【スニーカー会議2026】各界の有識者が90年代以降の潮流を語りまくる!

【BESTスニーカー会議 2026】
多様化が叫ばれるこのご時世、スニーカートレンドも例外にあらず。かつてのような一強トレンドは鳴りを潜め、ジャンルをまたいで多種多様なトレンドが乱立する、いわば“スニーカー大洪水時代”を迎えています。そこで今回のビギンは「BESTスニーカー会議2026」と題して、各界からスニーカー有識者を召喚。スニーカー愛あふれるアツい会議を通じて、間違いのないBESTスニーカーを導き出します!
令和8年に履くべきスニーカーとは一体何か? まずは、スニーカーを愛するこの御三方にイントロダクションしていただきました!
元スニーカーショップ店員! 芸能界屈指のスニーカー好き
カミナリ
石田たくみさん
1988年、茨城県生まれ。中学校の同級生、竹内まなぶさんとともに2011年にコンビ結成。茨城弁のどつきツッコミで人気を博す。バスケを通じてスニーカー愛に目覚め、下積み時代に原宿「チャプター」にてアルバイトをした経験アリ!
日本が世界に誇る名ショップのブレーン
ミタスニーカーズ ディレクター
国井栄之さん
1976年、東京都生まれ。ハイテクブーム黎明期である1996年に、上野「ミタスニーカーズ」へ入社。手掛ける数多の別注が、世界中のスニーカーフリークから支持を集める。鋭い分析力で、メディアからの信頼も厚い。
“ベーシック”を知り尽くした敏腕スタイリスト
スタイリスト
武内雅英さん
1977年、長野県生まれ。ビギンの編集者を経てスタイリストとなった経歴を持つ。ドレス、カジュアル双方に精通し、ベーシックに根差したスタイル提案に定評あり。ファーストスニーカーは兄から譲り受けたケースイス。
──まずは、ここ30年の潮流を振り返りたく。1988年生まれのたくみさんのファーストスニーカーは?
小学生のときにナイキのエア ペニーⅡを買いました。ミニバスをやっていたので、お洒落が目的じゃなくてバッシュとして。ペニーⅡとかジョーダンとか、村のスポーツ洋品店に普通に売っていたから、面白い時代でしたね。(たくみ)
90年代半ばですよね。当時は『月刊バスケットボール』のような専門誌が全盛。電話通販も盛んでした。お店だと、最新モデルはスポーツ店で、ちょっと変わりダネを買うならスニーカー屋で、という棲み分けがありましたよね。(国井)
そうでしたね。お店に行くとカタログを見せてくれて、注文すると仕入れてくれる。あと○○のフットロッカー別注とか、それこそバスケ専門誌や『BOON』の頁左端の通販で買いましたっけ。(武内)
黒 × 金ベロの。日本で流通していない色をみんな欲していましたね。ちなみに僕のファーストスニーカーは、ナイキのナイロン コルテッツ。80年代半ば、小学生のとき服屋で買いました。野球をしていたのですが、アディダスやプーマはサッカー部のもので。(国井)
僕の時代もそうでした!(たくみ)
バッシュもリアルに強い人はアシックスを履くとか。ヘンな縛りがありましたよね。(国井)
先輩が履いているのと同じのを履いちゃダメとかも(笑)。(武内)
中学の学校指定のスニーカーがわけわかんない白のだったんですけど、校則には白なら別のでもイイって書いてあったんすよ。だからエアフォースⅠを履いたり、赤のスウォッシュくらい大丈夫だろうとコルテッツ履いたりしましたけど、先輩は学校指定のを履いてたから逆に怒られました(笑)。(たくみ)
あははは。コルテッツみたいな今でいうライフスタイル寄りのスニーカーは、田舎の靴屋さんでは売ってなかったですね。(武内)
90年代はなんだかんだエアマックスの時代で。わかりやすく毎年進化して、エアバッグがどんどん大きくなるのを皆が追っていた。でも2000年くらいから、ヒップホップの流れが出てくる。ジェイ・Zの影響でエアフォース1の白が絶対的アイコンになった。コラボレーションも2000年代後半のキーワード。カニエ・ウエストの存在は大きかったですね。あと、グラビスが流行った。(国井)
めちゃくちゃ履きましたね。(武内)
──いわゆるY2K的なスタイルは当時も流行ったんですか?
いえ。90年代の盛り上がりを経て、2000年代は今でいうパフォーマンスラインのシューズは氷河期状態でした。その反動でローテクという言葉が生まれたり、80sリバイバルの流れができて。(国井)
ナイキを履き尽くしちゃったというのもあり、プーマのスウェードとかクライドなんかを履いていたなぁ。あとニューバランスの996とかも。このあたりからアメリカ製とか気にしだした。(武内)
僕がニューバランスを初めて履いたのもその頃、大学生のときで。おじさんのイメージからナシと思ってたんですが、ニトロのマッカチンというラッパーが履いてて、かっけーな! と思って。(たくみ)
──2010年代、たくみさんがチャプターで働いていた頃はどんなスニーカーが売れていました?
新しいジョーダンとか入った側から売れていた気がします。あとはアドミラルとか。ミ〇カンみたいなロゴだな! と思った。(たくみ)
僕も(笑)。あの頃もロープロファイルの流れがありました。(国井)
──直近の2020年代は?
コロナ禍のなかリストックが話題になったり、デジタルを介した販売方法にシフトしていく転換期だったと感じます。(国井)
ホカやサロモンをスタイリングする機会が増えました。イイとは思っているけど、流行りすぎてまだ履けてないという(笑)。(武内)
オンもよく見掛けますね。相方のまなぶも履いてます。自分も、なんだかんだ歩きやすいのがイイと思うようになりました。(たくみ)
──いやぁ紙幅が足りない(汗)。過去のスニーカートレンドが浮かび上がったところで、2026年のBESTスニーカーについても、大いに語っていただきましょう!!
※表示価格は税込み
[ビギン2026年4月号の記事を再構成]スタッフクレジットは本誌をご覧ください。
