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なぜ、男たちは今なお“革靴とジャケット”を身にまとうのでしょうか? 働く服装がグッと自由になった現代において、スニーカーに比べたら歩きにくい“革靴”と、スウェットに比べたら動きにくい“ジャケット”は、合理的とはいいづらいもの。

“革靴とジャケット”のイメージが強い漫才師だって、最近は衣装も様々。一挙一動が注目される職業ゆえ動きやすくてナンボですし、面白ければなんだっていいはずですから。でも、それでもなお“革靴とジャケット”をまとって舞台に上がる漫才師は根強く存在します。いったい彼らはなぜそのスタイルを貫くのか? 次の舞台に向かうまでの束の間に、革靴を磨きながらお話を伺いました。

今回のゲストは、カナメストーンの東峰零士さん


2022年のM-1グランプリでは準々決勝に進出した、実力派漫才師・カナメストーンのツッコミ担当。相方の山口 誠さんとそろって大のファッション好きであり、舞台衣装には並々ならぬこだわりを持つ。中学時代からの幼なじみコンビで、上京当時から現在までずっと同居を続けるという驚異的な仲の良さでも知られる。茨城県出身。マセキ芸能社所属。

舞台衣装にこだわる理由とは?

「東京のお笑いシーンが熱い」と言われて久しい。事実、東京の街のどこかでは芸人たちが毎夜のように集まり、観客から笑いをかっさらっている。業界最大の賞レースであるM-1グランプリにしたって、ここ数年の優勝者はみなこうしたライブシーンで芸を磨いた経験を持つ。新しいもの好きのお笑いファンの厳しい視線に身を晒し、芸人たちは日々切磋琢磨しながら、日の目を浴びるその時を待っている。

カナメストーンも、そのような明日を夢見る芸人の一組だ。

毎日のように、2人は舞台に立って漫才をする

飄々とした雰囲気で独特な角度のボケを繰り出す山口 誠さんと、それに振り回されながらも甲高い声で的確にツッコミを入れる東峰零士さん(以下、零士さん)。2人の濃いキャラがぶつかる熱量の高い漫才はいつも爆笑を生み出し、芸人内にも彼らのファンは多い。舞台衣装に目を移せば、山口さんはオリーブ色の「エンジニアド ガーメンツ」のセットアップとスニーカーに身を包み、零士さんはオレンジ色の鮮やかなジャケットと革靴を綺麗に着こなす。2人のキャラの違いは、それぞれの衣装のコントラストとしても現れているようだ。

コントと違って役に入り込まずに、自分という人間で勝負をする漫才。そうした話芸だからこそ、舞台衣装は自身のキャラクターを伝える重要な要素になる。観客にどう見られるのか? どう見られたいのか? 芸人はおしなべて、自己プロデュースの一環で舞台衣装を選んでいる。

では、カナメストーンの零士さんが“革靴とジャケット”を選んだ理由とは? いったいどのような戦略で、オレンジ色のジャケットでサンパチマイクに向かっているのか? 舞台衣装として日々履いている革靴を磨きながら、話を伺った。

きっかけは、狩野英孝さんのひと言

靴磨きの名店「千葉スペシャル 丸の内店」にて

——なぜ、カジュアルではなくジャケットスタイルの衣装を選んだのですか?

「漫才をやるなら、まず話を聞いてもらわないと駄目じゃないですか。汚い格好のやつが出てきて、真っ先に『汚なっ!』って思われたら、喋ってることが入っていかないと思うので。だから舞台に出ていった時にちょっと興味を引くというか、『ちゃんとしてる』って思ってもらえれば(小ぎれいな格好をしていれば)、汚いと思われるよりかは話が入っていくと思うんで」

カナメストーンが所属するのは、ウッチャンナンチャンや出川哲朗さん、バカリズムさん、狩野英孝さんといった人気芸人で知られるマセキ芸能社。特に狩野さんは2人が所属する前からの付き合いで、自身のブログに「もう、狩野家の家族だな」と書くくらいに目をかけてくれているという。零士さんのトレードマークとなっているオレンジのジャケットも、そんな狩野さんにアドバイスを受けながら仕立てたものだ。

——オレンジ色のジャケットになった経緯を教えてください。

「もともとは紺のブレザーを着ていたんですけど、狩野英孝さんから飲みの席で『ちょっと零士、お前もっと明るい色の衣装着ろ』って言われて。

1つ前の衣装。THE・アイビーな着こなしで、これはこれでカッコいい

ちょうどそのときキャラクターがいっぱい描かれているカードゲームをやっていて、『カードをめくって、そのキャラの色の衣装にしよう』て。それで、バッてめくったらオレンジ色のキャラクターが出たから、『よしオレンジ作りに行こう』ってなって、狩野さんに仕立屋さんで全部決めてもらいました。芸人御用達の『洋服の並木』っていうお店なんですけど。そこに行って、一緒にアドバイスをもらって作りましたね」

——かなり派手な色ですが、最初の印象はどうでしたか?

「最初はちょっと『実際大丈夫か?』、『オレンジ色とか浮くんじゃない?』みたいなのが軽くあったんですよ。でも出来あがってきたの見て、『あれ? これすげえいいんじゃない?』ってなってきて、一発でしっくりきたって感じでしたね。今となってはこのオレンジ色のジャケットは、僕にとっては欠かせないです」

日本一の漫才師になるべく、魂の刺繍!

すべては原宿キャシディから始まった

カナメストーンの公式YouTubeチャンネルの名前は、「しゃれこめカナメストーン」。その名の通りファッション愛に溢れていて、お笑い芸人のYouTubeチャンネルでありながら、ファッションを扱った動画が目立つ。2人とも、原宿の老舗セレクトショップ「原宿キャシディ」への愛を公言してはばからず、仲の良い芸人を連れて同店で“爆買い”する動画は特に人気だ。見ているこちらもお気に入りの服を買ったときのような高揚感を覚えてしまうのは、2人のファッション愛が故だろう。

お笑い芸人としては珍しく、ファッション関連の動画を頻繫に投稿している

オレンジのジャケットになる前、その原型となった紺のブレザーを着るようになったのも、やはり原宿キャシディが発端だと言う。

——もとの衣装だった紺のブレザーを着るようになった経緯を教えてください。

「僕、原宿キャシディにめちゃめちゃ行かせてもらっていて。八木沢さん(原宿キャシディの店長)が紺のブレザーが好きっていうのを知って、『僕も真似したい』と思って。もう憧れなんで、八木沢さんって。で、『サウスウィック』ってブランドのめちゃくちゃ高いやつを、もう買っちまえと思って借金して買って。

ただ、買ってそんな時間が経たないうちに狩野さんとの話になったんですよ。『サウスウィック』の形がかっこよかったので、その紺ブレザーを『洋服の並木』に持っていって、『これと同じ形にしてください! これと同じオレンジのやつを作ってください』って言って作ってもらったんです」

——それまではジャケットを着用していたわけではないんですか?

「養成所のときなんかは古着で、裾が広がったジーパンとか履いていて。2人で、コンビで。上も古着のTシャツとかでボロボロで。作家さんからもネタのダメ出しとかじゃなく『もうとにかく汚いからそんなことより』って言われて、「嘘だ!俺らって汚いんだ!」って気づいたんです。それで、『汚いって思われるのは違う』ってなったんですよ。コンビで『汚いって思われたくはないな〜』ってなって。そこからどんどん変わっていった感じですね。最初からではなかったです」

養成所時代もM-1グランプリに出場。衣装の汚さも相まって(?)あえなく敗退。

——ちゃんとした衣装に変えたことによる影響はありましたか?

「お客さんの反応もうそうなのかもしんないすけど、やっぱり自分自身が変わった方が大きいのかな。『汚いと思われるのが嫌だ』っていうのって、『ウケたい、ウケたい』っていうのがやっぱり強く出ているので。自分たちが変わったことで、お客さんの俺らへの見方とかも変わったっていうのは、もしかしたらあるのかもしれないですね」

ライブシーンでの人気が高く、ネクストブレイクを期待されてもう数年が経つ。テレビやWEB CMなどの仕事も少しずつ増えてきた。あとはきっかけさえあればの思いがあるからこそ、賞レースにかける意気込みは強い。「漫才ではどういう人間かっていうのを見せたいんですよね。やっぱり漫才で勝ちたいっていう気持ちが強くて」と伝える語気には、この日一番の強さがあった。最大の目標であるM-1グランプリの出場制限はコンビ結成15年まで。残されたチャンスはあと3回。応援してくれている人たちのために、何よりも自分たちのために。勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。

M-1グランプリで勝つために、日々舞台に!

——ジャケット以外の衣装のこだわりを教えてください。

「ジャケットとパンツ以外は全部、原宿キャシディで買ってるものなんですよ。やっぱ気分が上がるんですよ、自分が好きなものを着ると。それは、こだわりというか大切なものとして自分の中であって。好きなものを身につけると気分が上がるし、気分が上がったら、漫才の調子も上がるんで。

あと、ボタンとかもそうなんすけど、金色ってなんかいいじゃないですか。なんか優勝みたいなイメージあるじゃないですか。金色って1位みたいなイメージあるじゃないですか。だからネクタイのラインも金色にしたり、狩野さんと一緒に決めたジャケットのボタンも金色だったり。ネクタイピンもちょっと渋い金色。金色をちょっと入れるようにはしています。1位みたいなイメージが好きで」

キラキラと輝く、ボタンやネクタイピン

——革靴はいつぐらいから舞台で履いているんですか?

「たぶん7年前ぐらいから履いていて、これも原宿キャシディで買った『ジョン・スペンサー』っていうやつで。そのとき八木沢さんから、雪の上とかでも履けるような頑丈な革靴っていうのを教わって。けっこう舞台で動き回ったりするので、『それだったら革靴でも安心だ、頑丈なんだ』と思って買った覚えがあります。

ちょうど母親と妹と甥っ子が東京に遊びに来ていて、4人で遊んでいたタイミングで『次どこ行く?』ってなった時に、『ちょっとキャシディ行って革靴見ていい?』って買いに行きました。『いいじゃんいいじゃん!』ってみんな言ってくれて、なんかその思い出も乗っかった革靴で、僕にとっては思い入れの強い一足ですね。家族、大好きなんで」

左足の靴磨きが終了。これから磨く右足と比べると一目瞭然のピカピカ具合!

100%を出すために、好きなものを着る

前述の「しゃれこめカナメストーン」では、仲の良い同期の漫才師が「暴れ回るネタで(靴音が)コツコツ鳴ってネタの邪魔にならないように」という理由でスニーカーを選んだと語っていた。舞台衣装にどんな靴を選ぶのかなんて些細なことに思えるかもしれないが、実は芸風やキャラクターとも密接に関係しているのだ。もちろん零士さんが革靴を履き、ジャケットをまとっているのも、カナメストーンだからこその理由がある。

——革靴を舞台衣装に選んだ理由は何ですか?

「僕らが舞台に出ていくと、『どっちがボケかわからない』みたいなことをよく言われたんですよ。相方の山口はスニーカーを履いているので、僕なりに『しっかりしよう』っていう考えのもと、革靴とジャケットのスタイルになったっていうのがありますね。

山口さんは、ラフなスニーカースタイル

あとシンプルに年齢を重ねていって、なんか背伸びして大人のおしゃれをしたいなっていうのもあったんですけどね。革靴を履き出したのは『大人っぽくしっかりしよう。大人のおしゃれしてみよう』みたいな考えのもとです」

——ツッコミといっても、零士さんは普通のツッコミじゃないですもんね。

「いやいや、違うんですよ!(笑) 僕、かなりまともな人間なんですよ。普通じゃないってもし見られているのだとしたら、山口が普通じゃないから、それに付き合ってるうちに、そう見えていってるだけだと思うんですよね。でも、僕はかなりまともな人間です」

山口さんの奇天烈なボケに、零士さんが振り回されがち

——とはいえ、普通であればオレンジは着ないかもしれないと思います(笑)。

「そんなことないですよ!(笑) でもそう言われてもおかしくないなっていうのは、ありますけど。山口が変だったり……あいつ、僕はめちゃくちゃ面白いと思ってお笑いに誘ってて、すごいパワーを持っているものとしてあるんですよ。僕からしたら。それで『そのパワーに負けないように』ていうのもあるかもしれないですね。僕がこういう目立つ色を着ている意味というか。

よく2人で話すんですけど、カナメストーンってなんかどっちかを見てほしい、っていうのがなくて、2人ともを見てもらいたいんです。2人で100%の力を出して、ぶつかっている姿を見てもらいたいので。だから、山口のパワーに負けないように目立つ色を着ているのかもしんないですね、僕は」

終始、にこやかに質問に答えてくれる零士さん。人柄のよさを感じさせる

インタビューの最中、零士さんが何度となく語ってくれた「100%の自分を引き出すこと」への意識。それは逆に言えば、「100%の自分さえ出せれば、お客さんを笑わせられる」という自信の表れなのだろう。そう問うと、「そう信じてやってます」との力強い言葉が返ってきた。そして、零士さんは続ける。「逆に自分が100%じゃないと、ウケが悪かったときの原因がわかりにくくなっちゃうんです。ネタが悪かったのか、演じ方が悪かったのか。とくに僕らのネタは緻密に構成するタイプではないので、やっぱり自分たちを100%出せるかどうかが肝なんです」

——カナメストーンにとって、衣装が果たす役割とは何ですか?

「好きなものを身につけてるんで、やっぱりテンションが上がるじゃないですか。自分で見ても、『お〜、いいな。このネクタイかっこいいなとか、ネクタイピンかっこいいな』とかなったらテンション上がって、それで漫才の出来というか、100%が出せるんですよ。それに繋がるんです、やっぱり身につけるものって。(ファッションが)好きなんで。だから本当に漫才のために好きなものを着ているって感じですね。漫才で100%を出すために」

「漫才で100%を出すため!」

——ファッションが好きだからこそ、特に気分が上がるんでしょうね。

「まさにそうです。マジで1個1個買ったときの、思いというか。まあ借金して買うんですけど(笑)。でも『これを身につければ、絶対漫才もまた1個テンション上がるぞ』みたいな思いで買っているんで。それを集約した形です」

インタビューが終わり、磨き込まれて輝く革靴を満足そうに眺める零士さんに「この靴なら100%の自分が出せそうですか?」と訊ねると、「当たり前じゃないですか! これ履いた俺、超ヤバイですよ。いつも以上に舞台で力を発揮して見せますよ」と即答してくれた。

芸人にはそれぞれの、舞台で100%のパフォーマンスを出すための方法論がある。カナメストーンにとってそれは「とにかく2人が楽しんで、テンション高くやること」。そうすれば笑いは必ずついてくる。大好きな原宿キャシディや敬愛する狩野さん、大切な家族への思い。そして何よりファッションへの愛。それらすべてが詰まった“革靴とジャケット”に身を包み、零士さんは今日も舞台に立っている。

撮影協力/千葉スペシャル 丸の内店

水拭きを基本とした独自の靴磨きメソッドで人気を博す、靴磨き専門店。所要時間約10分で1500円(!)という圧倒的コストパフォーマンスも相まって、革靴を愛する男たちの心を掴んで離さない。
住所:東京都千代田区丸の内1-3-4 丸の内テラス B1F
電話番号:090-3502-5469

Youtubeにて、動画も同時公開!

今回のインタビューの様子は、Beginの公式Youtubeチャンネル「BeginTube」にてご覧いただけます。靴を磨いていく職人技や零士さんのトークがギュギュッと詰まった10分間。こちらも要チェックです!


写真/平井俊作 文/あすなろ組

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