酒『ひめぜん』や『すず音』を誕生させるきっかけとなっていきました。

一ノ蔵酒造の昔の社屋。右端にある部屋が現社長の鈴木さんが生まれ育った部屋だそう。

「私の父親であった鈴木和郎は、1977年頃から酒類業の仲間たちと海外の醸造所視察のために度々欧州を訪れました。その際、強い興味と感心を抱いたのが、酒精強化ワインでした。特に、父親の記憶には、スペインで出会った酒精強化ワインのシェリーが強く残っていたといいます。2003年には、スペインのシェリー酒と並び『世界三大酒精強化ワイン』と称される、ポルトガルのポートワインとマデイラワインの産地を視察しています。彼の地で改めて、酒精強化ワインの味わいに触れるなかで、特に、マデイラワインの製法をはじめとしたその世界観に魅了され、その時に初めて、“酒精強化ワインのような日本酒を作りたい”との思いを強く持ったと言います」

音楽家が、おれの音楽のルーツをアフリカに探りにいく、みたいに、酒のルーツを探りに欧州各国を訪れてはその土地のアルコール文化を学んでいたそうです。それがいつしか、自社の日本酒造りにも生かされていったようです。

大航海時代に編み出された100年保存法

一般的なシェリー酒の貯蔵風景

「ポートワインやシェリーなどのように、ワインにブランデーを加えて、アルコール度数をドーンと高めると発酵が止まり、腐敗しにくくなります。この手法は、スペインのシェリー酒に端を発しているそうで、かつて大航海時代に灼熱の赤道を越えて長期に渡り船で大陸を行き来しても積荷のワインを腐らせないようにするため、ワインに他のアルコールを加えることで、度数を高めて輸送をしていたことがあったそうです。スペインやポルトガルがそういう技術を発展させていった歴史があるんです」

確かに、大航海時代には、スペインやポルトガルが中心となって新航路の開拓を進めるために、北大西洋上の赤道を跨いで新大陸(今で言う南米のメキシコやブラジル)へ向けて船を走らせた歴史がありました。

「なかでも北大西洋上のマディラ島は、太陽光が燦々と降り注ぐとても温かい島なので、光の当たりにくい屋根裏部屋でワインを造っていたそうです。太陽熱で高温になる屋根裏部屋では、ワインにブランデーを加えて高温熟成させて貯蔵していたそうです。これは、スペインやポルトガルの船が、新大陸から帰ってきたら、赤道直下の熱を帯びて、積荷の酒精強化ワインが美味しくなっていたことにヒントを得ていたのだそうです。父が視察に行った当時マディラ島には、それこそ100年前に醸造されたヴィンテージの酒精強化ワインが普通に店頭に並んでいて購入できたそうです。新酒が当たり前だった父親世代の日本酒業界の関係者たちにとって、そんなヴィンテージワインの世界はさぞかし驚きだったことでしょう」

そんなお父様が視察の土産に購入してくれた生まれ年のマデイラワインは、いまも鈴木社長の自宅セラーで大切に眠っているそう。

日本酒の新境地を求めて一念発起!


「世の中には“飲んでいただけない酒”がある。そしてそれを、文化としても親しまれている国がある。そいうお酒も作ってみたい」と言う意志を受け継いだ息子の鈴木さんは、先代の夢であった酒精強化ワインの製造にチャレンジすることを決意。2005年に一ノ蔵は酒精強化清酒(日本酒)の開発に着手することになったのです。

「他のアルコールを添加して酒精を強化するまでは良かったのですが、熱を加える、と言ってもここは雪も多く温暖な地域ではない東北・宮城。しかも、酒造りは冬に行うものだし……、と悩んでいた時、“鳴子温泉の地熱がいいんじゃないの?”と、そんな話が社内で持ち上がりました。確かに、鳴子は元々、地域おこしなどで、しいたけやフルーツを温泉熱で乾燥させる施設がいくつかありました。“温泉熱熟成、そんなことが言えるなんて面白いじゃん、世界初だね!”と、有休施設として眠っていた乾燥室を借り受けてチャレンジが始まりました」

日本酒を搾る際に、酒袋の目から漏れた未分解のデンプンやタンパク質、繊維質など、清酒酵母やその他の菌などが、瓶貯蔵により時間が経過すると瓶の底に滓(おり)となって現れる。これを丁寧に取り除いていくことで、クリアな琥珀色の液体になっていきます。

加熱の温度や期間は企業秘密。一定の期間、高温で一気に焦がすように加温をするそう。その後、常温の倉庫に移動させて、丁寧に滓引きをしながら3年間長期熟成をかけます。普通はタンク貯蔵ですが、マデナはあえて一升瓶で貯蔵させています。ここにも熟成酒のノウハウが詰まっているそう。南フランスにも熱をかけてから樽熟成させる手法があるそうで、太陽が燦々と降り注ぐ灼熱の原っぱに樽を転がしておく。ヨーロッパの酒文化の延長で醸されたお酒には、何とも古のロマンを感じます。

現在、マデナの研究と商品管理を担っているのが、一ノ蔵の商品開発室研究員、我妻七砂さん。これまで蓄積された「マデナ」の膨大なデータをもとに、日々、酒質の研究を重ねる。一ノ蔵の新商品開発なども手掛ける期待の若手。

「私は、ただいま複数のメンバーとともに、一ノ蔵の研究員として勤務しています。酒造りの研究員というのは、一から百まで全て一人でやり、調整していく作業。故に、根気がいる仕事です。ただ、それにやりがいを感じますし、楽しいです。マデナは、先代の研究員が多くを組み立ててくれていたので、私は最後の調整を担当しました。これだけ面倒なことをやっている日本酒は他に聞いたことがないので、やはり特別に感じます。作るにも、緻密な管理が必要なので、とても大変なものですが、それだけにこれからも熟成し続け、いずれは“飲めない酒”とまで言われるようになるといいなと思います」

百万石 一ノ蔵酒造の味を支える若き研究員の目は輝いていた

 

2006年、酒精強化清酒の開発は、自分にとっては“最初で最後の夢のお酒”といって亡くなった先代の遺言を見事に成し遂げた鈴木さん。

「飲んでいただけない場合も考えて、自宅でずっと保管してあっても見栄えのする宝箱のような箱を考えました。そして、このマデナというネーミングには3つの思いが込められています。一つには、宮城の方言で『丁寧な』という意味の『までな』、さらに宮城の方言で『待っていてね』という意味の『待でな』、そして開発のきっかけとなった『マデイラワイン』の『マデナ』。『長期間の熟成が必要なお酒のため、出来上がりまでにとても長い時間をお待たせします。じっくり丁寧に造っていますので、仕上がるまで待っていてください』、そんな気持ちがこもった商品です」

“秋の夜長”の言葉通り、夜の時間が充実できるこれからの季節。醸造酒の垣根を越えた「マデナ」を片手に、歳月のみが醸し出す、粋で趣き深い魅惑の味を堪能してみてはいかがだろう。


「madena」
澄んだ琥珀色とカラメルのような豊かな香りに、濃醇な甘味が調和する特別感漂う新感覚の日本酒。高級感もあってギフトにぴったり。精米歩合65%、アルコール分18度。「madena」左:720ml/5500円。 右:180ml/1650円。

株式会社一ノ蔵
宮城県仙台市泉区市名坂字万吉前23-1
TEL 022-341-2125 https://ec.ichinokura.co.jp


写真/樗澤広樹(編集部) 取材・文/伊澤一臣

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