Feb-08-2024

2号機打ち上げ目前!! H3ロケットプロジェクトリーダーJAXA岡田さんがチームとみつめる宇宙。【ウカンムリーズ file 01.】


通信にGPS、気象予報に安全保障と、いまや私たちの生活に人工衛星の活用は欠かせません。そんななか、次世代の宇宙輸送を担う大型基幹ロケットとして開発が進められているのが「H3ロケット」です。迅速な打ち上げを可能にする「柔軟性」と「高信頼性」、そして宇宙をより身近なものとする「低価格」。これらを満たす革新性を備えたH3ロケットの開発に奮闘する人々――頭の中が宇宙でいっぱいの人々を、私たちは尊敬の念を込めて「ウカンムリーズ」と呼び、応援していきます。

ウカンムリーズの1人目としてお話を伺ったのは、開発の指揮を執るプロジェクトマネージャの岡田匡史さん。困難なミッションを遂行するためのリーダー論、ロケット開発の醍醐味やいかに?

ウカンムリーズ file 01.

JAXA H3ロケット プロジェクトマネージャ
岡田匡史さん
角田ロケット開発センター、種子島宇宙センター、H-ⅡAプロジェクトチームの液体ロケット開発等に携わる。2015年4月より現職を務め、プロジェクトの指揮を執る。趣味はピアノ。建築や家具、時計、スーツ好きの一面も。

chapter 1:
極度の緊張

2023年3月7日、午前10時37分55秒。2度の打ち上げ延期を経て完成したH3ロケットの試験機1号機が、種子島宇宙センターから発射されました。開発が難航したメインエンジンが完璧な仕事を果たし、順調に高度を上げていくH3ロケット──。しかし「魔物」は、思いも寄らないところに潜んでいたのでした。

――3月7日は何時に起床されましたか?

起きたのは「前日」の朝です。前日の夕方に500mくらい離れたロケット組立棟から打ち上げ場所までの機体移動というのがあって、移動をするかどうかの判断を6日の15時くらいにしました。

移動後は一旦帰っていいとなるんですけど、眠れるわけがなくて。お風呂に入ってそのまま夜には総合指令棟に戻ってきていました。7日の打ち上げは失敗してしまったのでメディアの方からは「岡田さん、ガックリきて疲れちゃっていましたね」なんて言われたのですが、それ以前に40時間くらい起きていてそれからの会見だったので、余計にそう見えたのかもしれません。

――やっぱり、眠れないものなんですね。

気持ちが昂ぶっているのと、いろいろ考えてしまうんです。やり残したことはないか?だとか、あそこは大丈夫だろうか?だとか。いまさら仕方がないんですけど、エンジニアは大体そうだと思います。その日だけでなく、何日か前からじつは眠れない状態が続くのですが。ご飯はパンか何かを食べました。

――ゲン担ぎにカツ丼など食べるのかと思っていました。

食べたいのですが、落ち着いた気分ではないので。パン、おにぎり、カップラーメン、それに栄養ドリンク。打ち上げ前はそういう感じの食事ですね。

――発射のゴーサインはどの段階で出すのでしょうか?

最終的には10分前に判断を下します。ほかにも60分前、燃料充填前(数時間前)、前日の機体移動前と、いろいろ判断する機会があるんです。

後ろののれんに「平常心」の文字が見えます。

――打ち上げ前の現場の雰囲気は?

私は総合指令棟にいるのですが、とても張りつめて緊張感が漂っています。できるだけ平静を努めていますが。

打ち上げまで時間がないなかで、天気を含めてトラブルがあったりすると、そこを逃すともう打ち上げられないわけですから、極度な緊張状態になる。ただ、判断は的確にしないといけないので、そこだけはしっかりしようと心掛けています。

余談ですが、部屋の後ろには「平常心」と書かれたのれんが掛かっています。1994年、H-IIロケットの打ち上げのときから掛かっているから、かれこれ30年ありますね。

chapter 2:
コミュニケーションとモチベーション

開発に苦労したメインエンジン「LE-9」が順調に機能し、打ち上げ成功かと思われたそのとき、「魔物」が姿を現します。H-IIロケットの運用から実績を積み重ねてきた2段エンジンに着火することができず、ミッション遂行の望みが絶たれたのです。原因は後に「過電流」と判明。10時37分55秒に打ち上げられたH3ロケット試験機1号機は、10時51分50秒に指令破壊信号が送られ、積んでいた先進光学衛星「だいち3号」とともに海へと沈みました。
しかし、失敗は成功の母。来たる2月15日(※天候判断により、2月17日に打ち上げ再設定となりました。)の試験機2号機の打ち上げに向かい、チームは総力を上げて準備に取り組んでいます。

――メインエンジンの開発に苦労されて、でも打ち上げ失敗の原因は別のところにありました。岡田さんがよく口にされるロケット開発には「魔物が潜む」とはこのことですか?

「魔物」という言葉は娘と息子に「魔物おじさん」とイジられるようになったので、最近あまり使わないようにしているんですが、そうだと思います。

――指令破壊のサインを出したのは岡田さんですか?

いえ。打ち上げた瞬間にロケットのエンジニアはできることがなくなり、データをずっと見ているくらいで無力なんです。そこで活躍を始めるのが追跡係と、追跡したデータで判断を下し安全を確保する「飛行安全」の係。その人たちは完全に独立していて誰も口出しができない。訓練されたメンバーたちです。

――2023年3月7日の打ち上げは残念ながら失敗してしまいましたが、皆さんのモチベーションは大丈夫でしたか?

モチベーションの維持は大変だなと感じました。打ち上げに失敗したとき、私には3つの人々の気持ちが見えたんですね。1つは「自分たちがすごい苦労をして仕事をやり遂げたのに喜べない」という人たち。メインエンジンを開発した人たちなんかはそうだったと思います。2つめは「これからいよいよなのに」という人たち。2段エンジンに着火しなかったので、それ以降の仕事に携わった人たちですね。それから3つめがトラブルの渦中にいるメンバーたち。この3つの人たちが1つのプロジェクトの中にいるのだから、それは大変です。

私はマネージャとして全てを担当しているようなものなので、それぞれの人たちの気持ちがわかります。だから同じ気持ちに立って労うということはしました。

8月、9月には原因究明も進み、10月には最終報告書も提出し、いまではそれぞれが「やるしかない!」という思いでいます。

肩書きが書かれた腕章はリーダー専用のもの。「打ち上げ執行責任者」の文字が。

――これまでも多くの難しいことがあったかと思います。プロジェクトを率いるリーダーとして大切にしてきたことは?

ロケットはシステムです。システムの構想段階では日本の宇宙開発を支えたいとか、世界中の人にロケットを使ってもらいたいとか、モヤッした想いが最初にあるんですが、そういう夢や希望のようなものが、いろいろな人とコミュニケーションを進めるうちに、だんだんハッキリしてくるんですね。大切なのは、ハッキリしたシステムのかたまりをより細かに、それぞれ必要な役割を持たせて分割していく作業。分割することでそれぞれがやっと1つのグループの手に負えるシステムになる。これをシステム分割というのですが、関わってくる方も多いので、とても難しい作業になります。

ただ、システム分割をすると、個々がコレをやればいいですよね?となって、元々思い描いていた方向と違うものができてしまうことがあるんです。そこで大切になるのが、どういうロケットをつくりたいのか?という「想い」を伝えること。技術を共有するのはもちろんですが、「価値の伝達」がマネージャとして大切なことだと思っています。

H3ロケットの精密な模型で詳しく1つ1つ丁寧に仕組みを教えてくれます。

プロジェクトマネージャの仕事は9割がコミュニケーションと言われているんですが、相手にしっかり理解してもらえる対話が重要。それはエンジニア、メディアの皆さん、政府の方々も同じ。それぞれのステークスホルダーの方々へわかりやすく伝えるというのが、マネージャの役割です。

――伝えるにはやはり、言葉の力が大切ですか?

そうですね。私の場合はH3ロケットのイメージを伝えるにあたり、3つの柱で表現しました。「ずっと手軽に、ずっと安心して使えるロケット」、「これからの宇宙利用を支えるロケット」、あとは「世界中の人たちが使いたくなるロケット」。そういうイメージを常に言葉として表現しながらコミュニケーションを図りました。

――毎日が激務と思いますが、気分転換にされていることなどありますか?

ピアノを弾いています。45歳くらいのときに始めて、ヘタっぴですけど15年ほど毎週お稽古にも行っています。

始めた当時は社会人大学院の博士課程に入って論文を書いていたんですが、朝早く起きて研究して、昼間は仕事をして帰って研究して、土日も研究をして……というのを続けていたら、おかしくなりそうになって。それで、何か気分転換に節目を入れないとダメだと思い始めたのがピアノ。切り替えにピアノを弾くことで、だいぶ救われました。先生に褒められようとピアノも頑張るから余計に忙しくはなりましたけど(笑)。

chapter 3:
子どもたちに夢を見せたい

H3ロケットの開発、また打ち上げ執行責任者を務める岡田さんの原動力は「ロケットが好き」という思い。ですがそれ以上に、子どもたちに「夢を見せたい」という思いがあるといいます。そして、応援が何よりの励みになるとも。

地元の小学校で講演会を行った際にもらった感想文。心のこもったお手紙は開発メンバーの活力になります。

――ドラマ『下町ロケット』では職人の活躍が描かれていました。ロケットやそのパーツに職人の魂を感じることはありますか?

あります。ロケットづくりはシステムとして無味乾燥な世界に見えるかもしれませんが、先端部分の丸みであったり、エンジンの溶接であったり、そういったところは職人芸が勝負になる。町工場の職人さんに掛かっているんですね。本当に「下町ロケット」のような世界があるんですよ。

なかなか職人の方々とお話する機会はないですが、我々としては一緒にロケット開発をしているという想いがあります。一度、H3ロケットの応援サポーターになってくださっている工場など50社くらいに電話を掛けてお礼の気持ちを伝えたこともあります。

――応援は力になりますか?

ものすごいエネルギーになります。ロケットエンジニアの燃料は皆さんから応援いただく声が源なんです。今日も子どもたちからいただいた応援メッセージを持ってきたんですけど、自分たちが誰のために、何のためにロケット開発をしているのか実感できるのが「頑張って」というメッセージをいただいたときですね。

応援メッセージには「おとうととうちゅうに行きたいです。」の文字が。

――子どもたちには夢を見せてあげたい?

はい。大人が子どもたちに「夢を持ちなさい」というのは違うと思っていて。自分たちが夢をもっていれば、その姿を見た子どもたちが自然に夢を持ちたいと思ってくれると信じています。

――岡田さんの座右の銘は「悠々として急げ」と拝見しましたが、そのココロは?

ただのんびりするだけではモノゴトは進んでいかないので、目標は定めるんだけれども、バタバタと焦ってもプラスにはならないですよね。むしろマイナスだらけなので、自分ができているかどうかは別にして、どっしりと構えて着実に狙いへ近づいていくということです。開高 健さんの言葉を自分なりに解釈して使っています。

できるだけ冷静にいつも判断が下せる状況でいたいという点では「平常心」ともつながります。

JAXA 筑波宇宙センターにあるH-Ⅱロケットの実際の機体。全長50mほどあります。H-Ⅱロケットの思いものせて、日々H3ロケットの開発に励んでいます。

――H3ロケットが完成して、どんな未来が訪れてほしいですか?

H3ロケットは基幹ロケットといいまして、いつ何時も日本が宇宙へ行ける状態であるために必要なロケットなんです。なので日本の人工衛星等をきちんと打ち上げていきたいというのがまずあって、加えて世界中の方々にどんどん使っていただき、宇宙へのアクセスがより身近なものになってほしいと願っています。

宇宙利用には猛スピードで進化する地上の生活を支える役割があります。GPSを利用した自動運転や、スターリンクに代表されるようなネットワークなんかもそうですね。最終的には、こうしたさまざまな技術の進化に貢献できればと思います。

──試験機の打ち上げが成功したらプロジェクトは終了ですか?

H3ロケットにはバージョンがいくつかあって、固体燃料を用いる補助ロケットを積んだ現在の仕様は、そのうちのひとつなんです。メインエンジンを3機にして補助ロケットを用いないH3ロケットも並行して開発していまして、それが50億円での打ち上げを想定したよりライトなバージョン。その機体の開発と打ち上げが残っているので、まだやることはありますね。

――試験機1号機の打ち上げ失敗の原因究明と対策はできましたか?

はい。失敗原因は3つのシナリオに絞り込み、それら全てに対策を打ちました。(2月17日に打ち上げ予定の)試験機2号機にはそれを反映し、準備に入っているところです。打ち上げに向けて、我々のモチベーションも上がっています。

――心から応援しています。頑張ってください!

ありがとうございます! 頑張ります!

column:
宇宙愛はモノ愛にも通ず
ウカンムリーズ岡田さんの衛星たち

並々ならぬ情熱を宇宙へ注ぐウカンムリーズは、モノへの情熱も相当なもの。ミッションを影で支える愛用品を紹介していただきました。

 


何かを始める人を応援する『Begin』と、「ファイト一発!」で頑張る人の背中を後押しする、『大正製薬』が意気投合してスタート。両社の想いの先にいるのはまさにH3ロケットに挑んでいる人たちではないか。そんな思いから、頭の中が宇宙でいっぱいの人々を、尊敬の念を込めて「ウカンムリーズ」と呼び、応援していく本連載。地球最高峰のモノ作りに挑む数々の「ウカンムリーズ」をアツくご紹介していきます。


※掲載内容は2023年12月26日取材時点の情報です。
写真/押尾健太郎 文/秦 大輔 イラスト
/MORISAKI SHINYA

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