特集・連載
オーベルジュで味わう究極のフレンチカバーオールとは?
オーベルジュで味わう究極のフレンチ 男服には古くから伝わる「永世定番」が存在します。どれだけトレンドが変遷しても魅力が褪せず、一度クロゼットに招き入れれば、生涯ずっと居場所を失わない……。そんな傑作品を微細に研究し、現代へと再生させているのが、この「オーベルジュ」です。フランス語で“料理にこだわる宿泊施設付きレストラン”を意味する同ブランドの物作りは、極めて非効率的。厳選した上質素材を日本のマイスターたちの元へ持ち込み、その知恵と技術を借りながら、ヴィンテージを時に忠実に再現し、時にオリジンには足りない要素を加えながら、時代に即して進化させる。さながら三つ星フレンチのスペシャリテのように、職人の“手”によって丹誠込めて作られた作品は、今、ベーシック好きの玄人たちから熱狂的な支持を勝ち得ています。ここではオーベルジュがもっとも得意とする、フランスの名作を再定義したプロダクトを徹底解剖! オーベルジュの真髄に迫ります。 この記事は特集・連載「オーベルジュで味わう究極のフレンチ」#01です。
[フレンチBeginnerマスイの実況中継]
Q.究極のフレンチカバーオールとは?
A.顕微鏡で解析したブラックモールスキン
ビギン編集部・マスイ「師匠、教えてください! 今古着で人気のブラックモールスキンカバーオールの起源を~」
オーベルジュ デザイナー 小林さん「1900年代から広まった主に炭鉱員のためのワークウェアなんだよ」
マスイ「100年以上前って、歴史ハンパね~。ってか、生地がフッカフカ♡」
小林さん「この古着は、「アドルフ ラフォン」というフレンチカバーオール界の501的な存在。スポンジのような生地感が特徴だね」
マスイ「あれっ!? 師匠の作ったコレ、さっきの古着と生地感まったく一緒じゃないスか!?」
小林さん「そう。「アドルフ ラフォン」のブラックモールスキン生地を顕微鏡で解析して作ったんだ」
マスイ「静岡・掛川市までついて来ちゃいました! ココに究極の秘密が!?」
小林さん「“高密度なのにフッカフカ”な生地は、カネタ織物さんでしか作れなかったんだ」
オーベルジュ デザイナー 小林 学さん
1966年生まれ。文化服装学院を卒業後、フランスに3年間遊学。帰国後、南仏に本社のあるブランドのデザイナーや、岡山のデニム工場の企画生産等を経て、’98年にスロウガンを、2018年にオーベルジュをスタート。
ストーリーを味わう[徹底レシピ解説]
玄人を魅了する黒いカバーオールを再生
カバーオールと聞くと、デニムやダック生地で作られた、いわゆる“アメリカンワーク”なアイテムを連想するはず。ですが、欧州では古くからそうした“土臭さ”とは趣の異なる“洒脱”なワークウェアが発達してきました。
その代表選手が、1900年代初頭からフランスで広まったとされる、ブラックモールスキン生地のカバーオールです。これが昨今、男服の永世定番として脚光を浴び、古着市場でも価格が高騰。オーベルジュ デザイナーの小林さんはその理由をこう推察します。
「唯一無二の“色”と“柔らかさ”。これに尽きると思います。深みのある黒は無骨でワーク然としてるのに、モダンな印象もある。汚れも目立ちにくくてワーク向きな反面、ファッションとしても取り入れやすい」。
「加えて肉厚で丈夫な生地感からは想像できないほどの柔らかさで、着心地もフカフカ。これだけ魅力が詰まっていれば服好きに響かないはずはありません」。
このユーロワークの象徴を、どうオーベルジュ流に調理するのか。要はやはり生地作りでした。
「“高密度なのにフカフカ”な生地を再現するため、ヴィンテージを入手して専門家に依頼し、電子顕微鏡まで使って、糸の番手や生地の密度などを解析。さらに腕利きの機屋さんを探し、紆余曲折を経て、昨季から生地製作をお願いすることになったのが『カネタ織物』さんでした」。
半世紀以上のあいだ稼働し続ける旧式のシャトル織機
「ここは日本屈指のシャトル織機マイスター。この織機は経糸の間をシャトルという木製パーツが何度も往復して緯糸を通す、古式ゆかしい機械。極めて低速ながら高密度で織れるうえ、調整次第ではあの“フカフカ”も再現できるんです」。
「これは現在主流の自動織機では不可能。ただその作業はすべて職人の五感に頼らざるを得ません。染料を吸いやすいダブルシルケット加工済みのスーピマ綿糸を使い、このカネタ織物さんの門外不出の技術を発揮してもらうことで、晴れて生地が完成」。
「色の濃度も生地の密度もフカフカな触感もオリジンと遜色ない、完璧なブラックモールスキンに仕上がりました。一般的に1インチ間に緯糸を100本打ち込めば高密度といわれるなか、280本もの緯糸を打ち込んでもらっているため、一日14時間ブッ続けで稼働させたとしても10m織れるかどうか」。
「この生地には職人さんの汗と叡智が織り込まれているんです」(小林さん)
「唯一無二のワザを織り込んだシャトル織機こその“触”感」
現代に蘇った究極のデッドストック
モールスキン
AUBERGE[オーベルジュ]
CHARBON DEEP(シャルボン ディープ)
’50年代の古着を基に、生地を完全再現しながら、パターンや細部の意匠を今風に改良。極厚にして着心地は極上という不思議を叶えたモールスキンは、着込むほど体に馴染み、渋イイ風合いに育ってくれる。6万1600円。
フレンチワークの象徴たる丸衿は小ぶりにアレンジ
小型のVヘムポケットも左胸にしっかり鎮座
わかると10倍ウマくなる![秘伝のスパイス講座]
《フレンチワークのすべてがわかる名著「ラ・フランス・トラヴァーユ」》
’30年代に自国の職業を国外に知らしめるため作られた写真集。当時の炭鉱員のリアルな姿が収められた、服飾史においても貴重な資料。
《キング・オブ・カバーオール「アドルフ ラフォン」》
今作の製作にあたり研究対象にしたのが、1844年に創業したフランスの超名門ワークウェアメーカーの’50年代製カバーオール。
《世界に誇るブラックモールスキン再生の旗手「カネタ織物」》
江戸時代から綿織物の産地として栄えてきた静岡県掛川市で’55年に創業。当時は同地の名産だったコーデュロイを製作していたが、太田さんが3代目として継いでからはシャトル織機を自在に扱うノウハウを生かし、他社が断るような高密度生地も請け負っている。“糸の気持ちになる”を教訓とする巨匠がいたからこそ、この生地が日の目を見たのだ。
カネタ織物 代表取締役 太田 稔さん
※表示価格は税込み
[ビギン2022年4月号の記事を再構成]写真/上野 敦、ダリウス・コプランド(プルミエジュアン) 文/黒澤正人 スタイリング/佐々木 誠 イラスト/TOMOYA