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COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL
蕎麦猪口は料理を入れる小鉢にも使えます。

日本が誇るモノづくり技術で“心地よさ”の探究を試みるブランド「COCOO(こくう)」。代表の北山さんは、第一弾プロダクトとして、真空魔法瓶技術で蕎麦猪口を制作し、伝統工芸の漆を塗れたら面白いと考えます。

前編はこちら

「じつは魔法瓶ってコーティングに課題がありまして。真空断熱構造のタンブラーはステンレス製で金属感が気になる方も多いんです。通常はフッ素加工を施しますが、人工樹脂だから唇がふれたときの感触、飲み心地、風味はやはり天然のものに及びません。そこで何か我々らしいアプローチはできないかと考え、漆が塗れたら面白いんじゃないかと思って調べ始めたんです」

佐藤喜代松商店に植えられた漆の木
佐藤喜代松商店に植えられた漆の木。漆の樹液は、15年育てた1本の木から200グラムしか取れません。

漆はウルシの木から採取した樹液で、塗料や接着剤に使われます。日本では9000年前、縄文時代の遺跡から漆を塗った副葬品が発見され、それ以降も、仏具や武具の装飾、陶器の修理、江戸時代には漆器が普及するなど、長きに渡り、暮らしのなかに存在してきました。しかし戦後の漆不足から安価で加工しやすい合成樹脂が開発されると、近年は、漆器の多くがウレタン塗装に置き換わってしまいました。

「今は天然漆器を使う機会も減っているので、このタンブラーが漆の魅力を知るきっかけになればとも思ったんです。漆って蒔絵に代表されるような色彩や意匠面が強調されますが、優れた抗菌性を持ち、強度も高く、独特の風合いや経年変化が楽しめる優れた素材なんです」と北山さんは語ります。

精製前の生漆
原料となる荒味漆(あらみうるし)。ウルシの木の幹に専用の鎌で傷を入れ、滲み出した樹液が採取されます。この時点では木のカスなどが混じっています。

漆に関する文献を読み耽り、南部鉄器の錆止めに使われる「焼付け」という手法ならステンレスにも塗れるのではないかと推察した北山さん。京都で漆の精製をしながら、京都市産業技術研究所と共同で研究を行うなど漆のオーソリティとして活動する「佐藤喜代松商店」に協力を仰ぎます。

佐藤喜代松商店
佐藤喜代松商店は北野天満宮の近くにあります。

今回のビギニン

佐藤 貴彦さん

佐藤 貴彦さん

1975年生まれ。京都府出身。1921年に創業した佐藤喜代松商店の4代目。漆精製職人として伝統的な技術を継承しながら科学的アプローチで革新的な漆の用途開発に取り組む。お茶碗の修理から、自動車、楽器、エレベーターなど、新しい分野へ漆を広げ、現代に即した漆のあり方を探求する。大学時代は農学部で害虫防除を専門とし昆虫研究に専念。現在の趣味は錦鯉。近々品評会に出展予定だそう。

佐藤喜代松商店4階の精製場
佐藤喜代松商店の4階が精製場になっています。

Struggle:
漆の硬化時間を504倍に加速する

精製された漆
ゴミを取り除き水分量を減らして精製された漆。

漆の主成分はウルシオールという茶褐色透明の油。これが固まることで塗膜を形成します。その際、重要な役割を果たすのがラッカーゼという酵素です。漆全体のわずか0.1%程度しかないラッカーゼが空気から水分を取り込むことでウルシオールの重合反応を促進。単体の分子が集まり高分子化することで自然界最強の接着剤と呼ばれる強度を生み出します。

「器に塗った漆は水分が揮発して乾くのではなく、化学反応でウルシオールが互いに結合して硬化します。その際、ある程度の温度と湿度が必要なので、乾燥する季節は漆室(うるしむろ)の壁面に水を含ませたり、濡らした布を敷いたりします」と佐藤さん。

漆を塗った器は温度と湿度が管理された漆室に置かれ、指で触れられる程度に固まるのに半日~1日、完全硬化するには1週間以上の時間が必要です。それが量産においてネックとなります。

北山さんと佐藤さん
漆を塗った器を乾かす室(むろ)の前で談笑する北山さん(左)と佐藤さん(右)。

北山さん「1回塗っただけでは漆の厚みや質感が出せません。しっかりしたものを作ろうと思えば2~3回塗り重ねないといけないんですが、そうすると完成まで2~3週間かかってしまう。それでは価格や量産の面で商品化が難しい。1~2日で出来るやり方はないものか調べていたところ『焼付け』という技法があることを知りました」

焼付けは、南部鉄器の仕上げに行われる手法。鉄器を200~300度に熱して、漆をかけるとウルシオールが一気に硬化し、錆止めの塗膜を形成します。鉄器が黒いのも漆を焼付けた色なんだそう。

北山さん「これがステンレスタンブラーにも使えないかと思い、漆で様々な試みをされている佐藤喜代松商店さんに相談しました。いきなり『真空の魔法瓶に焼付けできますか?』と訊いたら『やってみましょか』って、スッと取り掛かっていただいて(笑)」

佐藤さん「以前、食洗機で使える漆器を作ったことがあり、木に塗った漆をどうすれば長持ちさせるかというデータは持っていたんです。北山さんの話をお聞きして、確かに金属だったらもっと丈夫だし、焼付けたら上手く出来そうだと思いました」

浮かんだイメージに沿って制作を開始した佐藤さん。依頼からわずか2日でサンプルを完成させます。

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL 加工順に並べた画像
左から加工順に並べました。ベースとなるステンレス蕎麦猪口→漆が乗りやすくなるブラスト(ザラザラにする)加工を施す→下地となる漆を塗る→その上から地の粉を蒔く→黒漆を塗る。

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL
外側と内側を別々に焼くので、3回漆を塗ると6回オーブンに入れて焼くことになります。

佐藤さん「焼付けで速く作るにはどうすれば良いかを考えたらこうなったという感じです。通常、焼付けは金属と漆の密着を良くするために使います。当然、2回目以降の塗りは漆器と同じ工程になりますが、今回は3回行う塗りをすべて焼付けにしました。一回塗ってオーブンに入れたら20分程度で乾燥するので1日で完成します」

北山さん「私たちの要望を完全に汲み取って形にしていただきました」

佐藤さん「あと『蒔き地』(まきじ)という技法を使っています。漆器は通常、岩や土を細かく砕いた『地の粉』と生漆を混ぜ合わせて作った下地を、素地にヘラ付けして、漆を塗り重ねていきます。対して『蒔き地』は、漆を素地に直接塗り、そこに地の粉を蒔きかけて固めたものを下地とする技法で、器の強度が増し、傷も目立ちにくくなります」

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL
職人さんが手作業で漆を塗っていきます。

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL
漆を塗り終えたら、まんべんなく地の粉を振りかけます。

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL
専用オーブンに入れて、180度で20分焼きます。

表面がザラザラするのも蒔地の特徴で、焼付けた漆の黒と相性抜群です。その一方で焼付けは鮮やかな色を出すのが難しく、佐藤さんは目下研究中だそうです。

佐藤さん「専門的な話になりますが、焼付けはラッカーゼで硬化するわけではないんです。ラッカーゼはタンパク質なので焼付けを行う(150度まで加熱する)と失活し、通常と異なるプロセス──熱によってウルシオール自体が強制的に重合していくんですが、どのように反応しているかはっきりわかっていない部分も多くコントロールしづらいんです。色は顔料によって性質が違うので、焼いて想像以上に発色するものもあれば全く出ないこともあります」

北山さん「最近は僕が佐藤さんの漆教室に通わせてもらって、そこでカラーバリエーションの研究をしています」

北山さんと佐藤さん

今なお進化中の「焼付けで魔法瓶全体に漆をコーティングする技法」。現在、特許出願中ですが、じつは焼付ける漆も佐藤喜代松商店の特許製法で作られています。

佐藤さん「生漆を薄膜旋回分散法という技術で分散させた漆「黎明」(京都市産業技術研究所と佐藤喜代松商店の共同特許)や三本ロールミルを使って精製する『MR漆®』は、漆塗膜の耐久性が向上し、焼き付けも速いので今回も使用しています」

佐藤喜代松商店の精製場
生漆に布団綿を混ぜ攪拌し混入した木屑やゴミを取り除く装置。

佐藤喜代松商店の精製場
漆の成分を細かくすることを「なやし」、水分量を減らすことを「くろめ」と呼びます。この装置は、鉢の中に先ほどゴミを取り除いた漆を入れ、吊り下がった電気ヒーターで水分を飛ばし、鉢の底にあるヘラでかき混ぜて漆をならす「はちぐろめ」という工程で使用されます。

佐藤喜代松商店の精製場
鉢の底にあるプロペラ。これを上下させることで漆の成分をどの程度すり潰すかを調整していました。

佐藤喜代松商店の精製場
漆は下の艶なしがベーシック。精製して成分を細かくすり潰すと上のような艶が出てきます。

Reach:
抗菌性&耐久性。漆の優れた機能性を伝える

佐藤喜代松商店

見た目だけでなく漆の機能面も伝えたいと考えていた北山さん。サンプルが出来るとカケンテストセンターに品質検査を依頼します。

北山さん「焼付けを3回行う技法は初めてで、漆の高い抗菌性がどこまで維持できるのか不安でしたが、24時間で99%以上の特定菌を死滅。抗菌効果が認められました。また大抵のステンレスボトルはスポーツドリンクがNGなんです。イオン性の液体を入れると腐食しやすくなるからなんですが、漆は強い酸やアルカリでもまったく問題ありません。特許漆と焼付けで、耐久性も抜群に高いので食洗機にも安心してお使いいただけます」

北山さんと佐藤さん

魔法瓶、蕎麦猪口、焼付け漆、それぞれ歴史を持つ技術が交錯することで生まれた「キッスル」。その名前は「お茶を喫する」に由来するのだそう。

北山さん「佐藤さんのような製造パートナー、使ってくださるユーザーの皆さん、興味を持って取材してくださる方、そういった人たちとまずは一服、喫する所から関係性をスタート出来ればというメッセージを込めています。僕は『再発明』もテーマにしていて、伝統技術に何かを掛け合わせ、今までになかった便利で面白いものを生む余地はまだまだあると思っています。今後も様々な方と喫していきたいですね」

第2弾プロダクトとして漆×紙のプロダクトを構想中という北山さんと佐藤さん。キッスルでお茶を喫しながら、次なる再発見に夢を膨らませます。

COCOO こくうの真空漆タンブラー KISSUL

真空漆タンブラー KISSUL
京都の老舗漆屋「佐藤喜代松商店」と共同開発した、世界に一つだけの『真空漆(しんくううるし)』タンブラー。日本古来からの漆の焼付け技法をステンレスタンブラーに応用した。「漆」×「真空魔法瓶構造」のハイブリッドで、保温・保冷機能はもちろん、漆ならではのやさしい口当たりが特長。天然の抗菌性に優れ、丈夫で食洗機にも対応する。傷がついても、漆で修理しながら使い続けることができる。サイズΦ79×H72mm、容量約210ml、本体ステンレス鋼、天然漆塗装。6600円。

(問)合同会社 COCOO
https://co-coo.jp
※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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