特集・連載
オーベルジュで味わう究極のフレンチニットとは?
オーベルジュで味わう究極のフレンチ 男服には古くから伝わる「永世定番」が存在します。どれだけトレンドが変遷しても魅力が褪せず、一度クロゼットに招き入れれば、生涯ずっと居場所を失わない……。そんな傑作品を微細に研究し、現代へと再生させているのが、この「オーベルジュ」です。フランス語で“料理にこだわる宿泊施設付きレストラン”を意味する同ブランドの物作りは、極めて非効率的。厳選した上質素材を日本のマイスターたちの元へ持ち込み、その知恵と技術を借りながら、ヴィンテージを時に忠実に再現し、時にオリジンには足りない要素を加えながら、時代に即して進化させる。さながら三つ星フレンチのスペシャリテのように、職人の“手”によって丹誠込めて作られた作品は、今、ベーシック好きの玄人たちから熱狂的な支持を勝ち得ています。ここではオーベルジュがもっとも得意とする、フランスの名作を再定義したプロダクトを徹底解剖! オーベルジュの真髄に迫ります。 この記事は特集・連載「オーベルジュで味わう究極のフレンチ」#03です。
[フレンチBeginnerマスイの実況中継]
Q.究極のフレンチニットとは?
A.ハンドフレームタートルニット
Q.究極のフレンチニットとは?
A.ハンドフレームタートルニット
オーベルジュ デザイナー 小林さん「さて、究極のフレンチニットといえば?」
ビギン編集部・マスイ「ん~。ぶっちゃけ天竺のバスクくらいしか思いつかないス……」
小林さん「僕にとっては、名画『大人は判ってくれない』のドワネル少年が着ていたニット一択!」
マスイ「えっ!? アゼ編みのタートルニットスか!?……よく見ると雰囲気ハンパない」
小林さん「この道40年のニッターさんに編んでもらったんだ」
マスイ「まさにゴッドハンド! 編み機も年季入ってるスね」
マスイ「師匠、またまた来ちゃいましたね!」
小林さん「福島・伊達市にあるタイムマシンのようなニット工場だよ」
オーベルジュ デザイナー 小林 学さん
1966年生まれ。文化服装学院を卒業後、フランスに3年間遊学。帰国後、南仏に本社のあるブランドのデザイナーや、岡山のデニム工場の企画生産等を経て、’98年にスロウガンを、2018年にオーベルジュをスタート。
ストーリーを味わう[徹底レシピ解説]
たった一人の職人さんが編み立てるアートピース
カバーオールや軍パンならいざ知らず、ニットの永世定番となると“フレンチ”と聞いてもピンと来ない人がほとんどなはず。ですがフレンチ賢人の間では、昔から“これぞ不朽の名作!”と崇められているニットが存在するんです。
「’59年に公開されたフランスのモノクロ映画『大人は判ってくれない』の主人公、アントワーヌ・ドワネル少年が劇中で着用しているタートルニット。これ一択です!」
映画自体も傑作と謳われていますが、この12歳の少年がニットを鼻下まで覆った姿もまた、永遠のファッションアイコンとして語り継がれています。小林さんは彼が着たニットの全容を明らかにすべく、まず同作のデジタルリマスター版ブルーレイを購入(笑)。
「穴があくほど見るうちに、組成自体はごく普通の畦編みニットと判明しました。ただこれをそのままトレースしたのではつまらない。そこで同じく個人的に傑作認定している、英国の’60年製ニットの意匠を混ぜ込むことにしたんです」
かくしてベーシックなのによ〜く見ると随所に技巧が凝らされた、この独創タートルを創出しました。
「ただ思いついたはいいものの、これだけ複雑なニットを編むのは至難の業。自分が知るなかでは“丸幸ニット”さん以外に、これを形にできる工場はないなと。ここは半世紀以上前に作られたハンドフレーム機と、それを自在に扱える職人さんが在籍する、数少ないニット工場」
「ハンドフレーム機は“手横編み機”とも呼ばれる通り、手動でハンドルを動かして編む超アナログマシン。細かなセッティングはもちろん、時には機械の修理まで、すべて人の手で行わなければならないため、扱うには相応の経験とスキルが求められるんです」
「今作を担当してくださっている渡辺さんは、40年以上のキャリアを誇る、ニットの神様。使いたい糸とニットの仕様書を持ち込んで概要をお伝えすると、最適な糸の番手、引き揃える本数、各部位の編み地の数値などを瞬時に導き出してくださいました」
「渡辺さんがこの機械を駆使して、一点一点丁寧に編んでくださったおかげで、想像を遥かに超えるタートルニットが完成。ふっくら嵩高なのに加え、曲線部の減らし目がデザインに昇華され、無地なのにしっかり個性がある。渡辺さんがいなければ100%形にできなかった、工芸品とも呼べるニットなんです」(小林さん)
「希少なハンドフレーム機と人の手がなかったら……100%完成しなかった」
編み地をデザインに昇華させたモノクロ映画ニット
AUBERGE[オーベルジュ]
TRUFFAUT(トリュフォー)
原毛時点で繊維の太さがカシミヤよりも細い、超上質なメリノウール糸を使っているから、チクチクとも無縁。ドワネル少年のようにピタらないよう、ほんのりユルめのシルエットに設計してくれてるのも特筆点。5万2800円。
カシミヤよりスベスベ!?な最高級メリノウールを使用
数多の減らし目は職人技の賜物
わかると10倍ウマくなる![秘伝のスパイス講座]
《モノクロ映画の金字塔『大人は判ってくれない』》
巨匠フランソワ・トリュフォー監督の代表作。少年の繊細な心情を表すかのようなタートル姿は、なんとも言えず洒脱でファンも多い。
《減らし目の達人イエーガーのニット》
知る人ぞ知る英国ブランドの’60年代製ニット。袖パーツを中心に接合した変形ラグランを、減らし目を多用することで形にしている。
(JAEGER/イエーガー)
《手の温もりが宿る「丸幸ニット」》
前身となる「丸幸メリヤス」時代から数えて60年以上の歴史を持つ、福島県伊達市の超実力派ニッター。渡辺さんは約40年にわたってハンドフレーム機を使い続けるレジェンド。他の職人さん曰く、「このタートルニットに関しても、同じ設計図をもらって同じ機械を使ったとしても、こんなに綺麗に雰囲気よく編めない」んだとか。まさにニットの神!
丸幸ニット ニット職人 渡辺幸子さん
※表示価格は税込み
[ビギン2022年4月号の記事を再構成]写真/上野 敦、ダリウス・コプランド(プルミエジュアン) 文/黒澤正人 スタイリング/佐々木 誠 イラスト/TOMOYA