一度は消滅した伝説のキューバ時計「クエルボ・イ・ソブリノス」
各国の名士らを魅了したキューバ発ブランドの数奇な運命
中米・カリブ海地域の島国キューバと聞いて、皆さんはなにを思い浮かべるでしょうか? 1959年に始まったキューバ革命の英雄に祭り上げられたゲリラ指導者チェ・ゲバラ(出身地はアルゼンチンですが)でしょうか? あわや核戦争勃発かと世界中を震撼させた1962年のキューバ危機でしょうか? 2008年までの約半世紀間、指導者として君臨したフィデル・カストロでしょうか? そうした政治的なものとは別に、葉巻きたばこやラテン音楽などをイメージする人もいるかと思います。とはいえ、ほとんどの日本人にとり、閉鎖的な社会主義国である同国に関する情報を得られる機会は決して多くはありません。
かつてキューバは十分な繁栄とまではいかないまでも、実はそれなりに経済が盛んな活気あふれる国でした。そんな時代に誕生し、世界中のセレブたちを魅了していた時計ブランドが同国の首都ハバナに存在していたと知れば、その意外性にちょっと驚いてしまうのです。
そのブランドが、ここに紹介するクエルボ・イ・ソブリノス(CUERVO Y SOBRINOS)です。1862年、ラモン・フェルナンデス・クエルボ氏がハバナの中心地アミスタッド通りに「ラ・カーサ」なる貴金属店を開いたとき、同ブランドの歴史は始まりました。その後に甥たちが経営に参加し、1882年、店名をスペイン語で「クエルボとその甥たち」という意味の「クエルボ・イ・ソブリノス」に変更。やがて事業は拡大していき、フランス、ドイツ、スイスにも出店しました。スイスのラショー・ド・フォンにて生産された、キューバらしい独創的デザインのオリジナルウォッチは大いに評判を呼び、各国の名士たちを魅了。それを裏づけるのは、作家アーネスト・ヘミングウェイ、俳優クラーク・ゲーブル、理論物理学者アルベルト・アインシュタイン、政治家のウィンストン・チャーチルといった名が記された顧客リストでした。が、先述したキューバ革命を機にクエルボ・イ・ソブリノスは国有化を余儀なくされ、ほどなくブランドは消滅したのでした。
1997年、歴史の中に埋もれていた幻のブランドの存在を知ったルカ・ムスメチ氏とマルツィオ・ヴィラ氏(前CEO)によってブランドの復活が図られ、2002年のバーゼルワールドでデビューを果たし、他に類を見ないデザインのコレクションが衆目を集めました。2008年にはスイス中南部ティチーノ州に本社とアトリエを構え、また、世界各国に進出。2018年、時計製造業界の投資家チームによる同社買収で、ブランドはさらに強化され、今日に至っています。
ラテンの情熱で手元に色気&品格を添える大人の時計
さて、今回、ここに紹介する「ヒストリアドール1519(HISTORIADOR1519)」は、この7月(2022年)にリリースされたばかりのクエルボ・イ・ソブリノスの最新作です。これにはルーツモデルがあって、それは2019年に発売された「ヒストリアドール1519 GMT」(51万7000円)なる、ハバナ市制500周年記念の限定モデルです。
かのクリストファー・コロンブスとともに、その船団の一員として新大陸に渡り、のちにキューバ総督となったスペイン人ディエゴ・ベラスケスが、キューバ島南岸スルヒエドロ・デ、バタバノから、同島北西岸の、現在のハバナの地に拠点を移したのが1519年でした。そして1553年にキューバ地域の公式の首府となり、以後、カリブ地域の中心的な貿易港として、また、重要な軍事拠点としてハバナは発展をしていきました。ちなみに英国製品のカラー表記において、しばしばダークブラウンを「ハバナ」と記載されるのはご存じでしょう。これはキューバ特産のたばこ葉の色に由来するものと思われますが、英国原産の短毛種で全身がダークブラウンの猫種ハバナが由来との説もあるそうです。
話が逸れてしまいましたが、この「ヒストリアドール1519」は、3年前に発売された記念モデルの基本デザインはそのままに、GMT機能を省いたことで41万8000円という、よりリーズナブルな価格を実現したモデルとなっています。時・分針は古典的なブレゲ針で、インデックスは気品ある二等辺の菱形アプライド。文字盤の中心部にアールデコ調のギョーシェ模様が、ミニッツトラックに彫り溝の装飾が施され、12時位置にブランドエンブレムが、また、日付表示窓の上にはキューバの紋章の一部である「新世界の鍵」が配されています。カラーは3色展開で、なかでもトップ写真の「Ref.3195.1AB」では文字盤の飾りリングやアリゲーター製ストラップに、キューバ産葉巻を連想させるハバナカラー(!)が取り入れられております。
全3色いずれもが、元来はシンプルな見た目になるはずの日付表示付き三針式でありながら「ちょっと濃い!」顔つきであるのがカリブ的。そこからはラテンらしい情熱と、艶やかな妖しさが感じられるのです。それでいて気品を失していないのが、このデザインの妙。大人の色気を演出するのに一役買ってくれること請け合いなのです。ということで「ちょっと人のとは違う時計を!」という人はぜひ、この「ヒストリアドール1519」にご注目を!
ハバナに滞在した名士らがこぞって訪問したクエルボ・イ・ソブリノスのブティック。同ブランドは栄華を極めていた1940年代、ハウスブランドの製品に加え、パテック・フィリップやロレックスといった一流時計メーカーとのダブルネームで製造したウォッチを販売していた。
「ヒストリアドール1519」は、シルバー&ブラウンサークルの「Ref.3195.1AB」(トップ写真)を含む全3色展開。写真左/カリブ海の青と砂浜の白をイメージさせるシルバー&ブルーサークルの「Ref.3195.1AT」。写真右/カリブの晴れわたる空と茫々たる海を思わせるダークブルーの文字盤にゴールドの針&インデックスがセクシーに映える「Ref.3195.1BL」。
ケースバックからのぞくはスイス製のオリジナルキャリバー「CYS 5104」。ブリッジなどにペルラージュ仕上げ(ウロコ状の連続模様)を採用。また、コート・ド・ジュネーブ仕上げ(レマン湖畔に打ち寄せるさざ波がモチーフのストライプ模様)が施されたブルーのローターには、ハバナ市の市旗に描かれている3つの要塞が刻印されている。
「ヒストリアドール1519」
駆動方式:自動巻き
パワーリザーブ:約48時間
防水性能:3気圧
ケース径:40mm
ケース素材:ステンレススチール
バンド素材:ルイジアナアリゲーター
文字盤カラー:シルバー&ブルーサークル、ダークブルー、シルバー&ブラウンサークル(トップ写真)
価格:各41万8000円
問い合わせ先/ムラキ クエルボ・イ・ソブリノス ☎ 03-3273-0321
https://cuervoysobrinos-japan.com/
※表示価格は税込
文/山田純貴