サメ愛
沼口 麻子

1980年、東京都出身。東海大学海洋学部を卒業後、同大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程を修了。大学在学中にサメ相調査と、サメの寄生虫の調査に没頭。世界唯一のシャークジャーナリストとして、「サメのいるところ沼口あり」と言わんばかりに活躍中。自身でも「サメ談話会」というサメファンクラブを主宰し、全国各地にサメ好きの輪を広げている。挨拶の基本は「よろシャークお願いします」。主な著作に『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)。

ダニ愛
島野 智之

1968年、富山県出身。横浜国立大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(学術)。農林水産省(独)農業・生物系産業技術研究機構主任研究員、宮城教育大学准教授を経て、2014年より法政大学国際文化学部・自然科学センター教授。著書に『ダニ・マニア チーズをつくるダニから巨大ダニまで』(八坂書房)、『生物学辞典』(東京化学同人/編集協力、分担執筆)など。現在、世界初となるダニ写真集を準備中(風濤社/今秋刊行予定)。

お互い昆虫好きから始まった!

沼口:初めまして、よろしくお願いします。
島野:こちらこそ。実は私、この対談の第1回に登場された、東京大学研究博物館
の松原始さんとは懇意にさせていただいてるんです。
沼口:そうなんですか!? 世の中狭い(笑)。
島野:カラスもダニも、世の中の嫌われ者のようになっていますから(笑)。
沼口:いえいえ、そんな……! 松原さんとの対談はすごく盛り上がったんですよ。
島野:興味深く拝読しました。今はダニを研究していますけど、個人的にはサメに対する興味や憧れもあったものですから。

ダニ男子のお宝[1]
ダニピン

●●
島野さん愛用のダニのピン(高橋健樹 “たがや “さんの作品)。木目金という手法で作られた特注品だ

沼口:どんな憧れですか?
島野:サイズというか、スケールが大きいでしょ? 実際には人食いザメは存在しませんが、ひとつのイメージが映画や小説になるほど存在感がある。
沼口:人がサメに襲われるケースは極めて少ないですからね。そもそも海の中にいない我々人間を意図的に捕食しているとは考えづらいです。おそらく、人が泳ぐときの音を獲物が海に落ちて溺れている音だと錯覚したり、サーフボードでパドリングをしている姿が海面下から見るとウミガメそっくりだったり。そういう、事故的なものは勿論ゼロではないので、それが誇張されてあのようなイメージになっていると思います。
島野:人を襲う可能性があるサメの種は、サメ全体の6%程度と聞いたことがあります。で、ここからが私の主張になるんですけれども。
沼口:伺いましょう!
島野:ダニも、「ダニは人の血を吸う」と思われていますが、実際に吸血するダニは全体の1%ほどなんです。「ダニ」というと「マダニ(※注1)でしょ」と、ダニがマダニという種類しかいないような誤解が蔓延しているんです。「ダニ=マダニ=血を吸う」とイメージが固定化されているんですよね。家の中にいるアレルギーの原因になるダニもいれば、土の中で植物が生長するのを助けるダニもいます。またチーズの熟成を助けてくれるダニだっています。

ダニ男子のお宝[2]
だにしぼり

繁殖力の強いダニを子孫繁栄のモチーフにした手ぬぐい「だにしぼり」。母マダニ1匹と子マダニ208匹がデザインされている。なお、漢字の「蟎」は、日本で発案された文字(国字)(国字という)だとか。http://omnh-shop.ocnk.net/から購入可能。

沼口:吸血する、つまり人にとって害悪なダニは、サメより少ないという主張ですか?
島野:と、言いたいところなんですが、その1%にあたるダニは、意図的に人に対して「血、吸ってやるぞ!」とやる気満々に来るんです。少ないからいいというものでもない、という、両者引き分け的な主張です(笑)。
沼口:島野さんは、いつからダニの研究をしていたんですか?
島野:大学の学部時代は花の品種改良を主に研究していたんです。
沼口:全く違う分野ですね。
島野:でも元は昆虫をやりたくて。もっとも昆虫といっても、「自分だけがわかってあげられる虫をやりたい」という、ちょっとへそ曲がりな願望があったんです。大学院で進学した研究室の先生がダニの専門家であったこともあり、昆虫ではないですが、ダニもいいかな……と。

ダニ男子のお宝[3]
ダニペーパーウエイト

島野さんがフランスで買ってきたダニのペーパーウエイト。ヨーロッパでは日本よりもダニが身近な存在になっているそう!? ダニのデザインのグッズが売られているのも珍しくないとか!!!?

沼口:最初、ダニへのネガティブなイメージはなかったんですか?
島野:全然なかったです。でも最初の頃は、ダニという言葉を聞くだけで、肌をダニが這っているような錯覚がして、しょっちゅうモゾモゾ体をくねらしていましたけど(笑)。
沼口:あははは! 昆虫が好きなお気持ちは私もわかります。
島野:沼口さんも昆虫を研究したいと思ったことはあったんですか?
沼口:はい、小さい頃から、何かしら虫を捕ってきてはプラスチックケースで飼っていましたから。将来、なるとしたら昆虫学者か生物学者か獣医かと思っていたほどです。
島野:魚に興味が出始めたのは?
沼口:本格的な興味は中学生くらいからですね。アクアリウムでピラニアなどのちょっと大きめな魚を飼うようになったんです。大学生になってからは、せっかく海洋学部に入ったので、鯨類やサメのような大きめの生き物をやりたくなって。サメは特に研究者があまりいなかったこともあったんです。

サメ女子のお宝[1]
サメ廃タイヤバッグ

サメ廃タイヤバッグSEALが作製したショルダーでもウエストでも使えるバッグ。廃タイヤを使っており、ひとつひとつ質感が違う。サメバージョンとシャチバージョンがある

サメ女子のお宝[2]
エイのランチョンマット

エイのランチョンマットエイ革を原材料に使ったランチョンマット。ここから財布などに加工されていくケースが多い。東京・浅草橋で購入

島野:なるほど。
沼口:それと本音を言うと小笠原諸島の父島という南の島での生活に憧れていました。父島ではサメを研究されている方が当時誰もいなかったので、サメ相から調べ始めたんです。
島野:小笠原! あそこにもダニの採集に行きましたが、サメに囲まれたことがあります! カヌーで移動していたら、明らかにサメの魚影が周囲をびっしりと……!
沼口:ネムリブカですね。おとなしいサメですから、襲われる心配はほとんどありません。小笠原では一番身近なサメかもしれません。湾の中に入ってくるネムリブカのようなサメを夜な夜な釣りに行ったり、小笠原式縦延縄漁船などの漁師さんにもらったり、色々な方々に協力してもらってサンプルのサメを集めていました。

サメ女子のお宝[3]
防水バッグ

STREAM TRAILの防水バッグ。上部を除き、防水性が極めて高いので嵐や暴風雨にも対応可能。完全浸水しなければ上部まで水に浸かっても使用できる。沼口さん曰く「フィールドワークでの必須アイテム」とのこと

島野:漁師さんと仲よくなって分けてもらうんですか?
沼口:そうなんです。大きいのが獲れたら、無線で連絡が入って、すぐに港に取りに行くんです。1分でも到着が遅れたら叱られてしまいますから、もう全力で(笑)。
島野:楽しくもハードな青春時代だ(笑)。
沼口:結局、最終的に博士課程に行くかどうか迷ったのですが、博士課程を経ても就職に直結はしないので、社会に出ることにしたんです。でもOL生活がやはり肌に合わず、7年前からシャークジャーナリストを名乗って好きにやらせてもらってるんです。
島野:それで今はサメ一筋ですか。うらやましいな。私は、ダニがおもしろくないわけじゃないんですけど、あまりに小さすぎるので、たまにめちゃくちゃ大きい動物を研究したい衝動にかられます(笑)。

まだ発見されてないダニも多くいるはず!

沼口:私、ダニの世界の全体像がわかっていないんですが、ダニは全部で何種類くらいいるんですか?
島野:約5万5000種ですね。世界で名前の付いた種だけで。
沼口:すごい数!
島野:クモですら4万5000種ですから。クモにはタランチュラなど有名なのもいますが、ダニの種数のほうが多いのは、案外知られていない事実なんですよ。もっとも、ダニは肉眼では見えない種が多いので、実際にまだ発見されていない種がもっといる可能性は少なくありません。

ダニ男子のお宝[4]
黒沼真由美作ダニポスター


作家・黒沼真由美さんが手掛けた、ダニの進化をまとめたイラストポスター。生息している場所についてもわかりやすく描かれている

沼口:つまり、「ダニ」という種類は実はいないってことですよね。サメも同じで、509種いる中で「サメ」という種類はいないんです。あくまで生物グループの総称なんですよね。
島野:ええ、加えて約5万5000種のうち人の生活圏にいるのは、どう多めに見積もっても20%くらい。残り80%は人とは関わらずに暮らしているんです。
沼口:人と関わるのは20%しかいないんですか! そういえば、一時、ニキビの原因になる顔ダニが話題になりましたよね。顔にはいっぱい顔ダニがいるから、予防しないといけないって話題になってたりしました。
島野:ニキビダニですね。よくニキビダニの予防や駆除を目的とした石鹸などが売られていますが、人間の場合は予防しなくても悪影響は心配しなくて構いません。
沼口:そうなんですか?

ダニ男子のお宝[5]
ダニTシャツ

島野:一種のセールスプロモーションとして顔ダニが利用されているだけです。もっとも、肌を不潔にしていいと言っているわけではありません。よく、マスカラを落とさずに寝てまぶたに炎症を起こす女性がいますが、不潔な環境だとダニが増える原因にはなりますよね。
沼口:ニキビダニは目に見えるんですか?
島野:見えないですね。夜に毛穴から出て来て交尾して、また戻っていくんですが、肉眼でその光景を見ることはできません。ですので、寝ている彼氏や彼女の顔の上を、ニキビダニが飛び回っているという悪夢のような光景を目にすることはありませんので、世の中の皆さんは安心してほしいです(笑)。
沼口:ダニの中で一番大きなのはどれくらいの大きさなんですか?
島野:マダニには血を吸ってお腹いっぱいの状態になったら500円玉くらいの大きさになるものがいます。吸血性ではないダニの最大の大きさは、血を吸わずに500円玉くらいでしょうか。インドやメキシコに生息しているナミケダニの一種です。インターネットなどでみると、真っ赤ですが血を吸っているわけではありません。

ダニ男子のお宝[6]
ヘッケル作『生物の驚異的な形』(1904年)のうちクモガタ類のページ

ダーウィンと同時代に生きた生物学者であり生物画家でもあったエルンスト・ヘッケルの生物画。四隅にダニの形が詳細に描かれている。「1904年にここまで詳細に描くのは非常に難しかったはず」と島野さんも賛辞を惜しまない。ただし、近年の顕微鏡技術の進歩により一部ディテールに誤りも見つかっている(ダニの描写は正確:島野さん談)

沼口:数が多かったら研究が追い付いていきませんよね。日本国内でダニの研究者は何名ほどいらっしゃるんですか?
島野:医学系や農業系の研究者を合わせると、ダニに関与している研究者は少なくはないんです。ただ、自由気ままなダニを、専門的に研究している私のようなスタンスの研究者は少ないですね。
沼口:学会はあるんですか?
島野:日本ダニ学会という団体があります。会員は200名ほどいますね。サメの学会はどんな団体なんですか?

ダニ男子のお宝[7]
ダニの講義ポスター

北アメリカの研究チームが作ったダニの啓蒙用ポスター。世界各地に生息している多種多様なダニが擬人化され、それぞれの特徴を生かすように講義を受けている

沼口:日本板鰓類(ばんさいるい)研究会というものがありますね。規模的には同じくらいだと思います。
島野:いいですね、板鰓類。言葉の響きがかっこいい。日本ダニ学会では、以前会計を担当していたんですが、郵便局などで手続き待ちをしているときに「日本ダニ学会様、お待たせいたしましたぁ!」なんて呼ばれると、皆が一斉に振り向きますから(笑)。
沼口:あははは、確かについ振り向いてしまうかも!(笑)。あと、気になっていたんですが、先ほどのチーズをおいしくしてくれるダニってどんなものなんですか?
島野:気になりますか? 実は、そのチーズを今日持ってきているんです!
沼口:えっ、もしかして、食べられる……んですか? 
島野:ぜひ(笑)。
沼口:ということで、気になるチーズの正体はまた次回! お楽しみに!

(※注1)世界中で約700種、日本国内でも46種が確認されているダニ。通常は3~8mmの大きさだが、吸血した後、飽血(満腹状態)になると、10~20mmの大きさになる。主に山間部など自然豊かな場所に生息し、春から秋にかけて活発に活動する。

サメvsダニ対談 全3回!
次回は、チーズをおいしくするダニの正体に迫ります!
vol.2は7月6日(土)配信予定

著書紹介

『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)

『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)

人類よりも先、地球に4億年前からすみつづけるサメは世界中に500種類以上存在する。全長17メートル(これまで確認された最大サイズ)の「最大の魚類」ジンベエザメから、手のひらサイズのツラナガコビトザメまで、分布や生息域、繁殖方法も多様性に富む、まさに”百鮫百様”の生き物。そんなサメを愛してやまないシャークジャーナリストが、サメの本当の姿を世の中に伝えるべく奮闘を繰り返した体当たり図鑑。本体1800円。

『ダニ・マニア チーズをつくるダニから巨大ダニまで〈増補改訂版〉』(八坂書房)

『ダニ・マニア チーズをつくるダニから巨大ダニまで〈増補改訂版〉』(八坂書房)

すべてのダニは人に有害!? そんな誤解を払拭すべく、ダニに恋する著者が西へ東へと奔走し研究した成果をまとめた、わかりやすいダニ入門書。実はダニもいろいろ。人に悪さをするダニもごく一部いるが、おとなしいダニが大半。人と関わらず森の中で静かに落ち葉を食べて暮らすダニもいれば、フランスではおいしいチーズ作りに一役買うダニも! 知れば知るほど”ダニLOVE”になれる画期的名著。本体1900円。

※表示価格は税抜き


写真/植野 淳 構成・文/新田哲嗣 イラスト(トップ画像)/鈴木海太

特集・連載「ニッチも フェチも いかない……対談」の最新記事

ダニは生活の必需品なんです【ニッチもフェチもいかない……対談】」vol.4 その1

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