まるで太陽系惑星の位置関係……パーフェクトゲーム(完全試合)の希少性
Photo by Kyodo News/Getty Images
佐々木朗希の達成により改めて注目される大記録
4月10日に佐々木朗希(ロッテ)がパーフェクトゲームを達成した。日本語表記で完全試合ともいわれるこの記録は、投手が試合開始から終了まで塁上に1人も走者を出さずにアウトに斬ってとることをいう。
野球は9人が打順のラインナップに並び、凡退(=アウト)を3つ重ねて3アウトになると攻撃と守備が交代。互いに攻撃と守備を行うと次の回(イニング)に突入し、9回の時点で得点が上回っているチームが勝利となる。
パーフェクトとは、投手が三者凡退を繰り返すこと9イニング。自軍の攻撃のときは一度ベンチに戻るので、9回マウンドとベンチを行き来しながら、3人×9イニング=27人を連続で打ち取って勝利しなくてはならない離れ業だ。
その難しさは、現在の2リーグ制によるプロ野球が始まった1950年以降、今年までの73年近い期間で、たった16回しか達成されていないという現実が証明している。
余談になるが、パーフェクトは達成した本人だけではなく、現地の球場で体験した選手や観戦していたファンにとっても、とんでもない確率を引き当てた“達成者”といっていい。個人的には、自身の強運ぶりを生涯かけて自慢しても、一向に構わないと思う。
パーフェクトは年を追うごとに間隔が拡がっている
パーフェクトの希少性について、もう少し深いところを探っていこう。達成した、過去16回の年月日を単純に時系列の軸に落としたところ、下に示す図のようになった。
2リーグ制による戦後のプロ野球が始まった当初、パーフェクトは数年に一度、時期によっては毎年のように達成者がいた。それが、現代になればなるほど、発生する間隔が空いているのがわかる。
まるで、太陽系の惑星間の距離が、太陽から離れるにしたがって拡がっていくような並びになっているのが面白い。パーフェクトは宇宙規模の法則に引きずられているのだろうか?
もちろん、そんな大それたことはわからない。だが、こと日本のプロ野球に関していえば、大雑把に俯瞰して、攻撃と守備のパワーバランスが変化してきた歴史が影響しているといえるだろう。
野球というスポーツは、いつの時代においても、投手戦より打撃戦のほうが一般的なファンには好まれる。地味にゼロのイニングが続くより、両者とも派手に打って点の取り合いになるほうが盛り上がる。
そのため、ルール変更による調整がたびたび行われてきた歴史がある。飛距離の出やすいボールが使用されるようになったり、パ・リーグでは投手の代わりに打者専門の選手が打席に入るDH制度も導入されて久しい。
また、ピッチングマシンが幅を利かせるようになり、バッター(打者)はいくらでも練習ができるようになった。さらに、選手の技術の向上やトレーニング方法の進化などにより、下位打線の底上げがなされたことも大きい。
昭和の頃までは、投手にも野手にも突出した能力のある中心選手が数人いて、チームによってはそれ以外の選手との実力差がかなりあった。そのため、エース級の投手は、相手の主軸打者数人だけを警戒していれば優位にゲームメイクできるケースも比較的多かった。
ところが、現代では下位打線の選手であっても、ラクにひとひねり……というわけにはいかない。そのうえ、投手の肩やヒジは消耗品とされ、練習や試合で投げる球数は制限される傾向にある。
こうした打者有利の流れに対して、投手は先発が試合終了まで完投するのではなく、複数の投手による継投策を年々細分化させることで対峙し、攻守のバランスが適度なところで維持されている。
投手の完投が難しくなってきているなかで、パーフェクトはますます出にくくなっているのが現実だ。
だからこそ、佐々木朗希の記録達成はファンを大いに沸かせた。
さらに、次の登板で2試合連続達成の可能性を残しながら交代したことについて、激しく賛否の議論がなされたのである。
パーフェクトを達成した投手は大成しているか?
続いて、パーフェクトを達成した投手は、その後、大成したのか? という疑問にメスを入れた。過去の達成者16名のリスト(時系列順)と、佐々木を除くおもな成績を以下に整理した。
このリストを上からながめていくと、通算成績に関していえば、いわゆる日本の野球史に残るような大記録を樹立したのは、通算400勝の金田正一くらいだろうか。あとは、第1号の藤本英雄が通算200勝に加え、「日本で初めてスライダーを武器に活躍した投手」としてその名が知られているくらいである。
その他には、広島カープが球団創設以来初のリーグ優勝を遂げたときの大エース・外木場義郎をはじめとして、田中勉、佐々木宏一郎、今井雄太郎、槙原寛己といった通算100勝を超えた面々は、一時代の主力投手として実績を上げている。
だが、古参のファンや記録関係の識者からは、まれに「パーフェクトを達成した投手は、必ずしも大成するわけではない」という言葉が耳に入ってくることがある。
確かに、外木場であれば、野球人生の後半は故障に悩まされた印象が強いし、島田源太郎のように1、2シーズンほど好成績を残したのみであったり、森滝義巳や佐々木吉郎のようにパーフェクト以外には満足な成績を上げられなかった投手も存在する。
また、佐々木宏一郎や今井雄太郎は20年以上現役で息の長い選手生命を送ったが、ずっと主力として最前線を張ったとはいえず、晩年は哀愁を漂わせながら燃え尽きるまでマウンドに登り続けた印象が強い。
パーフェクトという偉業が華やかすぎて、その後にふりかかった影の部分がより強いコントラストとなり、見ている者の脳裏に焼きついているのかもしれない。
パーフェクトの価値判断は未来が下す
では、佐々木朗希については、どうだろうか? 果たして大物になるのだろうか?
現時点でいえるのは、これまでの常識を凌駕する160km/h超の速球と150km/h前後に迫るフォークボール(スプリット)は、これまでのプロ野球界に大きな衝撃を与えているということだ。
奇しくも、パーフェクト第1号の藤本も、当時の球界では希少だったスライダーを武器に達成している。
佐々木も新たな時代を切り開いた礎(いしずえ)になるか? それは、何十年を経たあと、日本の野球史を振り返ったときに答えが見えるはずだ。
キビタキビオ
《野球をメインに媒体の枠を超えて活動》
2003年より専門誌『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を務める傍ら、様々なプレーのタイムを計測する「炎のストップウオッチャー」を連載。12年にフリーとなり、インタビュー、データ、野球史の記事や選手本の構成など幅広く担当。『球辞苑』(NHK-BS1)にも出演中。
文・図表作成/キビタキビオ