さざなみドラム

東京の大学を卒業後、和歌山県串本町に移り住み、高台に立つ一軒家で海を眺めながら、趣味であるバイオリンやピアノを演奏したり、YouTubeやブログで田舎暮らしを配信し、訪ねてくる人と交流を育んだり。質素ながら精神的に充実した時間を過ごしてた長谷川さんでしたが、あるときTwitterで目にしたタングドラムという楽器に心を奪われます。その音色を自分でも演奏したい!と惚れ込み、YouTubeを参考に一気呵成でタングドラムを製作。音が出るのが楽しく、自作楽器を持って旅に出かけ、宿泊先で演奏していたところ「売ってみたら」と声を掛けられます。それまでは売り物にする気など全くなかった長谷川さんですが、「もし販売するならばどうすれば良いか」という目標を得て、音色、機能、デザインなど、全体的な改良に乗り出します。

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今回のビギニン

長谷川敬祐さん

長谷川敬祐さん

1988年12月31日、大阪府和泉市に生まれる。10歳でピアノ、17歳からヴァイオリンを習い、高校では吹奏楽部に所属。青山学院大学卒業後、お金を使わない自由な暮らしと、美しい海を求め、和歌山県の串本へ移住。YouTubeやブロクで暮らしぶりを発信する。2018年頃、twitterで知ったタングドラムの音色に魅了され製作を開始。研究改良を重ね「さざなみドラム」という名前で販売するとネットで話題に。ヴァイオリニスト葉加瀬太郎氏がアルバムの楽曲収録に使うなど高い評価を得る。趣味は夕暮れの景色を眺めること。

Struggle:
世界各地のタングドラムを研究しアップデートする

さざなみドラム

タングドラムは誕生して間もない新しい楽器なので、作り方に決まりがありません。長谷川さんは世界各地のタングドラムを研究し、アップデートに取り掛かります。

「鉄を切り、スリットを入れて、溶接する。そういった技術は方法さえわかれば簡単で、本当に難しかったのは設計なんです。どんな形状の切れ込みをどう配置したら音が綺麗に響くか、透明感を出せるか。そこを重視し、試行錯誤しながら作り上げていきました」

ちょっと叩いてみましょうか、ということで長谷川さんが製作したスチールタングドラム「さざなみドラム」の試奏をお願いしました。お寺で聞く鐘の音にも似た悠久を思わせる清浄な響きが耳を撫でます。

工房前の枯木灘海岸で演奏する長谷川さん。風の音や鳥の鳴き声とさざなみドラムの響きがよく調和しています。

音は空気の振動です。和太鼓を叩くと、表面の皮が凹んだり膨らんだりを繰り返します。その運動が空気を押し引きし縮んだときに「密」、伸びたときに「疎」を生み出します。この周期変動を鼓膜で感知して私たちは音が鳴っていると認識します。

音の高低は振動数によって決まります。一秒間に繰り返す回数は周波数(Hz)で表され、低い音は振動回数が少なく、高音は多くなります。人間が聞き取れる範囲は20~20,000Hzで、チューニングの基準音であるピアノの「ラ」が440Hzと定められています。また1オクターブ上がるごとに周波数は倍になります。この周波数を巧みにコントロールすることで、さざなみドラムは独特の残響音を生み出しているのだそう。

長谷川敬祐さんのピアノ
音階はアルファベットで表します。ピアノのドはC、基準音のラはAです。

「何か音を鳴らした時、原音の他にも『倍音』と言って、2倍、3倍の周波数を持つ振動が自然に生じているんです。通常は小さくてほとんど聞こえないんですが、さざなみドラムは、人が心地良く感じる『整数倍の倍音』を調律して鳴らすことで、共振し合うようにしています」

共振は、同じ周波数の音叉(おんさ)を2つ用意し、片方を鳴らすと、もう一方の音叉も触ってないのに鳴り出すという現象が有名です。さざなみドラムはこの共振によって、U字型の打面(スリット)を1つ叩くと2から最大9の音が鳴り、摩訶不思議なヒーリングサウンドを生み出します。その秘密がスリットに隠されていました。

さざなみドラムの打面
U字型の切れ込みで形成された打面(スリット)、内側のインナースリットが倍音を出します。少し浮き上がっているのは音を良くするため。

「打面はU字のスリットになっていて、外周が基音を出し、内側のインナースリットが第2倍音、2本目が第3倍音を出しているんです」

葉っぱをイメージした装飾だと思っていたら、実はこのスリットこそが、さざなみドラムの心臓部。ラインと切れ込みの深さで音を調節していて、1ミリ以下の差で音が変わってくるといいます。

「倍音のインナースリットは全ての打面には入れていません。構造上難しかったり、本体自体から出る音と混じった時、汚い響きになるものは外しています。並びもランダムに見えますが、ちょっと長くしたり、位置を微妙にずらすことで、変な音が混じらないようにしています。詳しい理屈は僕にもわからないんですが、同じ音階だから共振するかっていうとそういうわけではなく、スリットの場所も大事なんですね。それを一個づつ調整して今の形に辿り着きました」

さざなみドラム
さざなみドラムは右手でメロディ、左手で伴奏ができます。演奏を簡単にするため、全ての音が順番で登っていくように配置。横一列を叩くと和音になりコードの演奏もしやすくなっています。

また、もう一つ大きな特徴として、さざなみドラムは楽器としての演奏のしやすさが顧慮されています。

「一般的なタングドラムは音階に抜けがあります。それも楽器の個性と言えますが、さざなみドラムは本体外周にもスリットを配置することで広い音域をカバーしました。音階の配置はサイズによって異なりますが、基本的に音階順に並んでいて、時々サイドスリットを使ってます。これは、音が悪くならない範囲内で音階が叩きやすいようスリットを配置しているからです。音の響きだけを考えたら別の配置もありますが、それだと演奏が難しくなるんですよね」

さざなみドラム
最小サイズもドレミファソラシドが出ます。キーはE♭。

さざなみドラム
カラーはブルー、アズールブルー、グリーンの3種類あります。

Reach:
あのヴァイオリニストが録音に使用

試行錯誤を経て誕生したタングドラムは「さざなみドラム」と名付けられます。長谷川さんの住居兼製作所はすぐ目の前が海、一日中波の音が聴こえていて、奏でる響きのイメージにも合致するぴったりのネーミングです。

長谷川敬祐さん
「海が大好きなので、それにちなんだ名前にしました」

以前から動画やブログで生活を配信していた長谷川さんは「さざなみドラム」もTwitterやYouTubeにアップ。すると、思いも寄らない人物からDMが届きます。

「ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんからTwitterで連絡が来たんです。購入したいということでしたので普通に販売して。その後、撮影の用事で串本にいらっしゃったとき、ご飯をご一緒させて貰いました」

葉加瀬太郎さんは録音にさざなみドラムを使用し、その楽曲はアルバム『SONGBOOK』に収録されています。超一流のプロヴァイオリニストも魅了した、さざなみドラムはTwitterでもじわじわと耳目を集めます。

長谷川敬祐さん
工房からすぐ近くの枯木灘海岸で演奏してもらいました。

「Twitterの打楽器マニアの方が宣伝してくださって、それが一つのきっかけになってYotubeやSNS で動画を見た方から注文が入り始めました。サイトから購入できるようにしていたんですが、週に3個とかオーダーが入るようになって。その頃は一人だったので、捌ける前に次の注文が入ってくるという状態になりました。そんなときにテレビ番組でも紹介されて、放送後にいきなり100個とか注文が入ったんです。それで、とてもじゃないけど処理できないとなって、一旦サイトを止めて、スタッフを雇って製作体制を整えました」

現在、スタッフの方は3人に増え、注文より製作数が上回ったという長谷川さん。これから代表としてどんどん販路を広げるのかと思いきや、次に作る新しい楽器のことを考えていて、さざなみドラムを今以上拡大する気はないと言います。

長谷川敬祐さん

「仕事って嫌なこともやらなければならないじゃないですか。例えば、営業だったら意味のないものを売ったり、僕はそれって本当に価値があるのだろうかって考えてしまうタイプなんです。買ってくれた方が喜んでもらえたら、いい仕事したなーって。それだけで満足できるんですよね」

和歌山県串本町の景色

作りたいから作って、それを欲しい人が買う。それだけで十分。晴耕雨読の心が、癒しの響きを生み出しているようでした。

さざなみドラム

楽器製作者の長谷川敬祐さんが独学で製作した打楽器「さざなみドラム」。音の透明さと豊かな残響音を特徴とし、本体の切り込み(U字型スリット)により、特定の音に対して整数倍の倍音を意図的に響かせ、共振させることで特有の音空間を生み出す。一般的にタングドラムは音数が少なく音階に抜けがあるが、さざなみドラムは外周スリットを使うことで音階に抜けがなく、演奏力を向上させている。材料となる圧力容器の底パーツから完成するまで全ての工程を手作業で製作。サイズは小型、中型、大型、伴奏用の4種類で、カラーはブルー、アズールブルー、グリーンがある。5万2800円〜。

(問)さざなみ Steel Tongue Drum -Sazanami-
https://sazanamidrum.com/order#order

※表示価格は税込みです


写真/中島真美 文/森田哲徳

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