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一昨年の東京五輪で注目された競技に、初めて実施されたスケートボードがある。日本勢は多くのメダルを獲得して一躍注目を浴びたこともあり、以来、スケートボードシーンが盛り上がりを見せている。

特に、古くからストリートカルチャーやエクストリームスポーツを楽しめる設備が整っている地域として知られているのが湘南エリアだ。そんな環境のもとでスケートボードカルチャーに魅せられ、青春時代を過ごしてきた田宮 興さんが作り出すあるアイテムが今、感度の高いセレクトショップを中心に、ちょっとした話題を集めているのだ。

SDGsの取り組みにおいて、たびたび目にすることがある「アップサイクル」というキーワード。

本来であれば捨てられてしまうはずの廃棄物に、デザインやアイデアといった新たな付加価値を持たせることで、別の新しい製品にアップグレードして生まれ変わらせることを意味する言葉だ。今回、紹介する「靴べら」も、実は、田宮さんのアイデアから生まれたアップサイクル品。「廃棄されるはずのスケートボードの板から靴べらを作る」なんて、何ともステキなアイデアだ。

 

趣味のスケボーが社会課題を考えるきっかけに

TAMILAB代表 田宮 興さん

社会人となった今でも、普段からスケートボードを楽しんでいる田宮さん。当然、普段からスニーカーを愛用しているはずだが、どうして革靴を履くために使うような靴べらを作ろうと思い立ったのだろうか?

「高校卒業後、東京にある芸術系の大学に進学しました。学生になってもやはり、それまでの延長でスケートボードを楽しむ日々が続きました。スケボーを楽しむためには、それ専用に考えられた靴があり、ポテンシャルを最大まで引き出せるように設計されています。ですから、普通のスニーカーに比べると、意外と値段も高くて、マメに買い替えられるものではありません。その割に、扱いは雑だったりして、踵を潰して履くこともシバシバでした。」

靴を傷めないように履くためにはどうすれば良いか? そう考えた田宮さんは、靴べらを使ってスニーカーを履くことに。

スケートボードの特性をそのままに、しっかりとしなる。

「靴べらを購入しようと、色々と探してみたのですが、私のイメージに合うようなモノが見つからなくて。玄関に置いても、空間のアクセントになるような、クールでモダンなデザインのモノがなかなかなかったのです。しかも、長い靴べらって、何となく年配の方が使うイメージがあったりして……。」

そんなモヤモヤした気持ちを抱えていた田宮さんには、スケートボードを楽しむこと以外にも関心を寄せていることがあった。それは、使い終えたボードの再利用について。プロの選手ともなれば、2カ月に1本、少なくても年間6本は交換しているそう。

「角に当たったりするとデッキの端が欠けたり、割れやひびが入ってしまいます。テール(後ろの部分)が削れ過ぎると、感覚が変わってしまいトリック習得の妨げになってしまったり。また、デッキが湿気てくるとハジキが悪くなってしまい、トリックにも影響が出てきますし、それが結果としてケガの原因となる可能性もあるんです」

スケートボードの競技者人口は日本国内で約4000人と言われ、全世界で約8500万人にも上るそう。全員が2ヶ月に1本を交換、破棄するとは限らないが、役目を終えたボードはリサイクルやリユースの需要がなく、資源化するためにもコストがかかるため、粗大ゴミとして捨てられることがほとんどなのだ。

田宮さんはスケートボードに出会ってから、交換のたびに破棄されていくボードを見て「何かいい再利用方法はないか?」と考えてきた。ボードは苦楽を共にしてきたパートナー。だからこそ「捨てれば終わりではなく、違った形で蘇らせてあげたい」という想いがあったのだという。

デッキが靴ベラに最適な訳

スケートボードは、7枚の板を張り合わせてつくられるのがスタンダード。写真のように、一枚一枚の板をペイントして張り合わせるメーカーや、単色のメーカーも。この特性を上手く利用したTAMILAB

「スケートボードのデッキの素材で有名なのは、カナディアンメイプルという重厚な木材です。それを加工した薄いベニヤ7枚をプレス、カットしてデッキが作られています。カナディアンメイプルはとても硬い材質であるため、実は、靴べらにも最適な木材でした」

大学卒業後、都内の総合エンターテイメント企業に就職し、クライアント企業のアイデアを3Dプリンターを使って製品化する事業に従事していた田宮さん。金属加工や木工、モデリングやペインターなど、様々な技術者たちに囲まれた職場環境では、さまざまな機械に触れる機会に恵まれていたこともあって、仕事の延長上で、色々なプロダクトを遊びで制作していたそう。

そんなある日、都内にある知り合いのスケートボードショップから廃棄処分する予定のデッキを譲り受けたことをきっかけに、自分が使いたくなるような靴べらを自作し始めた。それが意外にも、スケボー仲間や先輩のクリエイターから好評を博し、皆んな面白がって個人オーダーをしてくれるようになったのが2017年のこと。

「スケボーデッキ(の多く)は一枚一枚ランダムな着色が施されている板を圧着することで成形され、デッキの切断面はマルチカラーの美しいレイヤー構造を持ちます。靴べらに加工する過程では、切断の仕方や削りかたによって、同じものが2つとない個性が生まれ、スケボーとして使用しているだけでは見いだせなかった新たな価値を表現できるところが魅力です。しかも、デッキ特有の曲面をそのまま生かすことで、靴べらとしても最適な使い心地が生まれるのです」

その噂が人伝えに広がり、遂には「ロンハーマン」のバイヤーの目に留まることに。

1つ1つの手作業を各プロに任せてみる

「2018年にオープン予定だった『RHCロンハーマン川崎店』をはじめ、その他の店舗展開用として100本ほどの受注をいただきました。それを機に本格的に靴べら作りで起業しようと思い、都内に仲間5人の共同事務所ですが、作業場も確保し、加工用の機材も一式揃えました。2020年の後半には生産体制を強化するために、知り合いのつてを頼って宮崎県と岐阜県に住む木工職人さんと繋いでいただき、約1年をかけて、技術指導を重ね設備投資も行いました。今では、それまで自分一人で行っていたボードのカッティングからあらかたの成形までを外注できるようになりました。デッキの状態など、取り都合にもよりますが、1本のデッキから5本の靴べらを作るような計算です」

そうして出来上がってきた製品の一つ一つに、今度は、田宮さん自身が専用の器具を使って最終の微調整をかけていく。

「最後の仕上げは、やはり自分の目と手を使って行っています。元の材料が、使い古したボードですから、どうしても個体差が生まれてしまうのは仕方がありませんが、それでもやはり商品としてお客様に届けるからには、満足していただけるクオリティを担保する必要があると思っています。仕上げの塗装は、荒川区にある腕利きの塗装会社にお願いしています。今では月産で100~150本程度にまで生産力を高めることができるようになりました」

首都圏を中心に、順調に取引先を増やし、今やパリやロンドンなどのショップからもオーダーを受けるまでに販路を広げている。

スケボーのアップサイクル品で世界市場を狙う!?

リサイクルでは原料に戻したり、素材に分解したりする際にエネルギーが使用されるのに対し、アップサイクルではそのままの形をなるべく生かすため、地球への負荷を抑えることができる。

また、アップサイクルは単なる再利用のリユースとも違い、別の製品として生まれ変わらせることで、その寿命を長く引き延ばすことができる可能性があるため、リサイクルやリユースよりもサステナブルと考えることもできる。

樹木が形を変えてボードとなり、若いスケーターたちの身体の一部として走る。それがやがて、巧みな技術とアイデアを吹き込んだ「靴べら」となって、大切な靴を長く綺麗に履くための道具として、また新たに蘇る。なんとも素敵な好循環だ。

「靴べらを通して、これまで触れる機会のなかった方々が、スケートボードへの興味や理解を深めるきっかけになってくれたら嬉しいなと思います。スケボーというと、いまだにどうしても不良みたいなイメージを持たれがちな部分がありますからね。スケボーに対するイメージを、アートでお洒落な要素もあることを広めていきたい。そんな橋渡し役になれたらとも思っています」

来年のパリ五輪の開催を控え、益々盛り上がるスケボーシーンを追い風に、「Shoehorn×Skateboard」を掲げ、世界市場へと打って出るTAMILABの活動から今後も目が離せない。

TAMILABの「Shoehorn×Skateboard」

材料:スケートボードの板(カナディアンメイプルの7枚合板)
塗装:ウレタンクリア塗装 長さ:55~60cm 幅:3.8cm 厚み:1cm
重さ:90-100g ロゴ:レーザー彫刻 紐 :スウェード/レザー
価格:8800~11000円

問い合わせ先/TAMILAB https://www.tamilab.net
※表示価格は税込み


写真/椙本裕子 文/伊澤一臣

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